見出し画像

メイド研究者による「メイドの日」に読みたい英国メイド漫画10選(2020年版)

5月10日が「メイドの日」ということで、英国メイド漫画(メイドが主役またはメイドが主観的にいい描かれ方をされている。時代的にはヴィクトリア朝メイン・例外あり)を10作品、取り上げたいと思います。

以下の「アニメ10選」で紹介している作品や映像化作品は対象外とする、というルールで行います。このため、以下で紹介した『エマ』や英国要素を持つ『会長はメイド様!』は含みません。

01. 『シャーリー」

英国メイドといえば森薫氏、ということで、同人時代に発表していた作品『シャーリー』を最初に取り上げます。カフェを経営するベネット・クランリーが、メイドを募集したところ、応募してきたのが13歳の少女シャーリー・メディスン。その幼さに当惑したものの、雇ってみると有能で素直な良い子だったので一緒に暮らすようになる、というストーリーです。

不定期に連載が続いており、素晴らしいことに2014年には2巻が出ています。メイドスキーの大家・森薫氏のライフワークと言える作品です。

『魔女の宅急便』とのイメージの重なりまりますので、スタジオジブリ作品が好きな方は是非。

もう少し詳細な紹介記事はこちら。


02. 『わたしのお嬢様 株取引のお嬢様編』

初めて出会った時は、「メイドだけど、株取引? どんな漫画なんだろう?」と思いました。読んでみると舞台はしっかり英国で、しっかり者のお嬢様メリーベルと少しドジなナースメイドのミリアム・ウィルソンが主人公の「英国屋敷作品」といえます。

執事やナースメイドやお嬢様の両親など魅力的なキャラクターも多く、ほのぼのした感じのヴィクトリア朝の「ホームコメディ」(著者談)が楽しめます。しっかりと作り込まれていて、「世界名作劇場(明るい)」とでもいうのでしょうか。

電子書籍化はしていないようですが、続刊も単行本が出ています。まずは一巻からいかがでしょうか?

03. さよならローズガーデン

2020年に完結した「英国ヴィクトリア朝のメイドが主役」の作品です。「ガチ英国メイドの漫画」は意外と少ないのです。

貴族令嬢アリス・ダグラスは、日本から来た九條華子をメイドとして雇い入れます。お嬢様とメイドの変化していく関係性が繊細に描かれており、互いに好意を抱きつつ、必要としていきながらも、お嬢様とメイドという立ち場の隔たりに加えて、その当時の同性での恋愛の難しさ(自身の認識や、オスカー・ワイルドが有罪を受けた時代背景)などが巧みに描かれています。

作品自体もキャラクターの良さに加えて、背景なども描き込まれており、同僚のメイドや人間関係の広がりなども含めて、3巻完結の中でまとめきっています。

個人的には、「英国ヴィクトリア朝にいる日本人」という構造が好きです。滞在記を書いたジャーナリスト長谷川如是閑や、英国で建造した軍艦を見に行った軍人・広瀬武夫、デヴォンシャー公爵家の屋敷チャッツワースを訪問した岩倉遣欧使節団、そしてロンドンで画家として著名になった牧野義雄などのエピソードも好きです。

日本から来た華子はメイド服だけではなく、2巻の表紙にあるように『はいからさんが通る』を彷彿とさせる海老茶式部を着ることもあります。なぜ日本を出て英国に来て、そしてメイドになったのかのバックグラウンドもしっかり描かれているので、是非、お読みください。

『荊の城』や、『お嬢さん』が好きな方にもおすすめです。

04. 『ご主人様に甘いりんごのお菓子』

2002年という「英国メイド作品」が非常に少なかった頃、「メイドが主役」という作品として、私と同世代の方達が触れたであろう作品です。

メイドとして屋敷に勤めに出てきたアップルビー・ローチは、勤め先として紹介された屋敷の若主人・ジョシュアに仕えるようになります。気難しく病弱なジョシュアとぶつかり合う中で、相互に理解し合い、関係性が変わっていく展開は王道であり、メイド作品の醍醐味と言えます。

絵のスタイルもクラシックな作品にふさわしく(表紙よりもシャープな線)で、メイド作品が好きな人にはお気に入りの一冊になると思います。

05. 『Under the Rose』

NetflixやAmazon Prime Videoに世界に向けて配信してほしい作品を挙げるならば、その筆頭にくる作品がこの『Under the Rose』です。ヴィクトリア朝の伯爵家を舞台に、屋敷という閉鎖空間における主人たち家族と、そこを維持する家事使用人たちの世界を、「部外者」(1巻は新しく引き取られた少年ライナス、2巻以降はガヴァネスとして雇用されたミス・ブレナン)が、迷宮を歩くようにその明暗を見つめていく物語というのでしょうか。

ネタバレ回避の作品であるために詳細は書きませんが、見る人によって、与えられている情報によって、そして住む世界によって人の見え方が大きく変わることのダイナミズムを味わえる作品です。

メイドが主役ではないのですが(1巻は表紙を飾るぐらいにメインで、部外者ライナスを導く役割として)、家事使用人の美しいところも醜いところも含めて描かれている作品です。読みましょう。

06. 『バジル氏の優雅な生活』

ヴィクトリア朝英国を舞台に、主人のバジル卿視点の「上流階級の社会」だけではなく、彼の屋敷で働く忠実な執事や家事使用人たちとの主人の交流や、さらには家事使用人の視点だけでの物語を描き出している作品です。

この作品が発表された時期、ヨーロッパを舞台とする作品では、家事使用人は「背景」のような描かれ方で、名前がないことも普通でした。しかし、『バジル氏の優雅な生活』は家事使用人たちを生々と描き、その生活、仕事風景を含めて、個性豊かに描いています。

家事使用人描写の転換点を描いた、個人的に大好きな作品です。

07. 『コルセットに翼』

ヴィクトリア朝漫画といえばもとなおこ氏といえるほどに、その作品は英国へのこだわりであふれています。様々な作品がある中で取り上げる作品選びが難しいのですが、一番メイドにフォーカスしているように思える『コルセットに翼』を選びます。

この作品は19世紀末から第一次世界大戦までを舞台に、ヴィクトリア朝末期に生まれた主人公クリスティンをはじめとした少女たちが、独裁的・加虐的な校長が君臨する寄宿学校で過ごすことに加えて、時代として女性への規範が強く社会活動も抑圧された時代にあって、強く気高く自分らしくある事を考え、自らを鍛え、周囲の人たちに支えられて、影響を与えて、機会を掴んで変わっていった女性たちを主人公としています(『小公女』『小公子』など英国作品が好きな方にとって馴染みの名前のキャラクターも)。

また、家事使用人の描き方も多様です。主人の厳しさに従順になっているメイドや、自分の利益を見出して雇用主に従っているふりをして主人公たちの味方になるメイド、そしてもう一人の主人公としてクリスティンと出会って変化していくメイドのアニー。

ここには成長物語と、女性がヴィクトリア朝で生きること、そしてその次の時代に向けて自ら変わっていくところが非常に魅力的です。ここまでに挙げた作品の中で、最も社会情勢や史実を作品中に取り込んでいます。

「世界名作劇場」のような主人公が子供だった時代から、育ち、大人になっていくところまでを含めた点で、どの年齢にも、どのような方にもオススメできる作品です。

08. 『黒博物館スプリンガルド』

藤田和日郎氏の作品で、都市伝説としてあった「バネ足ジャック」を題材としたヴィクトリア朝の物語です。メイドはメインキャラクターとして登場します。藤田氏の作品らしく怖く、そして熱い作品です。

時代考証を「ブラック・ジャック」研究などで著名な作家・翻訳家の仁賀克雄が行なっており、コラムも読み応えがありつつ、家事使用人描写も細かく、一冊で完結している点で「メイドの日」に「ヴィクトリア朝」の多面性を味わいたい方に、是非。

詳細は以下にて解説しています。


09. 『螺子とランタン』

こちらの作品も2000年代前半までに英国メイドが好きになった人たちが出会った作品のひとつとなります。幼い女侯爵ココと家庭教師となった青年ニデルを巡る物語で、周囲を巻き込みながら、二人の関係は変化していきます。

屋敷は執事が仕切り、家事使用人も大勢いる中で、使用人と友達感覚でいるココが怒られたり、ニデルの幼馴染がメイドでやってきたり、ニデルの弟(正妻の息子で男爵家の後継者)が姿を見せたりと、ニデルが自分自身をどのように受け入れるかまで、丁寧に描かれます。

一冊で完結していていて絵柄も好みで読みやすいのですが、こちらも電子書籍化していないのが残念です。Amazonの書影の方と、別の書影の2種類があります。

画像1

以下、以前書いた感想です。

10. 『小煌女』

英国メイドが主人公です。但し、時代はヴィクトリア朝ではなく、未来を舞台にしたSF作品です。タイトルにあるように『小公女』をオマージュしており、地球連邦英国自治区のベネディクト女学校が舞台となります。

上流階級から中流階級までの育ちが良いお嬢様たちが集まり、そこでお嬢様としての教育を受ける学校を舞台に、住み込みのハウスメイドとして主人公のサリーは働いています。立ち位置としては「ベッキー」に近いです。

一方、惑星トアンから学校にやってきた王女ジノンは、侍女セニンとともに学校で暮らすことになり、地球の文化に疎い彼女たちはサリーの力を借りて交流を深め、階級差を意識する女性たちの間にも影響を与えていきます。しかし、母国トアンで大事件があり、様々な展開が急展開で進みます。

ネタバレ回避でここまでしか書きませんが、未来を舞台にしても階級意識が残り、相手の立場によって態度を変える人の姿(『小公女セーラ』が味わったようなものまで含めて)が描かれつつ、そこは海野つなみ氏なので、独特の間合いと表現で、作品が進んでいきます。未来が舞台とはいえ、描かれていることの本質は19世紀英国の階級社会の構造を残しています。

こちらも全5巻なので、まず1巻を読み、2巻冒頭で驚き、そしてどこに物語が着地するのかを楽しんでいただけると思います。

関連



この記事が参加している募集

私のイチオシ

いただいたサポートは、英国メイド研究や、そのイメージを広げる創作の支援情報の発信、同一領域の方への依頼などに使っていきます。