待ち惚け

スマホによる連絡を重視しない。
僕の好きな人がそうした人だということは、彼女自身の口から聞いていた。

そして彼女は嘘偽りなく、そうだった。連絡を重視しないのだ。

彼女に会うことの出来ない夏休みは無駄に長く、だからと言って痺れを切らして不適切なタイミングで誘ってしまわぬよう、毎日自分に忠告した。スケジュール帳が秋へのカウントダウンをし始めた頃、ようやく彼女へ連絡を入れてみた。
携帯電話のない時代の方が幸せだったのではないかと思うくらいの後悔と、短距離走が急に長距離走になったと知るくらいの失望が生じた。焦れったい日にちが過ぎていった。僕が蝉ならとうに死んでいる。
連絡を重視しない。それもまた彼女の魅力だ。スマホに頼りがちな現代社会の中で、なんて素敵なのだろう。僕が彼女の話を聞いて、素直にそう思ったのは事実だ。

「連絡まめにとれないんだよね。それが原因で、付き合っても長続きしたことない」
「なるほど」
彼女が恋人と別れる原因を、彼女の方から口にしてくれたので、僕は感動した。決して重くない質量で恋愛の話題を持ち出せる彼女にも、好感を持った。ますます強固に。
どんな夜でもこの人は独りで越えてきたのだ、それくらいの強さを持っているのだ。
その思いで、別にこまめな連絡なんてなくても大丈夫だろうと思えた。もちろん、実家暮らしの彼女は、家に帰れば信頼する家族がいるのだろうし、付き合っている彼氏の存在がないと困る、というほど愛に飢えてはいないのだろう。

少しの間、僕は黙って話を聞いていた。それから、頭に浮かんだことを口に出してみた。
「ドーナツの穴」
「え?」

「ドーナツの穴、みたいだからじゃないかな。相手は些細なことで話せる状況を恋人に求めていたんだと思うよ。というか、付き合っていないとそうできないから。その恋人としかできない、したいと思わないことの中心部がないから、寂しかったんだと思う。
ドーナツの穴を元々そういうものでありそれが魅力だと思うか、欠けてしまっていると思うかは人それぞれで、その付き合っていた人は欠けていると感じてしまったんでしょ」

話し終わってから、甘いドーナツを想像して喉が渇いたわけではないけれど、なんとなく水を口に含ませてやった。僕は一体何の話をしていたのだろう。
ともかくも饒舌に話せたのは、連絡とれないから彼氏と長続きしない、と正直に話してくれた彼女のことを一層良く思ったからだ。彼女への想いが、高いところにとどまっていた言葉を地上まで滑り落とす後押しをしてくれたみたいに、普段思ってもいないドーナツの穴の話まで、すいすいと違和感なく言えた。彼女といると居心地が良いのだ。

やがて、彼女が冗談抜きで、返信が遅いことがわかった。これは確かに彼女と付き合った彼氏さんも息詰まっただろう。

だからこそ、僕は「それでも構わないから彼女の時間を大切にする」ことを学ぶべきだ、彼女の返信の遅さは僕の忍耐力を鍛える挑戦なのだ、と考えることにした。彼女が彼氏さんと破局することを、密かに僕は待ち望んでいたのだし。いつでも、いつまでも。

#エッセイ #恋

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