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夜間警備18

2月14日
僕にとってクリスマスより嫌いな行事がある日だ
「ねえねえ。今年は袋はどれくらいが良い?」
姉と妹達が嬉しそうに袋を用意する
奴等の目的は勿論
「社会人ともなるとチョコも豪華になって良いよねー」
「本当にイケメンのお兄様様様よ!」
「あのさあ!ホワイトデーのお返しいくらかかると思ってんだよ!お前達が金払ってくれんの?」
能天気な姉と妹達を睨み付けると
「えー?あんたがもらってるんだからあんたがお返ししなさいよ」
「そうだよ皆お兄ちゃんが好きなんだから」
「ふざけるなよ。お返しのパティスリーのポイントカードが一気に何枚も貯まるまで買ってるの知ってるだろ?」
「良いじゃん。ポイントがたまったらお菓子がもらえるし」
「値引きして欲しいよ。甘いのは嫌いだし」
わざとらしくため息を吐く
いっそのこと職場内のチョコの受け渡し禁止とかホワイトデーの倍返し禁止とか規則で決めて欲しい
「バレンタインなんて消えてしまえば良いのに!」
ソファーを占拠して寝そべる僕にソファーを占拠するなと妹達が怒鳴る
「ソファーを譲って欲しかったらお返しの代金を出してくださーい」
我ながら小学生みたいだ
僕を蹴ってくる妹達を無視していると姉が
「でも今年は愛しの博田ちゃんから貰えるんじゃない?」
そうだった
僕は今年は博田さんが居る

博田さん
博物館の元学芸員で、現在は警備員をしている物部さんの仕事上の後輩
物部さんは僕と源の大学時代の先輩でもある
あの人の無自覚の特異能力は美術品に命を与えること
僕の相手を確定して行う口寄せと違い、物部先輩は無意識で行う無差別テロのような物だ
気が付いたら茶碗や絵画が動き出す
しかもあれだけの物に命を与えておきながら、先輩自身はけろっとしている
そんな化け物の様な先輩とコンビが組める女性だなんて凄まじい猛女なのかと思っていた
実際に出会って見ると小柄な女性
同僚が可愛いと言っていた通り、警備員としては頼りない
しかしそれはただの擬態だった
柔道の有段者である彼女は意外にパワー系で大の男を簡単に投げ飛ばし、押さえ込んだ
彼女のギャップはそれだけではない
あどけない少女のような容姿でありながら大人の雰囲気でキスとかキスとかキスとかキスとかキスとか
思い出しただけでも顔が熱くなる
人間はあんな舌の動きをするのかと思った
あのキスは僕の中の博田さんの存在を大きくした
思いきって告白し
「先ずはお友達からいきましょう」
お互いを知るためにも友人から始まったが
「そろそろ先に進みたいな」
僕の欲求は増している

「ありゃ、バレンタインのチョコのやり取りが禁止になったんですね」
事務所に立ち寄ると掲示板に貼られたプリント
『バレンタインデーにおけるチョコレートのやり取り禁止のお知らせ
例年の特定の人物による過剰なチョコレートのやり取りによるトラブル多発のため、異性間のチョコレートのやり取りを禁止します
社会人として良識のある行動をお願いします』

「この特定の人物って潮来君ですよね?」
「ああ。毎年女性職員から怒涛のチョコレート攻撃を食らっていたからな。だが博物館の外なら大丈夫だ」
頑張れと言ってくる先輩
何を頑張るんだ
「いや別に。女性同士で食べちゃいますから」
ミーティングを終え、特別展示場に向かうと学芸員達がまだ作業中だった
「お疲れ様です。もう少しで終わります」
声を掛けられ待機する
「今回はバレンタイン特集だと」
「嫌がらせですか?」
入り口にはこれでもかとハートと天使
「うわウッザ!ウザァー!」
思わず声をあげる
「こら!飾った本人達が目の前に居るんだぞ」
「すみません」
先輩に窘められ慌てて謝罪する
「いやわざとらしいのは承知の上だから。今回のターゲットは若い子達だからね」
確かに可愛いフワフワとした感じは女子が好む
「バレンタインデー特集なので聖バレンティヌスと天使の西洋画がメインになっています」
「いきなりおっさんをずらっと並べて嫌がらせですか?」
何かキリスト教の儀式の衣装みたいなおじさん達の西洋画
中には首を斬られているのもあって
「殺伐かつむさ苦しい!」
「これがバレンタインデーの語源になったお方だよバカ野郎」
「ああ。この絵画の人物は聖バレンティヌスもしくは聖バレンタインです。キリスト教の殉教者です。古代ローマで兵士の結婚を禁止した皇帝に逆らい、恋人同士の結婚を許可しましたが、時の皇帝によって捕らえられ、処刑されました。恋人たちの聖人とも言われています」
「へー」
ちゃんと恋人達のコーナーも作られていて
聖バレンティヌスが見下ろす先に木のポスターがあり、テーブルにはピンクとブルーのハートのメモ紙
『お互いに気持ちを書いてみよう』
「ここは恋人達のコーナーと書かれてありますが、恋人になりたい人達も書くことが可能です」
学芸員が書いても良いよと促すも
「結構です。今は恋とかそれどころかではな…えええーっ?」
何故か私の方にイラストのキューピッドがこちらに向かって矢を放った

「えええーっ?」
同僚の説明を聞いていた博田さんが叫び声を上げた
Gでも出たのかと博田さんの視線先を追うと、ただのイラストに過ぎなないキューピッドが弓を引いていた
「博田さん逃げて!」
すぐに気付いた源が叫ぶも博田さんの反応が遅れ

博田さん心臓の部分にキューピッドの矢が深々突き刺さった
「博田さん!博田さん!」
周りの学芸員達は僕達を不思議そうに見ている
どうやら今の出来事は見えていなかったらしい
「え?博田さん具合でも悪い?」
同僚が声をかけるも
「え?私顔色が悪いですか?」
博田さんも不思議そうに聞いている
「今、矢みたいなのが博田さんに刺さって…」
心配そうな源に
「矢?矢ガモの話題でもしてましたっけ?」
「いえ」
どうやら何事もないらしい
「博田さんに何もなくて安心しました」
僕が胸を撫で下ろしていると
「潮来君!私の事を心配してくれて嬉しい」
いきなり博田さんが僕に抱きついてきた
「え?え?博田さん?」
僕に抱きついたまま博田さんに違和感を感じ、チラリとキューピッドの方を見るとキューピッドの満面の笑み
「確信犯か!」
「だな。キューピッドはイタズラ好きだと言うしな」
今のままは特に害はない
僕には嬉しい事態だが
「最低…キューピッドの仕業とはいえずっと女性にくっついたままでいやらしい!」
潔癖な源に見下される
「ご…誤解だよ!源、あのキューピッドを捕まえてくれないか?源も弓道してるし」
「潮来君…私弓を持ってないんだけど」
「何で持ってないの?」
源と言えば弓矢だと思ってたのに
「何処の狩人よ!あなたが作りなさいよ!」
高校時代からの腐れ縁だけど源とはどうしても気が合わない
「作れって言われても…あっ!」
先程のキューピッドが物部先輩に向かって矢を放つ
「う…」
胸を押さえる先輩に性別による違いがあるのかと不安になる
「源!何でも良いから奴を射ってくれ!」
無差別に攻撃を仕掛ける前に仕留めたいのに
「だから弓矢…え?」
いつの間にか僕の背後に回った物部先輩が僕の胸に腕を回す
「潮来…愛してる」
掠れた声での先輩からの告白
「無理!キモいです!」
肩を揺らし先輩から逃げて博田さんを庇う
「僕は博田さん一筋です」
博田さんを抱き締めたまま叫ぶ
「潮来きゅん」
潤んだ眼差しの博田さんが最高に可愛い
僕が望んだ光景なのに何故か心が寂しい
これはキューピッドが無理やり言わせてるだけなんだ
キューピッドもノルマがあるのか手当たり次第に誰かとくっつけようとさせている
「潮来きゅんが好きです!死ぬ程好きなんです!」
物部先輩はひたすらキモい
源の方を見ると新たに現れたキューピッドの弓矢を奪い先に出ていた
「キューピッドの頭を撃ち抜いた…」
元同級生で現同僚の殺人現場を見た
「おもちゃみたいだけどちゃんと当たりますね」
ふう
とため息を吐く源
「人殺し!」
「誰がよ!それより博田さんは?後物部先輩!」
腕の中の博田さんを見ると顔を真っ赤にした博田さんが震えている
「具合が悪いんですか?」
心配する僕を押し退ける博田さん
「いえ。気絶してしまってすみません」
どうやら倒れたと思っていたらしい
「まだ急に立つと危ないです」
源が博田さんに付き添う
「源さん。私は平気です。てか潮来君が源さんの事呼び捨て…」
顔が赤いままの博田さんが尋ねる
「あ、僕と源は高校時代からの同級生で。仕事の時は気をつけて源さんと呼んでます」
「最近は普通に呼び捨てですけど?」
「仲が良くて羨ましい…」
ぼそりと呟く博田さんはまだキューピッドの影響を受けているのだろうか?
「あー何か頭がフラフラする」
と訴える物部先輩を無視し博田さん近寄るも博田さんは耳まで真っ赤になっていて
「熱があるんですか?病院今なら間に合うかもしれません」
そのまま女性用トイレに付いて行くも
「ここは男性の立ち入り禁止です」
源に拒否される
「取り敢えず潮来君は近寄らないでくれますか?」
更に赤くなる博田さん
これはチャンスだ
「博田さん!僕の告白の答えを聞かせてください!僕は博田さんが大好きです!愛してます!あなたの気持ちが聞きたいです」
キューピッドのせいだなんて思いたくない!
「私…私は…」
顔を真っ赤にした博田さんが僕を見上げるも
「言わないで!」
源が博田さんに覆い被さる
「聞きたくない!聞きたくないんです!」
泣きながら博田さんを抱き締める源の心臓の部分にはキューピッドの矢が刺さったまま
「源さん。ごめんなさい」
泣きそうな博田さん
「私…私…」
博田さんの唇の動きが何かを訴えるけど分からない
「私も博田さんが大好きです!初めて会った時から大好きです!」
突然の告白に僕の頭が真っ白になる
「潮来君に渡したくありません!」
告白された博田さんが固まっている
取り敢えず博田さん
答えが決まるまで辞めないで下さい

おわり

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