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「大好き」は、弱点。~失敗名鑑 聖書編 #05 エサウ~

ある日のこと、ヤコブが煮物をしていると、エサウが疲れきって野原から帰って来た。エサウはヤコブに言った。「お願いだ、その赤いもの(アドム)、そこの赤いものを食べさせてほしい。わたしは疲れきっているんだ。」彼が名をエドムとも呼ばれたのはこのためである。ヤコブは言った。「まず、お兄さんの長子の権利を譲ってください。」「ああ、もう死にそうだ。長子の権利などどうでもよい」とエサウが答えると、ヤコブは言った。「では、今すぐ誓ってください。」エサウは誓い、長子の権利をヤコブに譲ってしまった。ヤコブはエサウにパンとレンズ豆の煮物を与えた。エサウは飲み食いしたあげく立ち、去って行った。こうしてエサウは、長子の権利を軽んじた。

旧約聖書 創世記 25章29-34節 (新共同訳)

こんにちは、くどちんです。キリスト教学校で聖書科教員をしています。牧師です。

担々麺が好きです。そんなに自分で「担々麺が好き」と自覚していたわけではありません。でもある日出張先へ向かう途中、「どこかでお昼を食べて行こう」と思ったら無性に担々麺が食べたくなり、悩んだ末に途中下車までして食べに行ったということがありました。わずかとはいえ余分な電車賃や、電車に乗り直すという面倒を乗り越えてまで食べたかったのか、私……と、自分の思わぬ一面に気付かされた思いでした。

また別の時には、一人でランチに担々麺を食べようとお店に立ち寄ったら長蛇の列が。一瞬の逡巡を経た後、結局1時間近く並び続けてありついた、ということもありました。

このように、「どうやら自分で思っていた以上に担々麺が好きらしいぞ?!」と認めざるを得ない経験が何度かあり、「くっ、悔しいけど、大好き……」という何やらツンデレめいた認識に至ったのであります。

担々麺のために途中下車なんて、人が聞いたら「アホか」と言われるかもしれません。自分でもアホだと思います。でもそんなアホな決断さえさせてしまうもの、それが好物というものなのかも……。いえ、「自覚的な好物」ならまだ用心できるのです。厄介なのは「自分でもそこまで好きだと思っていなかった」からこそ油断する、そんな代物なのではないかと思ったのでした。

冒頭で取り上げたのは創世記に登場するエサウという人物の失敗です。狩りからくたくたで帰って来たエサウは、弟のヤコブが作っていたレンズ豆の煮物を見てたまらず、自分が長男として持っていた権利と引き換えに、その煮物をもらって食べてしまいます。……って、バカっっっ!!!

「長子の権利」というのは、単に「年上だからお兄ちゃんは弟よりえらい」というレベルの話ではありません。長男であれば、父の死後他の兄弟の2倍のものを相続できたといいますし、それはまた母やその他の未婚の兄弟を養う責任とも繋がります。大事な責任と権利を帯びた「身分」「地位」というべきものだったのです。

でもこの権利を持っていた兄エサウは短絡的でやんちゃなタイプ。他方、弟ヤコブはおとなしいけれど思慮深い、悪く言えばちょっとずる賢い感じの人物です。(こう書くとジャイアンとスネ夫っぽいですね。)弟は兄の軽率さに付け込むかのように、空腹を訴えた兄に対し、たった一杯の豆の煮物でまんまとその権利を奪ったのでした。

いくら空腹でもそんなめちゃくちゃな取引に乗るものでしょうか? 得るものと失うものを冷静に天秤にかけたら普通思い留まるでしょうよ……。と思ったところで、はっとした私。エサウ、自分でも気付いていなかったかもしれないけれど、実は豆の煮物が大好物だったのでは……。そう、担々麺のために時間とお金と労力を差し出した私のように……。

もちろん私が担々麺と引き換えに失ったものは高が知れていますが、「他人から見たらバカバカしい交換」と思われる点では似ていないこともない。そうであるならば、エサウの人生を賭けたような「大失敗」は、「大好物」につまずいた、ということなのかなぁと思うのでした。

そういえば大好物については、「○○に目がない」とか「○○に弱い」という言い方をしますね。大好物の前には誰もが思わず冷静な判断力を失い、弱みを作ってしまうものなのかもしれません。うーん、くわばらくわばら。自分が好きでたまらないもの、自分が何に弱いのかということはしっかり自覚して、それがつまずきの石になる可能性を心に刻んでおきたいものですね。

しかし考えてみれば、人を愛されたイエスさまは人のために死なれたのでした。神さまにとって私たちは「好物」というわけではないけれど、「そこには弱い」という点では通じるものも感じます。

「好物に弱い」ということは、「愛するもののためならば、合理的な価値判断を超えられる」ということ。そう前向きに捉えることもできるならば、「目がない」くらいに愛している……というのも悪くないのかなぁ?(いやいや、担々麺や豆の煮物と一緒にしちゃいかんだろう!)

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