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おばあちゃんの饅頭

「おばあちゃんねえ。あんた達が美味しいっていってくれるのが一番嬉しいんだ。だからあんたが美味しいって言ってくれないとおばあちゃん死んでも死にきれないよ」

子供の頃から好きな冬のおやつ
おばあちゃんが作ってくれた熱々の特製饅頭
おばあちゃんオリジナルの酵母種で作られた生地はいつもふっくらで
中にいれる餡は鶏ガラを煮込んで味付けをした煮こごりに鶏ミンチとその日の野菜や漬物等好きなものを詰めていた
そして蒸し器に入れて蒸し上がった物を熱々のうちに頬張る
ふっくらとした少し甘味のある饅頭からあふれだす出汁
酢醤油とカラシをいれると全体の味が引き締まる
私も年の離れた兄もこの特製饅頭が大好きで
冬場は毎日のように食べた
丁度反抗期で両親の言うことすら聞かなかった兄はおばあちゃんには素直でいつもおばあちゃんの饅頭を
美味しい美味しいと頬張っていた
「俺ばあちゃんの饅頭があったら飯要らねーわ」
なんて言っていた
確かに具材が豊富で栄養は揃っていそうだけど
「ちゃんとお母さんのご飯を食べなさいよ」
おばあちゃんに窘められた

私も大きくなって中学生になって反抗期に入った
世界を知った気になって、大人になったのに大人は子供扱いのままで
何も知らないくクセに偉そうな両親やちょっと年上だからと私を見下す兄
何もかもが気に入らなくて
そして新しい価値観に気付かされる
おばあちゃんの饅頭は偽物だと
「あれ?ばあちゃんの饅頭食わねえの?」
反抗期に入って饅頭を食べなくなった私に兄が話しかけウザかった
「だってコンビニの肉まんの方が美味しいもん」
本当はおばあちゃんの饅頭の方が美味しかったけど、同級生と一緒にいると手作りの饅頭は何か恥ずかしい物になっていた
「手作りって何かキモくない?」
その台詞に同調してしまっていた
高校に進学すると同級生は入れ替わり
「ばあちゃんの手作りってうらやま!それ絶対旨いやつじゃん!」
なんて言ってくれたが気恥ずかしさからおばあちゃんの饅頭は食べなくなった
「どうしたの?お腹の調子が悪い?」
心配してくれるおばあちゃんに言ってしまった
「だって本物の肉まんて豚肉が入ってるんだよ?おばあちゃんのは偽物じゃん」
「は?何だそれ?ばあちゃんのは肉まんじゃなくて饅頭じゃん」
兄のバカ丸出しのツッコミも苛ついた
「普通饅頭って言ったら冷えたアンコ入りのあれでしょ?」
「お前自分の頭の悪さが出るから黙れ。饅頭って色んな種類があるんだよお前の大好きなコンビニの中華まんシリーズだって本場の中国じゃあり得無いんですけど~」
どこまでもバカにしてくる兄にムカつきが止まらない
「ごめんねえ。おばあちゃん豚肉が苦手なんだよ。おばあちゃんにとって肉と言ったら鶏肉なんだよ」
おそらく私の分であろう饅頭を持っておばあちゃんが申し訳なさそうに言う
「あんた達おばあちゃんを困らせないの!」
事情を知らない母が叱りに来た
「俺ばあちゃんを困らせてねーし。こいつがばあちゃんの饅頭をバカにしてんだ」
「だってこんなの肉まんじゃないし」
兄の説明に母がこちらを睨む
「おばあちゃんはあんた達の為に膝が痛いのを我慢してお饅頭作ってるのに。高校生になってそういうことも分からないの?」
確かに最近のおばあちゃんはあちこちが辛そうだった
「それにおばあちゃんのお饅頭美味しいじゃない。こんなお饅頭が食べられるのって幸せじゃない」
おばあちゃんは心配そうにこちらを見るけど私も後には引けなかった
「だっておばあちゃんの饅頭美味しくないもん。それに豚肉じゃないし」
「お前まだ言ってんのかよ」
兄がほっとけおばあちゃんをつれていこうとするも
「分かった。おばあちゃん肉まんを作るよ」
おばあちゃんはよっこらせ立ち上がって買い物に出掛けて行った
「あんたって子は!いつまでひねくれたままでいるの」
「いつまでガキなんだよ」
その時は再度叱る母と見下す兄におばあちゃんのせいだと思い込んでいた
翌日からおばあちゃんの饅頭は豚ミンチが入るようになった
肉汁が以前より増し、コクも出た
「お前のワガママお陰で旨い饅頭が増えた」
「お母さんはいつもの鳥ミンチのお饅頭が好きだけどね」
美味しそうに食べる2人におばあちゃんは嬉しそうに頷いた
おばあちゃんが喜んでいる姿は好きだけど、私はやはり素直になれなかった
「えー?コンビニの肉まんに比べたらマダマダだね」
本当はおばあちゃんの饅頭の方が美味しいに決まってる
でもおばあちゃんに無理を言った方がより美味しい饅頭が出来る
そんな下心があった
「お前またワガママ言いやがって!ばあちゃんを困らせるのもいい加減にしろ!」
兄が怒鳴り付けて来た
兄は本当におばあちゃん子だ
「良いよ良いよ。素直な感想を言ってくれた方がばあちゃん嬉しいから。また明日作ろうねえ」
おばあちゃんはせいろを片付けながらニコニコと呟く
「あんた達が美味しいって言ってくれるとばあちゃん嬉しいよ。美味しいって言ってくれないとおばあちゃんは死んでも死にきれないよ」
だったら私が美味しいと言わなければおばあちゃんは元気で作ってくれる
そんな気持ちもあったけど
「すぐ帰ってきて!おばあちゃんが倒れたの!」
おばあちゃんは私たちが学校に居る時間に倒れてそのまま亡くなった
「おばあちゃん脳梗塞だったって」
病院で説明を受けた母が説明した
暖かい部屋から急に寒い台所に出たせいで脳の血管が詰まったそうだ
葬式では近所の人も集まっておばあちゃんとお別れしていた
兄は特に悲しんでおばあちゃんの棺にすがり付いて泣いていた
私は不思議と涙は出なかった
「私が美味しいって言うまで死ねないって言ったじゃん」
そんな子供みたいな事を呟いた

でもすぐにおばあちゃんは帰ってきた
おばあちゃんの葬儀が終わって家に帰って来たら蒸籠から湯気が出ていた
泥棒の仕業と思った父が恐る恐るふたを開けるとふっくらと蒸し上がった饅頭が入っていた
「これっておばあちゃんのお饅頭?」
「親戚の誰かが作ったとか?」
熱々の饅頭を手に取り割ってみる
溢れる肉汁に危うく火傷をしそうになった
「やっぱりおばあちゃんのお饅頭だ」
冷蔵庫を開ければ昨日まで入っていた具材が消えていて
「婆さんが作ったのか?」
父は気味悪がって饅頭を戻したけれど、私達は口に入れた
豚ミンチが入っている以外はいつものおばあちゃんの饅頭
「ちゃんと痛みやすい野菜が入ってる」
しんみりと母が呟く
「旨いなあ。ばあちゃんの饅頭旨い」
兄は泣きながら食べていた
でも
「まだ美味しいなんて言えないなあ」
私はわざと美味しいを言わなかった
「お前は!ばあちゃんはお前のせいで死んでも饅頭を作ってくれたのに!」
兄はキレていたけど私は引かない
「だって本当事なんだから仕方ないじゃん。私の心からの美味しいが聞きたいならもうちょっと頑張ってほしい」
正直おばあちゃんが死んでも約束を守ってくれたのが嬉しかった
翌日からは朝に饅頭が置いてあった
おばあちゃんの…死人の時間だと夜中が朝になるのだろうか?
毎日蒸し上がった饅頭に最初は美味しいと言っていた母も次第に気味悪がって食べなくなり、私と兄が食べ続けた
「ばあちゃん、本当に旨かった。ありがとう。ありがとう。もう良いよ。ちゃんと成仏してくれ」
1ヶ月を過ぎた頃、兄が仏壇でしきりにおばあちゃんに話しかけてた
「俺があいつの代わりにばあちゃんに旨いってたくさん言うから」
手を合わせ必死に祈る兄に腹が立った
「やめてよ!何おばあちゃんに成仏を促してんのよ!」
「うるせえよ!ばあちゃんはちゃんとあの世に行かなきゃいけないんだ!ここにいて良いのは49日だけだ!でなきゃばあちゃんはずっとこの世に縛られるんだ」
「それのどこが悪いのよ!おばあちゃんだって私達と一緒にいた方が良いじゃないの!」
「バカ!お前はあの世に行けなかった霊を見たこと無いからそんなことが言えるんだよ!兎に角蒸籠も酵母種も捨てるからな!」
大喧嘩の末、毎朝置かれる饅頭を気味悪がった母も蒸籠と酵母種を捨ててしまった

私はおばあちゃんを邪険にする両親と兄に激しい怒りを覚えた
私は蒸籠を買い直し、ドライイーストと共に台所に置いた
「今度から私が作るから」
おばあちゃんが作っていた記憶を頼りに生地をこねた
「まあそれでお前の気が済むなら」
兄も納得していた
夜に生地を寝かせ、そのままその日は寝た
夜中に起きると台所に人の気配
私がそのままにしていた生地を誰かが触っている
そっと近づくと背中を丸めた見慣れた姿
「おばあちゃん」
そっと声をかけるもおばあちゃんは振り向くこともなく
「おばあちゃんねえ、あんた達が美味しいって言うまで死ねないよ」
と呟きながら蒸籠に饅頭を並べていた
「うん…うん…お母さんもバカ兄貴がおばあちゃんの饅頭を嫌がっても私がちゃんと食べ続けるよ」
私は涙を流し、おばあちゃんの饅頭を食べ続けた

俺は自他共に認めるおばあちゃん子だ
ばあちゃんが作ってくれた料理は嫌いなものでも食って旨いと言った
正直ばあちゃんの饅頭も好きじゃあない
皮の甘味が何か嫌だ
でも俺達が食う姿を見て笑うばあちゃんの姿が好きだから
なのにバカ妹は反抗期に入ってからばあちゃんの饅頭の悪口を言い出した
誰よりも食ってる癖に何を言ってるんだと思ったが、結局奴はばあちゃんが死ぬまで旨いと言わなかった
ただでさえ恩知らずなバカ妹は死んだばあちゃんが饅頭を作り続けても旨いと言わなかった
毎日夜中にせっせと作り続けるばあちゃんが可哀想で
それより何よりばあちゃんの姿が変わってくるのが気になった
ずっと小綺麗にしていたばあちゃんの髪がバサバサになり
服が汚れ、体からは異臭が漂ってきた
怖くなった俺は近所の寺に駆け込み、霊感のある住職に尋ねた
「仏教における四十九日はただのお別れの期間だけじゃない。仏様が自分の死を理解し、今生の執着から離れ、浄土に旅立つ準備をするのだ。その間遺された家族は仏様への未練を断ち、浄土への道のりを祈るのだ。おばあさんももうすぐ四十九日だ。浄土への支度を促しなさい。さもないと…意思のない鬼となる」
俺は慌てて仏壇のばあちゃんに祈りを捧げた
「ばあちゃんあのバカがごめん!ばあちゃんの饅頭もうまいよ。俺があいつの代わりにばあちゃんに旨いって言うからちゃんとあの世に行ってくれ」
俺はばあちゃんの写真に一生懸命語りかけたけど
「余計な事をするなバカ兄貴!」
バカ妹はまたも邪魔をした
俺は住職から聞いた話をしたがあのバカは理解せず
俺がばあちゃんの未練を断ちきるために蒸籠も酵母種も捨てた
でもばあちゃんは結局成仏が出来なかった

あのバカが作った生地に泥と気味の悪い虫を練り込んだ物を蒸す

もはやアレはばあちゃんじゃない

ばあちゃんに似た何かだ

そしてアレが作ったソレを旨そうに食う妹

その狂った光景はこれからも毎日続く

終わり

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