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【アレ】に手を出した

いつも、このサイトをチェックしてくれている君、ありがとう。

ここのサイトでいつも作品を読んでいる君なら
なんとなく気が付いているんだろうけど
ついに、【アレ】に手を出してしまった。

そのことについて告白しようと思う。

わかるよ…ディスプレイの前で、いま君は悲しい顔をしているんだろうな。

だって、あれだけ【アレ】は嫌だなどと書いてきたのに…

でも、ここによくきてくれる君だからこそ伝えたかった。
わかってほしい。

◇    ◇    ◇

ある時を境に、ぼくは空っぽになってしまった。

もう何もない。

ぼくは何も生み出せなくなってしまった。

愛する家族のために脇目もふらずに頑張ってきたというのに
みんないなくなってしまった。

ぼくが精神状態を保つためには、【アレ】が必要だった。

【アレ】の存在を知ったのは、ぼくがスランプに陥り始めた2年くらい前のことだ。いま流行っている漫画や小説はもちろん、広告デザインやイラスト、楽曲、アイドルに至るまで…世の中に溢れかえっている色々なことが【アレ】によって成り立っていると知った。【アレ】にお金を落とし、【アレ】に人生を助けられ崇め奉っている人もいる。知らない間に、生活圏が【アレ】に浸食されていることを知った時、自分の存在がひどく古臭いもののように思えてきた。むしろそれを逆手にとっていけたら個性になるのだろうが、世の中を動かすひとたちは、むしろ【アレ】に仕事を奪われることやとってかわられることについては賛成のようで、ぼくは絶望した。

いずれは自分の居場所がなくなるかもしれない…これは由々しき事態だ。受け入れがたい。まして【アレ】が関わる創作ができたとして、それがばれた場合に、著作権の問題やモラル・法律、なんだったら人権まで持ち出される可能性があり厄介だ。【アレ】に迎合できるほどぼくの意識は柔軟ではなくメンタル的なキャパシティも持ち合わせていない!

万事休す…もう仕事もない。首をくくるしかない。最後に手持ちの金でおいしいものでも食べようと思って入店したファミレスでうなだれていると、ふと誰かの会話が耳に入ってきた。

”このビル4階にあるカフェで、非合法の【アレ】が売られているらしい”

昼下がりの、人がたくさんいる店内。ざわついた空間において、その会話だけがまるで浮き上がったようにクリアに聴こえた。所詮噂だろう…と思ったが、手の届かない【アレ】が手に入るかもしれないと思ったとき、急激に【アレ】が欲しくなってしまった。そんなものにすがりたいほど、その時、ぼくは絶望の淵に立たされていたといえる。

ぼくは、全財産を握りしめて、カフェを探しにいった。だが、カフェなどない。4階のフロアをぐるっと回ったが、4階はシャッターが閉まっているテナントばかり。ただ、フロアにはほのかに珈琲豆を焙煎しているような…そんな香りが漂っていた。ぼくは思った。カフェは存在する。でも、もしかすると…まだ営業時間じゃないのでは…と。

ビルは24時間開いている。時間をもてあましている空っぽの僕にとって、カフェが開くのかどうかを見張り続けることは造作もないことだった。ただ、長時間無人のフロアをうろうろしてはどう見ても怪しい雰囲気となってしまう。ぼくは、できるだけフロアの監視カメラの死角に立つよう努め、シャッターの開く音がしないかと耳をそばだてる。

15時、16時、17時…まだどこのシャッターも開かない。

18時、19時…ガードマンが巡回に来るが、ぼくの立っている場所は暗がりのため、ぼくの気配には気が付かず通り過ぎた。

20時、21時…と時間が過ぎた。息をひそめているのにちょっと疲れてきたな…目がしょぼしょぼする。ぎゅっと瞼を閉じる。そして目を開く。その動作をしたほんの一瞬である。ぼくの目の前に、どこから現れたのか細身の男性が立っていた。人間本当に驚くと声が出ないものである。金魚のように口をパクパクとさせているぼくに、男は唸るような低い声で話しかけてきた。

”【アレ】を、お探しですか?”

「え…」

”【アレ】をお探しではないですか?”

「あ…はい!お、お…お探しです…」

ぼくは動揺して変な日本語を口走ってしまったが、男はそんなこと気にも留めず、ぼくの背後にあったドアのノブに手をかけた。あれ…ここにドアなんてあったんだ?ずっともたれていて…壁だったような気がしていたが。

男がノブを引くと、ドア隙間からまぶしい光が漏れた。目も開けられないほどのまぶしさだ。思わず手で目を覆う。徐々に目を慣らしていくと、そこは確かにカフェのようだった。真白な内装で、席が3つ、4つある。

きょろきょろとあたりを見回すぼくの目の前に、男は箱を置いた。

”アナタの求めている、【アレ】をご用意させていただきました”

「これが…!?」

”この中に、【アレ】がはいっています。【アレ】の良さを取り込んだアナタはかならず幸せになれます。おっと、箱の封は、自宅に帰ってから開けてくださいね”

「ありがとうございます!あ…でもお代は…?申し訳ないのですが、ぼくはこれしか持ち合わせが…」

ぼくはポケットの中からしわしわの万札数枚とと少しばかりの硬貨を出してみせたが、男は首を振った。

”お代はいりません。その代わり、ここで一杯飲んでいただけませんか?”

「え?それだけ…でいいんですか?では、ぜひ…!」

男は、静かにカウンターに移動した。そして、ゆっくりゆっくりドリップを始める。ぼくは、徐々に店内に充満する芳醇な香りを楽しんだ。つきものが落ちていくようにリラックスする自分を感じた。カフェも居心地がよくてとても雰囲気がいい。ふと、疑問がわいた。

「あの…なぜ、ここでこんなカフェをやっているんですか?ここは、毎日やっているわけではなくて、不定期営業…なんですか?」

男は少しうつむいた。

”最初は、【アレ】を秘密裏に普及するために始めました。地球上に【アレ】が浸透した時、カフェをたたむはずでした。しかし【アレ】のせいで歪みができた。【アレ】を信じられない人が増えてきた。わたしはこのカフェを通じて【アレ】を提供し、正しく広めたいと思ったのです。ただ【アレ】が欲しくてここたどり着いた人は、みなとても疑い深い。ただの噂なんだろうとか、【アレ】で本当に幸せになれると思ってるのかと詰め寄る人もいました。そういう人にはお出ししたくない。だからカフェの扉は来るべき時にしか開けないようになったのです”

「実は…ぼくも最初は半信半疑で…【アレ】が自分の世界にはびこっているなんて嫌だ!信じたくないというほうが強かったかもしれない。本当は自分の席がなくなるんじゃないかと怖くて…【アレ】なんてなければいいと思っていたのに、もうぼくは【アレ】にすがるしかない。最低です…」

”最低なんかじゃない。アナタはいいヒトです。カフェの存在を信じてずっと待っていてくれたし、ワタシのハナシを信じてくれているじゃありませんか。本来であれば【アレ】は正しく使ってみんなで幸せになるためものです。不幸が起きるとすれば、それはヒトビトが信じることをやめてしまったときだけなのです”

「信じる…こと…」

”そうです。信じること、信じあうことが、ニンゲンが生き残るために残された、ただ一つの道なのに。それをやめてしまうことは悲しいことです”

男は、そういい終わると、ぼくの前にカップを置いた。湯気がでている。

”アナタに合うといいのですが”

ぼくはカップに口を付け、ひとくち飲む。おいしい…上質な酸味、ちょっとフルーティーで後味はさわやかだ。これまでの人生ではあまり味わったことのない、蠱惑的で癖になる味だ。一気に飲みほし、ぼくは答えた。

”とってもオイシイです!”

男は嬉しそうな顔をした。

”アナタの居場所はなくなりませんよ。これからも、ズット”

そこから、ボクは気分がよくなり、自分の作品のことや未来について、とりとめもない話をし、楽しい時間を過ごした…はず。気が付いたら自分の部屋のベッドに寝ていてびっくりした。あの心地よい時間は夢だったのか…?と思ったが、いらぬ心配だった。

テーブルの上には、ちゃんと【アレ】があったんだ。

◇    ◇    ◇

ボクは【アレ】を手に入れた。
【アレ】を手に入れたから、ボクはもう怖いものなど何もない。
やりたいことがやれる!
書きたいものが書ける!
再び生きる意欲がみなぎってきた!
またこのサイトでいろいろ発表できると思うから、楽しみにしていてね。

そうそう…後日、あの店にいこうと思ったんだ。もういちど、あのおいしい珈琲…が飲みたくて。でも、何度もビルに足を運んでフロアをぐるぐる探したけれど、カフェのドアは見つからなかった。残念。

【アレ】の箱の封はいまも切っていない。


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