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夜間警備19

あのキューピッド事件から2週間
あの場所に居た全員に幻覚や眩暈、嘔吐まで出た
唯一症状の軽い潮来君が救急車を呼び、全員検査を受けた結果は
悪質なカビの胞子によるもの
レンタルしていたバレンティヌスの絵画の保存方法が悪かったそうで
絵画や周りの展示物は破棄出来る物は密封容器に入れ、廃棄され
博物館は消毒と安全性の確定の為で2週間閉館となった
「重症者や死亡者が出なくて良かった」
とは先輩は言うものの
経営者側としては大打撃だろう
得られた筈の収入もだが、スタッフの治療費
更にカビがいつ発生したのか原因の究明と責任の所在
賠償金の請求etc‥
「上の連中は大騒ぎだってよ」
「私も違う意味で大騒動でした」


「博田さんが大好きです」
まさかの同性である源さんからのからの告白
流石の潮来君も驚きを隠せなかった様子だが、その後すぐ私達は倒れた
意識を戻した源さんからは何故か謝罪を受けた
「あの好きはラブでなくライクです。博田さんは尊敬出来る人です」
「ありがとうございます。私も源さんを尊敬しています」
あの物部先輩と潮来君に挟まれて尚自我を保てる彼女は凄い
複雑な表情で笑う源さんに私が聞こうとしたら看護師に呼ばれ検査に行ってしまった

「源さんは何であんな顔を?」
「さあ?それより今日から復帰して大丈夫なのか?」
何か訳知り顔な先輩だがどうせ教えてくれないだろう
特別展示室に入るとずらりと並んだ人形の数々
「うわ!何ですか?この人形軍団!」
「何だ軍団って!これは雛人形だ。お前も見たことあるだろう?」
見ると雛人形祭りとポスターが飾ってあった
日にちは明日から4月5日まで
「あー、うちは男女のあれだけです。学校で見たような気はします」
「男雛と女雛な。平段飾りはメジャーだな。まあうちもだが」
「階段みたいなのにズラッと並んでいるのは先輩の子供の頃位ですか?昭和?」
「平成生まれじゃい。七段飾りは広いお宅で無いと飾りにくいよな。三人官女に五人囃子、随身(左大臣右大臣)仕丁(じちょう)‥」
「おままごとの道具みたいなものもありますね。これで遊ぶんですか?」
「遊ぶな。これも飾りだ」
先輩の説明によると
雛飾りという物は天皇家の結婚式らしい
雛人形の元祖は子供が元気でいるようにと紙で作られた人形に穢れ(病魔など)を移し、川に流していた
そのうち紙の人形を飾るようになり
江戸時代には立ち雛が裕福な家で飾られ、江戸時代後期には座り雛
明治以降には今のようなスタイルとなった
「昭和は七段飾りがメジャーだったらしい。上から天皇皇后、つまりは新郎新婦。皇后の身の回りの世話をする三人官女。結婚式を盛り上げる楽器隊の五人囃子、武器で護衛を務める随身。下の3人は下働きの仕丁」
「笑ったり泣いたり怒ったりしてますね」
「笑い上戸と泣き上戸と怒り上戸な。お祝いだから酒を呑んだんだ」
「へー」
「後嫁入り道具。天皇家への嫁入りだからかなりゴージャス。後乗り物の輿と牛車な」
先輩の説明は分かりやすくなっている
この人が案内してくれたら博物館や美術館のハードルも低く‥
「うえーい!呑んでるか〜?」
ダメだな
「俺達も結婚しちゃう〜?」
「え〜?どうしよっかな〜」
こんな感じで盛り上がっている雛人形達を見て思った
こんなのを見せられたら皆逃げる
「今年は大人しい方だな」
怖いわ!
普通に人形が動く恐怖現象だ
「先輩ってホラーが苦手じゃなかったんですか?」
「嫌いだよ。ホラー映画は嫁さんの手を握って無いと観られないし。まあそれが嫁さんと付き合うきっかけになったんだけど」
「結局ノロけ‥てかそれだけ怖いなら観なきゃ良いでしょう?」
「嫁さんが俺と観るホラー大好きなんだよ‥」
「‥あ‥(怖がりと観るホラーって楽しいって聞くもんな)」
「こいつらは普通に宴会をしてるだけだから。昭和のレディースばりの暴力シーンを再現しなければ良い」
そう言えば初日にそんな話を聞いた

楽しそうな宴会風景を眺めていると
いきなり
「どけぇえええー!」
「まぁてぇえええええー!」
ドタドタと賑やかに走る女雛と男雛に追いかけ回す五人囃子
しかも五人囃子は自分達の楽器を振り上げている
きっとあれで男雛と女雛をブン殴‥
「ちょーっと待ったぁー!」
先輩の方が素早く動き
五人囃子の前に立ちはだかる
「ここは乱闘禁止だ!」
何で私を見る
「では乱闘にならないように物陰で打ちのめす」
五人囃子の迫力に男雛と女雛は抱き合ったまま震える
「そもそもどうしてこの2人追いかけ回してたんですか?まさか賃金不満が?」
先輩の説明から労働契約がなされた労働者みたいだし
「賃金の問題では無い!人間関係の問題だ」
まさかパワハラモラハラが横行していた?
五人囃子による労働組合(過激派)
「パワハラモラハラは労働基準監督署?でしたっけ?そこに行ったら‥」
「あの女が俺たちを弄んだんだ!」
はい?
見ると女雛を庇っていた男雛がそっと離れる
いやあんたは離れるな
「これは政略結婚で男雛の事は何も思ってないと!」
「俺も言われた」
「俺も同じことを」
「私にはあなたしかいないも言ってたな!」
5人に同じ台詞で迫ったのか
てか5人同時に付き合っていたのか
大人しそうな顔して‥
「あの造形は昭和の雛人形か。道理で肉食系な訳だ」
先輩はこの似たり寄ったりな雛人形達を見分けているのか
「先輩凄いですね。私には皆公家顔です」
「人形は皆当時の流行りの顔になってんだ。良く見ろ。目の大きさも違う」
「わかるか!取り敢えず女雛さんは謝罪した方が良いと思います」
女雛は心無しかぶすくれている
「だって男雛も浮気してたもん。私だけじゃ無いもん」
何だその理屈
てかこいつらどんだけ絶倫‥クズなんだ
「俺は三人官女とだけで‥モニョモニョ‥」
「人数の問題じゃねえ」
不倫2人組に呆れていると弓矢と刀を携えた随身がやってきたが
「女雛!俺とのことは遊びだったのか!」
「わしとの恋愛が最後の恋だと」
若い男は兎も角、おじいさんまで!
守備範囲広いな
「なんて女だ!この結婚は無しだ無し!」
流石に三人官女と不倫していたクズ野郎もやはり人数的に許せないのか
「ちょちょちょ!それって雛人形のアイデンティティ崩壊!」
先輩もパニクっている
だけどまだ仕丁が残って‥
「離婚するなら正々堂々と付き合えると言う事ですね男雛」
オッサンズら‥
「明治に入るまで日本は恋愛のスタイルって結構自由なんだ。キリストの思想が普及してからタブーになってる」
「はあ‥(だからどうした)」
「だからあの2人の自由恋愛が理由で離婚は出来ないと」
「という事は不倫しても良いと?」
「倫理的に良く無いが昔は妾制度もあるし」
「オッサンズのラブは?」
「博愛主義で良いんじゃ無いかな?」
無茶苦茶な理論だが
人形達は納得
「できるか!白黒付けろ!」
ですよね
出来ませんね
「ぐぬぬ‥人形の分際で‥」
先輩の本音が漏れた
「人間様を楽しませるのが人形の役割だしね」
他の人形達が頷いている
「人形の世界にも年功序列があることを覚えてる?」
いつの間にかゲス‥昭和雛人形達の背後に立って男雛と女雛の頭を鷲掴みにしたお化けみたいな雛人形
「あれは江戸時代の雛人形だ。ここの博物館が所持している最古の雛人形だ」
「お化けかと思いました」
「トイレ行く?」
「行きません。てかどうなるんですか?」
恐怖より好奇心が優った
「肉体言語で説教するとか?」
「脳筋の思考に至るなミニゴリラ。見ろあの鮮やかなチクチクイヤミ攻撃」
「凄い。親戚のおばさんよりエゲツなく。かつ丁寧に褒めているようで精神をゴリゴリ削る狂気の言葉責め」
「こんなのが耐えられるのは空気を全く読まない潮来かドM位だろう」
「凄い言われよう‥でも説教が終わったみたいです」
説教を受けた雛人形達は一気に萎れていた
「なんか急激に老けていませんか?」
「この程度なら朝には戻る」
「良かった朝には‥」
雛壇から降りた雛人形達力尽きたのかあちこちに転がっていて
しかも道具まで
「この雛人形祭りって合計何体ですか?」
「千体。祭りだし」
「学芸員の皆さんが発狂ものですね」
「だが俺達触れてはいけない。そう言う契約だ」
そう、我々は一介の警備員
翌朝の学芸員達の悲鳴を想像し手を合わせるしか出来ない
そして私も近々警備員で無くなろう


絶対辞めてやる



終わり




 

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