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【レイプ神話解説】「被災地で性犯罪が多発」はデマなのか?

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震災とデマ

 2024年1月1日、能登半島を中心にマグニチュード6.9の地震が襲った。こうした震災時には様々なデマが流布するが、その中には犯罪にまつわるものもある。

 日本の歴史的背景から、最も注意を要するデマは外国人(とりわけ中国人や韓国人)の犯罪者が出没するというものである。関東大震災当時は、こうしたデマがあろうことか軍部や官憲によっても流布され、外国人や共産主義者が大勢殺される惨劇を招いた。

 このように、犯罪にまつわるデマには注意が必要だが、一方で、注意を喚起するという名目でかえって疑わしい「デマの否定」が流布している側面もある。それが、震災時における性犯罪に関するものだ。

 能登半島地震の直後から、SNS上では避難所などでの性暴力被害を懸念し、警戒を呼び掛ける投稿が散見された。こうした投稿に対し、阪神淡路大震災の例を引き合いに出し、避難所での性暴力被害がデマであると主張する投稿 [1] も見られた。

 では、本当に被災地では性暴力被害が多発しないのだろうか。この記事では、過去の実際の事例と誤解されやすい統計資料の読み解き方から、この主張を検討する。

神話の検討

阪神淡路大震災時に震災時に性暴力被害はなかったのか

 まず、阪神淡路大震災時の性暴力被害の実態を具体的に確認したい。

 この話題で阪神淡路大震災時が具体的に持ち出されるのは、当時性暴力が多発したとする主張があり、またこの主張を否定する報道もあったためだと思われる。

 与那原 (1996) [2] は、右派的なオピニオン誌である『諸君!』に掲載した記事の中で、阪神淡路大震災当時に広まった「レイプ多発」の言説が、たったひとりの人物による証言のみによってまことしやかにメディアに報じられ、形作られたとしている。この記事は「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を受賞したことから、当時業界内で相応に評価されたと考えられる。

 しかし、与那原 (1996) の記事とその取材手法には批判もなされている。例えば、栗原 (1997) [3] は『週刊金曜日』に掲載した記事の中で、過去に他誌が掲載した記事中で報告されている被害の経験談を無視しており、自身の運営する「性暴力を許さない女の会」にも1度しか取材していないことを指摘している。

 そもそも、与那原 (1996) は記事中で、神戸市内の産婦人科医から、震災当時は例年より2割多い性暴力被害者を診察したという証言を自ら紹介している。にもかかわらず、「レイプ多発」が一人の証言によってのみ作られたかのように主張するのは矛盾ではないだろうか。

 では、実際はどうだっただろうか。栗原 (1997) は与那原の取材のあと、団体に性暴力被害の相談が寄せられたことを明らかにしている。また、林 (2018) [4] も、「性を語る会」の代表である北沢杏子氏の証言を挙げ、当時複数の相談被害があったことを明らかにしている。

 後述するように、「多発」か否かは統計的資料の不足もあり、評価が難しい。しかし、阪神淡路大震災当時に、被災地や避難所で性暴力被害が起こらなかったかのような主張は説得力を欠くというほかない。

 (なお、与那原 (1996) のより詳細な検証は小川 (2023) [5] を参考のこと)

東日本大震災ではどうだったのか

 震災の例を挙げればキリがないが、ここではもう1つの代表例として、東日本大震災当時を振り返る。

 東日本大震災における性暴力被害については、東日本大震災女性支援ネットワーク (2013) [6] が報告をしている。有効回答が82事例と限りはあるものの、混乱の大きな未曽有の大災害時における性暴力被害を丁寧に掘り起こし記録したものとして価値は高いと言えよう。

 報告によれば、82事例のうち、DVが45件、それ以外の被害が37件であった。被害に遭った時期は2011年4月から6月が最も多く29件で、次いで同年3月 (11日から) が16件であった。被害の内容としては、同意のない性行為の強要が10件、その他のわいせつ行為や性的嫌がらせが19件であった。加害者の中には避難所の住民やリーダー (19人)、支援者やボランティアも少なくない (6人)。避難所での被害も26件ある。

 このような報告から、「多発」かの評価はさて置くとしても、震災時には一定の性暴力リスクがあることがうかがえる。

 なお、2016年に発生した熊本地震においても、熊本県警が約10件の性暴力被害を把握している (西日本新聞, 2018)。[7]

統計は役に立つか

 先に引用したSNS投稿 [1] は、震災当時の兵庫県における強姦認知件数が14件と前年並みであったことを挙げ、震災時の性暴力被害を否定している。与那原 (1996) も同様の統計数字を挙げている。

 しかし、認知件数をそのまま犯罪発生件数として受け取ることには大きな問題がある。詳細は以降の記事に譲るが、ここでも簡単に述べておきたい。

 認知件数はあくまで警察が把握した事件の数である。より細かく言えば、警察が被害の通報を受けてこれを受理した数である。つまり、警察に通報しなかった事件や、通報や相談をしたが門前払いを食らったという事件は認知件数として計上されない、いわゆる暗数となる。

 震災時においては、相談のハードルが平時よりもさらに高くなるだろうことは容易に想像できる。長江 (2023) [8] や中野 (2023) [9] が指摘するように、被災者は災害時であるという状況からこんなときに相談しにくいであるとか、命が助かったのだからという考えで相談を躊躇ってしまうことがある。また、小川 (2023) が指摘するように、2000年に刑事訴訟法が改正されるまでは、強姦や強制わいせつの告訴期間は6か月しかなく、震災の混乱の最中に告訴することは極めて困難だった。

 そもそも、当時、兵庫県の人口は約540万人だった。これほどの人口の街で、強姦が月に2件を下回るという想定が初めから非現実的である。明らかに、統計に反映されていない被害があると考えるべきだろう。

性犯罪への警戒が差別を誘発するか

 「性犯罪多発デマ否定デマ」が、それでも一定の人気を有するのは、先に挙げた関東大震災時の朝鮮人虐殺という教訓を、ある種悪用するかたちになっているからかもしれない。最後に、この点を検討して記事の締めとしたい。

 被災地や避難所での性暴力被害への懸念を否定する理由として挙げられるのが、こうした言説が男性への差別、最悪の場合は虐殺を誘発するというものである [10]。しかしながら、この主張はマジョリティとマイノリティの立場の差異を捉え損なったものであると言わざるを得ない。

 結論から言えば、性暴力を懸念する言説が広まったところで、男性が差別され、リンチや虐殺といった事件に発展する可能性はまずない。なぜなら、男性は社会において極めて強固なマジョリティの立場にあり、どちらかと言えば差別する側だからだ。

 マジョリティは通常、集団の上位の立場に就きやすく、これは震災時でも同様である。つまり、避難所や被災者の集団も多くの場合は、男性が中心となって運営されることとなるだろう。こうした状況下で、男性が同じ属性を持つ男性を差別し攻撃するという事態は起こりにくい。

 気を付けるべきなのは、性暴力の懸念が、単なる男性ではなく、それ以外のマイノリティの属性と結びついたときである。こうなったとき、敵意と警戒心は男性という性別ではなく別のマイノリティの属性に向かい、避難所を支配するリーダーから見てマイノリティ男性は自分とは異なる外部の存在となる。

 事実、性暴力の懸念は単なる(つまり、その社会でデフォルトとされているマジョリティの)男性ではなく、異人種や障碍者などのマイノリティの属性と結びつき、酷い事態を引き起こしてきた。これも後の記事に詳細は譲るが、こうした例として最も有名なものに、白人女性に口笛を吹いたとしてその女性の夫と兄弟に因縁をつけられ殺害された14歳の黒人少年エメット・ティルの事件がある。

 しかし、単に性暴力被害を警戒するように呼びかけるだけでは、こうした事件が起こるとは考えにくい。にもかかわらず、警戒や被害の訴えそのものが「男性に対する差別」であるかのように主張することは、被害を否定し加害者を免責するレイプ神話だと言える。

参考文献

[1]

[2]与那原恵 (1996). 被災地神戸「レイプ多発」伝説の作られ方 諸君! : 日本を元気にするオピニオン雑誌, 28 (8), 224-235.
[3]栗原洋子 (1997). 今週の反撃 与那原恵「作られた伝説――神戸レイプ多発報道の背景」の取材モラル 週刊金曜日, 5 (24), 30-31.
[4]林美子 (2018). 作家・与那原恵氏の"否定"の文脈と女たちの闘い 週刊金曜日, 26 (3), 39-41.
[5]小川たまか (2023). 災害とメディア──なぜ阪神・淡路大震災で性暴力被害はデマとされたのか Nursing Today ブックレット編集部 (編) Nursing Today ブックレット18 災害と性暴力 (pp. 15-24) 日本看護協会出版会
[6]東日本大震災女性支援ネットワーク (2013). 東日本大震災女性支援ネットワーク・調査チーム報告書 Ⅱ 東日本大震災「災害・復興時における女性と子どもへの暴力」に関する調査報告書
[7]西日本新聞 (2018). 「娘の傷は一生消えない」避難所での性被害の闇 把握10件、相談できず潜在化も 熊本地震2年
[8]⾧江美代子 (2023). 災害・パンデミックにおける性暴力被害への対応──性暴力対応看護師 (SANE) の立場から Nursing Today ブックレット編集部 (編) Nursing Today ブックレット18 災害と性暴力 (pp. 25-40) 日本看護協会出版会
[9]中野宏美 (2023). 医療従事者だからできること、医療従事者に期待すること──災害時の性暴力を撲滅するために Nursing Today ブックレット編集部 (編) Nursing Today ブックレット18 災害と性暴力 (pp. 41-47) 日本看護協会出版会
[10]


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