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[同人誌]英国メイドの暮らし VOL.1

冬コミ_表紙

解説・補足

2021年冬コミ新刊同人誌『英国メイドの暮らし VOL.1』に関する情報です。

同人誌情報

タイトル:英国メイドの暮らし VOL.1
発行:2021年12月
値段  :1000円 500円へ変更
サイズ・ページ:A5/74ページ
頒布開始:2021/12/31(金) コミックマーケット99
表紙・裏表紙イラスト:有井エリス様
表紙・裏表紙デザイン:地獄のデストロイ子様
委託予定先:BOOTH、とらのあな、メロンブックス

以下、同人誌本文冒頭を抜粋します。明日以降に本文全文を有料noteで全文読めるようにします。

【はじめに】

 本書は、英国貴族の屋敷で働く執事やメイドの仕事を解説するシリーズ『ヴィクトリア朝の暮らし』や、その総集編『英国メイドの世界』など、これまで21年行ってきた家事使用人研究活動のリブート版として、家事使用人についての知識を深める活動をまとめたものです。
 今後、シリーズ化していく予定です。

 リブート版を書く大きな動機は、当時と手に入る資料が変化したことと、屋敷の生活に関する知識の幅を広げたこと、この2点です。2008年の同人誌総集編を強化して書き直した講談社版『英国メイドの世界』出版から、既に11年が経過しました。

■リブートの理由1:手に入る資料の変化

 『英国メイドの世界』執筆当時の参考資料の多くは、英書を含めると1970-2000年代に刊行されたものです。しかし、2010年から始まった英国貴族と家事使用人のドラマ『ダウントン・アビー』が世界的にヒットした影響で、家事使用人への関心が高まり、英国では資料が急激に増大しました。

 こうした世の中の影響を受けて家事使用人の資料が急増するのは、英国では2回目です。1960年代にメイドの自叙伝『Below Stairs』(邦訳は『英国メイド マーガレット』として2011年出版)がベストセラーとなり、1970年代にはその流れを汲んだ上流階級の主人と家事使用人の両方を描いたドラマ『Upstairs Downstairs』の世界的大ヒットになりました。

 この結果、家事使用人を解説する総合的資料本(名著『ヴィクトリアン・サーヴァント』もこの時期)や、存命した家事使用人たちが「本当の家事使用人の姿」を伝えたいと声をあげ、自伝やインタビューをまとめた資料などが数多く世に出されたのです。

 さらに、半ば公的支援を受けて維持される「貴族の屋敷」への予算支出に公共性があるかも問われており、「自分達とかけ離れた上流階級の暮らし」だけではなく、「人口で多くを占めた労働者階級が働いた場所としての使用人の職場」を労働者の歴史として価値する位置づけで公開する流れも加わりました。

 2010年代に刊行点数が増えていった資料は幅広いものです。それまでに絶版になった家事使用人の自叙伝や新しい資料発掘・学説での本、あるいは先祖の過去を家族自ら遡る「ファミリーヒストリー」の流行の文脈も加わりました。

 終わった時代を扱う過去の出版物の価値が、大きく色褪せることはありません。ただ、当時は照らし得なかった細部の情報が、デジタルアーカイブの進展でアクセスしやすくなったり、研究領域が進んで資料を掘り出す研究者が増えたり、別領域の研究が家事使用人テーマに触れたりと、資料を巡る環境が変化していることは確かです。

 特に、この10年の変化として強く感じるのは、ネット上でアクセス可能な資料の増大です。『英国メイドの世界』を2010年に出版した際も、19世紀の資料をGoogle Booksや英国の過去の法律アーカイブ経由で利用しました。ところが、今や当時ネットになかった本がかなり増加しています。さらに、かつては学術誌に掲載されて単体入手が難しかった英語論文を、論文単位で安価に購読できるサービスも利用しやすくなってもいます。

 加えて、以前は翻訳コストがかかりすぎた19世紀の家事使用人マニュアルなども、機械翻訳DeepLの精度がだいぶ上がってきたことで(まだ目を通して手を入れる修正も欠かせませんが)、一次資料を掲載しやすくなりました。

■リブートの理由2:関心領域の広がり

 ここ10年の大きな変化のもう一つが、自分自身の読書範囲の広がりです。今、手伝っている時代考証の仕事では、古代ギリシアやローマ、あるいはアラビア、ヨーロッパ中世、そして宗教・科学・医学・錬金術・天文学・占星術・魔術・出版技術など、幅広い領域を調べています。

 これらの領域に知識を広げていくと、これまで研究対象の軸とした「英国ヴィクトリア朝を中心にした、19〜20世紀半ばまでの家事使用人の生活」をより深く理解するには、それよりも前の時代や、屋敷の中に残る習慣などに目を向けると、知識がつながって行くと気づきました。
 あまり広げると本筋と関係なくなりますし、知と知を無理に繋げると陰謀論のようになってしまうので、限度はあります。それでも、同人誌という領域では、この「広がり」の部分を通じて、「メイドというテーマ」をどこまで広げられるのかを楽しんでも良いのではないかと思うようになりました。

 そして「自分が知りたいことを知るために研究する」という原点に立ち返り、もっと一つのことを深掘りして目を向けても良いのではないかと、考えるようになりました。

 私が今、興味を持っている領域の一つは「レシピ本」「マニュアル本」です。ヴィクトリア朝の頃に中流階級の主婦のバイブルとして名高い本『ミセス・ビートンの家政読本』は、料理のレシピや、家事使用人の採用から様々な職種名などの業務内容を載せていることで有名です。

 ところで、この本には「家庭の医学」も掲載されています。医師が来るまでの間に、あるいは高額な医師への支払いを避ける工夫として、様々な「医薬のレシピ」も載っているのです。

 「レシピあるいはマニュアル」を、「ある種の素材・道具を用いて、人間が『テキストに記載された指示通りに手順を踏むこと』で、何かしらの結果を再現しようとする」と考えると、私が時代考証で調べる領域と重なりを見出せます。

 医学領域では「薬品の製法」や「健康に繋がる植動物を食材とする料理のレシピ」、錬金術では錬金の工程や秘密の技法を掲載した本、魔術書では「護符の作り方・呪法・召喚方法の様々なプロセス・時間・儀礼など」が載っています。

 「レシピ」を載せた本は、「人を動かす実用書」として共通しています。
 19世紀英国ヴィクトリア朝に数多く出版された『ミセス・ビートンの家政読本』を代表とする数多くの家庭向けの本にもレシピは見られますし、人を手順に従わせる一連の儀礼を「レシピ」と見做せば、「家事使用人の仕事を定めた業務マニュアル」、さらには「社交界の礼儀作法」にも通じているのです。そしてこうした「実用書」は今なお、私たちの周囲にあふれています。

 これらを、繋げて考えられないか、と考えました。

 そうした領域横断的な試みは、すべての領域で専門性が高いわけではないために「学問的精度」を担保できるものではないですが、少なくとも、私が追いかける「屋敷の生活に繋がる領域」として、興味深いと思えたのです。

 医学に限れば、ヴィクトリア朝の医学は古代ギリシア医学の影響が残存していますので、様々な過去の知識と繋げると、自分が専門領域とするヴィクトリア朝への解像度も上げられります。

■「ふたつの広がり」の体験

 今回、ここまで取り上げてきたような私の知的好奇心の一部を満たす本が2020年に出版されているのを知り、参考にしました。翻訳本『英国レシピと暮らしの文化史』です。

 この本には、「スティーヴン・シェイピンの画期的な随筆『実験の家(The House of Experiment)』」と言及しているテキストがあり、すぐに英語タイトルをググると、ネット公開されたPDFを見つけられます。

The House of Experiment in Seventeenth Century England
https://dash.harvard.edu/bitstream/handle/1/3403053/Shapin_House_Experiment.pdf

 読む時間がなかったので論文は未読ですが、まさに私が今まで述べてきた2つの同人誌をリブートする理由、「手に入る資料・情報の広がり」と「関心領域の広がり」を実証する体験となりました。

 今回、『英国レシピと暮らしの文化史』を中心に、様々な本で取り上げられた16-17世紀のレシピ本のタイトルも記載していますが、それらのいくつかの当時出版された原書も、Google Booksでいくつか見つけられます。

 そんなこんなで『英国メイドの世界』を進化させる研究の足場作りとして、より解像度を上げるための『英国メイドの暮らし』シリーズを始めます。

■目次と内容の概要

 『英国メイドの暮らし』の1冊目となる今回は、2章の構成です。

◯第1章:スティルルーム(蒸留室)から見た屋敷の暮らし〜食・医薬・錬金術・レシピ・社交〜
 タイトルの「蒸留室」はヴィクトリア朝の頃には名前だけ残った部屋ですが、名前の通り「蒸留」をしていた16-17世紀を中心に、何を蒸留していたのか、なぜしていのか、誰がしていたのかなどを、副題にある「食・医薬・錬金術・レシピ・社交」の観点で考察します。

 余談ですが、ヴィクトリア朝の医療を調べる際に、今回は言及していない本『ホメオパシーとヴィクトリア朝イギリスの医学: 科学と非科学の境界』(黒﨑周一、2019、刀水書房)を読みました。

 実は、11年ぐらい前に初めて参加した日本ヴィクトリア朝文化研究学会で、著者・黒崎氏の方の研究発表を、私はたまたま聞いたことがありました。そんな縁がありつつ、本の中での「医学」「薬品流通」などの話が面白く、16-17世紀を学べば、もっとヴィクトリア朝への理解も深まるかも、確認しました。

以下、有料マガジンで読めます。


◯第2章:【翻訳】『使用人問題の心理学』(The Psychology of the Servant Problem)
 こちらは、家事使用人にまつわる資料を、DeepLを使ってとにかく翻訳して数多く出していこうとの考えに基づき、翻訳を行っている当時の本の一冊です。今はnoteの有料マガジンで公開しています。

 第一次大戦後に家事使用人のなり手不足が「使用人問題」として社会問題化した際に、解決策を提案した当時の本の一冊です。著者がその筋では有名な人なので詳細は、翻訳の冒頭部分に記します。

同人誌に書ききれなかった追記

今回、ページ数が足りないと思って削りに削って書いたために、だいぶ割愛してしまったので、書き足しておきます。

『使用人問題の心理学』の著者ヴァイオレット・メアリー・ファースは「ダイアン・フォーチュン」の別名を持ち、魔術・オカルト界隈では有名人です。

たまたま近代魔術の資料を読んでいた時にファースとフォーチュンが同一人物と知りました。魔術師となる人が、メイドの社会問題の本を、身につけた心理学で分析していたのは驚きでしたし、労働問題を心理学的に分析する視点は新鮮なものでした。

彼女の心理学者としての才能は魔術領域でも発揮されており、19世紀末英国で創立された魔術結社「黄金の夜明け団」の創立者の一人マクレガー・メイザースの妻モイラから「魔術攻撃を受けた」として、その時の体験から、魔術に対しての心理的防衛も本を書いています。

オカルティストとしてのフォーチュンしか知らなければ、彼女がメイドのなり手不足という社会問題について、自分の体験と心理学の専門家としての観点から、解決策を提案した『使用人問題の心理学』という本自体が不思議に思えるでしょうし、逆に、私は先に『使用人問題の心理学』を読んでいたので、びっくりしました。

というところで、追記はここまでで、本文はこの後、更新します。

いただいたサポートは、英国メイド研究や、そのイメージを広げる創作の支援情報の発信、同一領域の方への依頼などに使っていきます。