② 2011年冬 (バイト)
青年は自宅の風呂場で濡れた髪をかき上げて鏡を覗いた。整った顔の両耳に小さなファーストピアスが付いていた。
耳のピアスがキラッと光るのを見て、にやっと笑みを浮かべると勢いよく湯舟に入り鼻歌を歌い出した。
バンドするなら、まずビジュアル。もう俺は自由や!好きな髪形にしたり、普通の高校生みたいにちょっと悪いこともしてみたい。もう大人達の言いなりになんかならない!これからは何も我慢しない!
母親がキッチンで後片付けをしていると、風呂から出てきた青年がリビングに入ってきた。冷蔵庫からペットボトルを取り出しながら、ぼそっと母親に言った。
「明日からバイト行く。」
「え?バイトするの?学校は?学校にも行ってよ!」
母親が畳みかけるように言ったが、青年はうっとうしそうな顔をしてリビングから出て行った。
また言い過ぎてしまったと反省する母親。入れ違いに青年の姉がリビングに入ってくる。
「ママ、気づいてるよね?・・・あれ。」
青年の姉が自分の右耳を手で触りながら母親に近寄り、話しかけた。
「もちろん。」
母親は困った顔をして言った。
「でも・・・最近ね、時々笑い声が聴こえるの。歌は前からよく歌ってるけど、誰かと電話して笑ったりするのは久しぶり。」
「そうなの?楽しそうなのね。」
母親は嬉しそうな顔をした。
「うん、最近楽しそう!・・・だから、大丈夫なんじゃないかな。じゃあ、お風呂入るね。」
青年は、ベッドに座ってアコースティックギターを弾いていた。
俺は音楽を生業にするんだ。だから、寮を出てきた。あのまま大人達の言う通りにしていたら、いつまで経っても好きなことが出来ない。自分で作った曲を歌って、音楽だけで食べていけるようになりたい。楽器も欲しいしスタジオにも入りたい。だから、バイトしなくちゃ。
次の日の夜、初めてのバイトを終えた青年は疲れきった顔で家に帰ってきた。
バイト、舐めてた。やめたい。小さい頃から働いてたけど、全然違う。まず、呼び捨てにされる。それに、あれしろ!これしろ!と怖い声で命令される。早く!まだか!と急かされて、怒鳴られる。命令されることが、凄い屈辱だった。ただ言われたことだけをするのが、こんなにも苦痛だなんて・・・。
数日後、リビングで父親がソファに座って青年の帰りを待っていた。青年が帰宅し、リビングに入るとすぐに言った。
「話がある。こっちへ来なさい。」
青年が近づくと、ソファから立ち上がった父親が声を荒げた。
「バイト先から家に電話があったんや。どういうことや!無断欠勤がどれだけ無責任なことか、分からないのか?」
青年は黙って下を向いていた。