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異形の匣庭 第二部⑪-2【囲われた火種】

「今からもう10年も前になりますか……当時燈がアルピニストとして働く傍ら私の仕事を手伝っていたのは話しましたが、道や家、物に関する怪異は勿論ですが、こと山においてその才能を発揮していました。山が好きだというのもあるでしょうし、山に関する怪異が多いのもあるでしょう。とにかく燈の才能は目を見張るものがあり、それを見込んでその日も一件の依頼が舞い込んできました。、どういう死に方だったのかは余りにも惨い為言いませんが県内の山中で人が不審死し、それが人でも獣でもない者の仕業かもしれないと……今思えば悪い予感はしていました。遠い昔に似たような事象を解決したことがあり、それと全く同じ死に方だと聞き、また現れたかと思ったからです。もし同じ忌世穢物であれば燈一人では重荷過ぎるのではと、6人で現場に向かわせました。私は別件で動いていたので後から合流しようと約束し、まずは様子見と情報収集をお願いしたのですが……まさに凄惨の一言でした。3人が既に死んでしまい2人が重傷、そして燈が行方不明になっていました。残念ながらその2人も怪我が祟り死んでしまいましたが……2人の話から察するに、燈1人でその忌世穢物の捕縛に向かったと言うのです。え? 名前ですか? それは教えられません……少し脱線しますが、幽霊も妖怪も忌世穢物も語られる事で生き永らえる者がいます。日本で悪魔を見た事が無いでしょう。それは日本において悪魔に馴染みが無く、信じる人が少ないから。いえ、少ないながらもいない訳ではありません。信仰する人がいて『絶対にいる』と信じ込む力が、存在を確固たる物に変えるの。信仰心は本当に馬鹿になりません。比喩でも何でもなく一国を滅ぼし神をも殺しうるのです。実際にそうやって消えた村や町は数知れません。つまり……もしあなたにその忌世穢物の名前を教え、あなたが懸命に探そうとしたらそれだけで新たに存在してしまうかもしれない。悪い言い方をすればあなたが探してしまう事で全く知らない別の誰かが死ぬかもしれない。誰の目にも触れさせず口にさせずひっそりと終わりに向かわせる、それが最善の手です。詳しく教えると言いましたが、忌世穢物の詳細については教えられない部分……そこは分かって貰えましたね? ……話を戻しましょう。私は燈が向かったであろう山中へと向かいました。目標だけではなくあの蛞蝓や他の何かしかの襲撃にも気を付けなければいけませんし、目的地に着く頃にはすっかり日も暮れ、辺り一面暗闇の世界に包まれ、虫の声さえ聞こえない程でした。少ししてゲンさんも私に追いついてくれましたが、相当急いでくれたようで、普段掻かない量の汗を流していました。まあ……ゲンさんも燈を我が子の様に可愛がってくれていましたから、無理してでも行かなければと思ったのでしょう。ほんの少しの休憩を挟み、目的地に踏み込みました………………凄惨、と言う以外に無い酷い状況でした。まだ当時そこには小さな集落があり複数の家族が細々と暮らしていたのですが…………ほぼ全員が死亡し、生き残った者もかなり危険な状態でした。ゲンさんにその方達の介抱を任せ私は燈を探しました……燈はすぐに見つかりました。集落の最奥に建つ家の前で座り込んでいました。いえ……一目で死んでいると分かりました、もっと……もっと早く集落に着いていれば、私が着いていけば、そもそも悪い予感がした時点で燈を行かせなけば! 燈は……死ぬ事は無かったのに……私のせいで……継……本当にごめんなさい……あなたにはもっと燈と親子としての時間を過ごして欲しかった。話して遊んで喧嘩して、様々な事を経験して欲しかった…………ごめんなさい…………忌世穢物自体はどうにか退治する事には成功しました。燈が可能な限り情報を集め、書き記し私に伝えてくれたおかげですが、再度相対した際にもまた多大なる犠牲が出てしまいました……それから燈を連れ帰るとあなたが待っていました。燈がいなくなったと遠回しに伝えたのですが、繊細なあなたは燈が死んだのを感じ取ったのでしょう、泣きじゃくり暴れ、パタリと気絶するように寝てしまいました。恐らくその時、あの家に関する記憶を封印してしまったのでしょうね……母が巻き込まれて死んだという悪い記憶と妖怪と話していた記憶をどこか遠い場所に隠して。ええ、妖怪とはあの付喪神のことです。葬式の準備を進める途中、篤司が家に到着しました。これは敢えて話しますが、当時燈と篤司は離婚協議中でした。と言うのも、篤司は燈の仕事内容を知っていて、それが原因で喧嘩していたからです。そしてその最中に燈が死んだ……離婚を考えていたとはいえ、それは継、あなたを思ってのこと。怒りの矛先が私に向くのも仕方がない。式が終わるとすぐにあなたを連れて東京に引っ越していきました。それからのあなたの生活はあなたの知る通りです…………いつかあなたがここに帰って来る予感はしていました。あなたにとっては生まれ故郷でもあり、母親が育った場所でもあり、そして何よりどうしようもなく惹かれてしまう場所なのだから。継。あなたはもうここ島根に近づかないと約束してくれました。生まれ故郷に帰れないというのは自分が自分で無くなる様な感覚に近いものです。ただでさえあなたは転勤する篤司に着いていき、一人寂しい思いをしているでしょう。私もゲンさんも身を切る思いで一杯ですし、ずっとそうでした。でも継、あなたには力がある。前に進み、道を切り開く力がある。今はまだそれに気付けていないかもしれないけれど、やりたいことを見つけ愛する人と出会い共に人生を歩み、幸せな生涯を送る事が出来る。わざわざ負の遺産に首を突っ込んで、悩み、立ち止まり、悔やみ、無残にも人が死ぬ光景など見なくていいのです。あなたの名前は継。『人と人、人と物の繋ぎたれ』。燈があなたに沢山の人と知り合い、愛を育み、大事にしていけるようにと付けた名前です。燈は死んでしまったけれど、思い出が無くなる訳じゃない。燈との幸せな思い出を胸に優しくしまって、自分の人生を生きなさい」

 セツさんの話が終わり、僕は既に用意されていた僕の鞄を受け取り、病室を後にした。寝台列車の時間にはまだ余裕があるが、最後に街を歩いて帰ろうと伝えた所オッケーが出たからだ。街道を歩く際、出雲大社には近付かない様にだけ釘を刺された以外は自由にしても良いとのことだった。
 病院を出ると、空はまだほんのりと明るさを残していた。重い足取りを引きずりながらとりあえず門前通りを目指した。
 僕が病院を出て角を曲がり神門通りに向かって歩いている時、病室にはゲンさんが戻ってきていた。 

「お役目ご苦労さん」
「いえ、あの子には酷かもしれませんが、仕方のない事です。今は分からなくてもいつかきっと分かってくれるはずです」
「そうだな。燈の倅ならそうだろうよ。ちっとばかしなよなよし過ぎちゃあいるがな」
「何を言っているんですか。あなたもあれくらいの年頃には同じだったじゃありませんか」
「ああ? 何馬鹿言ってんだ。誰がなんだって?」
「いつも私がいれば私の背中に隠れていたではありませんか。でかい図体の割に臆病だし、麵屋の息子だからと『独活ん子(うどんこ)、独活ん子』と呼ばれてたのを忘れましたか?」
「かーっ、そんな大昔の事なんざ忘れちまったよ」
「全く都合の良い頭ですね、いえ、中身が無いのかしらね」
「言ってろってんだ……それで婆さん」
「何ですか」
「上手い事嘘ついたもんだな」
「……当たり前でしょう。どうして言えるものですか」
「縁でも出来ちまったら大変だからな。そういうのは婆さんに任せるのが一番。嗄れても山椒は辛いからな」
「誰が嗄れてるですって? まだまだ現役ですよ」
「おえっ、気持ち悪い事言うなよ」
「冗談ですよ……でもまあ……言える訳ないでしょう。幾ら忌世穢物だとは言え、母親に会えるかもしれないだなんて」
「そうだな。あのまま封じてるのが一番か……虚しいな」
「ええ、本当に……」

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