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なぜ現実が物理法則に従っているように見えるのか

例えば、ボールを放り投げてみますと、確かに物理法則に従っているように見えます。ただここで注意しなければならないのは現実のボールはただ飛んで行っただけであって、あくまで個別具体的なボールに過ぎないということです。物理法則に従っているように見えるためには、一度、個別具体的なボールを抽象的な空間にマッピングする必要があります(観測手法はそのための手続きになります)。しかしながらここでもう一つの疑問が出てまいります。

その抽象的な空間はどこにあるのか?


答えとして、人間の脳内にあるというのはもっともらしいですが、そう安易に決めつけるのは性急というものです。少なくとも現実との関係性は無視できず、現実を前提として初めて成立する空間とも言えます。となると、人間の脳内にだけ立ち現れていると決めつけるのは、それはそれで奇妙な話になり得ます(現実というものはそもそも存在せず、人間の脳内で構成された抽象的な空間しか最初からないという仮説もあり得ますが、あまり好みではありません)。

抽象的な空間にマッピングすることでようやく物理法則というものを複数の研究者が共同認知して議論することが可能になるように思います。そのように考えると数学が果たしている役割というものは、そういった共通のイメージを研究者に提供するということになるかもしれず、それが最大の功績と言えるかもしれません(実際に現実は物理法則に従っているのかもしれませんが、そのことよりも、ブレのない共通のイメージを研究者同士で抱くことができることこそが、物理法則の役割だったのでしょう)。

ヒントとしては、現実的な意味合いでの時空の流れから切り離して時空に対して不変な量に落とし込むこと(おそらく平衡状態に持ち込むこと)が、抽象的な空間にマッピングすることになるやもしれません。それが紙に書いた文字列であれ、電磁気的な配列であれ、脳内のシナプス結合のありようであれ。

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