夜間警備9

僕の家は女性9割男性1割の比率だ
先祖代々霊媒師の家系で、女性霊媒師の血筋を守るために女性が多く生まれると祖母から聞いた
多分遺伝子の配列の関係だろう
無意識に女性遺伝子優位の男性を婿に入れているのだろう
だけど皮肉にも僕の代では男の僕が霊媒師の才能を受け継いだ
だが、令和のこのご時世では職業としては成り立たない
僕は大学を卒業して地元の博物館で学芸員として働き始めた
せいぜい大好きな美術の世界で美術品の真偽の程を確かめる程度だ
たまに怨念や執念もダイレクトに現れて気分が悪くなったこともある
こんな余計な能力は吹き出物のような物だ
下手に話せば気味悪がられるし
そして更に厄介なのは…

「あんたこれ私のじゃない!」
「貸してって言ったじゃんじゃん!それにお姉には年不相応だし」
「だったら余計に貸さない!これ大事なものだし!」
「誰?私の化粧品勝手に使ったやつ!ちゃんと元に戻せ!」
「ねーねー!これどう思う?男的にあり?」
朝から大騒ぎの姉妹達を見てため息が出る
姉と妹それぞれ2人に挟まれた家に生まれてずっとこの喧嘩を見せつけられている
「うるさい…」
「うるさいってー!」
「ハア?あんたがうるさいからでしょ?」
「あんたの方がうるさい!」
「あーもう!皆うるさい!」
ちょっと喋っただけでこんなにも返ってくる
しかもネチネチとしている
「もう出勤するんだから退いてくれる?」
忙しい朝から通路をふさいで喧嘩なんかしないで欲しい
「あ、出掛けるの?だったら途中まで送って!」
「後10分待って!」
「待たないよ!」
「もう置いてくよ」
「それは僕の台詞!」

「朝から疲れてるね」
出勤だけで疲弊した僕に同僚の源さんが声をかけてくる
「朝からうちの女共がうるさくて…」
源さんはうちの事情を知っているだけに同情の眼差しを見せてくる
「僕が結婚願望が無くなってもおかしくないでしょう」
「確かに…」
アハハと笑う源さん
「それに…」
ボードに書かれた本日の到着予定の荷物
「気が重いことは続きますね…」

「今回もミイラ展ですか…」
前回ミイラを損壊させた男がこの博物館に紛れ込んでいてこの博物館で警備をしている博田(はくた)さんが捕まえた
「博田女史凄かったよな。あんなに小さいのに男を投げ飛ばして」
そう、見た目はフワフワした小柄な女性なのに
彼女は予想以上に強かった
そもそも警備員だから当たり前だが
「格好いいです」
同性にも人気なんだな
「しかもあのモノノケ先輩とコンビを組んでる」
そう
僕のもうひとつの悩みの種
「今日は物部(もののべ)先輩なんだ…」
警備室の担当者の名札にため息を吐く
物部先輩
通称モノノケ先輩
以前は僕たちと同じ学芸員だった
誰よりも芸術を愛し…てはなかったが
何故か先輩が美術品のそばに近づくと何故かその美術品が動き出す
付喪神(つくもがみ)と言うものがあるが、その一種だと思う
先輩の中の何かが美術品に魂を吹き込んだとしか
でなければ織部焼の茶碗に手足が生えて踊ったりはしない
しかも転んだ拍子に先が欠けた
ここの博物館貯蔵だったので修復はどうにかできたが

先輩は責任を取らされ学芸員を辞め、警備会社に転職した

何の因果かここの警備員として配属された
何でも館長の希望だとか

しかも今回のミイラ展では新しいミイラも加わって、新たに専用の警備員も追加された
「えーと、この人日本語も大丈夫なんですか?」
明後日から公開されるミイラ展の特別警備員に博田さんも緊張している
「大丈夫です。日本語出来ます」
流暢な日本語の包帯姿の警備員
「やっぱエジプトって危険な国なんですね。怪我だらけ」
スーツを着ていながらも顔全体を覆う包帯にサングラスと言う一風変わった男
「普通気付くだわ…こいつファラオの護衛だろ…」
「先輩、気付いていたんですね」
「アホの子と一緒にするな。この人が来たと言う事は厄介な奴も居るのか?」
「ええ。去年我々が確保したあの男」
ファラオの娘であるミイラを妊娠させた
ファラオの娘は死者の国で他のファラオに嫁ぐ予定であったが、復活のための肉体を穢されたせいで婚姻は破談
そのため彼女は新たな結婚話もなく、未婚の母となってしまった
その報復のため、犯人は逮捕され、エジプト政府に身柄を引き渡された
「犯人は我が国の法律に則り罪人のミイラとして処罰が下りました」
本来体内に残す筈の心臓も取り出されミイラにされたと言う
「ウゲ…」
思わず声に出る
博田さんは常設展示室の見廻りに行かされている
先輩としてはこんな話は聞かせたくなかったんだろう

「博田はアホだからこんな話をしても理解できないし、余計にこじれる」
「確かに…じゃない!今回のミイラ展にはそのミイラも含まれていているんですよ。犯人は博田さんを恨んでいます。危険ではないですか?」
いくら彼女が強くても相手はミイラだ
「まあ相手は心臓がないんだろ?エジプトのミイラにおける心臓の役割は復活を司る。その復活のための心臓がなければ復活はできない。だろ?」
問題の罪人のミイラの前に行く
ミイラは包帯に包まれ静かな眠りに付いている
「動く気配は無さそうですね」
ホッとため息を吐く
「ああ。そろそろ博田も見廻りを終えるな」
時計を見て先輩が博田さんの名前を出した瞬間
「ハクタ…」
「…え?」
「あの…ミニゴリラ…」
ミイラが口を開いた

「先輩、常設展示室の見廻り終わりました」
「博田さん来ちゃダメだ!」
特別展示室に来た博田さんに僕は大声を出すも
「不審者ですか?今行きます!」
来ちゃダメって言ったのに
「こんのミニゴリラァー!」
ミイラが叫ぶ
パリパリと口の端が割れる
「誰がミニゴリラだコラァ!」
博田さんもお怒りモードだ
「お前のせいで俺はこんな目に遭ったんだ!お前の心臓を奪って俺の心臓にしてやる!」
口が裂け干からびた舌を出すミイラはまさに
「ホラー映画のモンスターだ」
「その前に二度と他人を妊娠させないように握りつぶす」
「「「ひっ!」」」
男3人で股間を押さえる
「し…心臓が無いのに動くなんて何て怪物だ…」
ファラオの護衛が恐れおののく
「いやあんたも怪物だよ」
先輩のツッコミももっともだ
そして
「ぎゃああああっ!」
宣言通り博田さんが罪人の股間を遠慮無く握りつぶして更に体を押さえ込んだ
「捕まえた!女の敵!」
「何て惨いことを!」
「お前は男の敵だ!」
「先輩はどっちの味方だ!」
本当に…でも股間を潰した博田さんは悪魔だ

「あっ!兎に角罪人を捕まえましょう!」
「そうだな!ミイラを完全に止める方法は脳に金属の杭だ。その為に銃を持ってきた」
ファラオの護衛が腰のホルダーにいれていた銃を取り出そうとして
「銃がない!」
気が付くと罪人の手には銃
「いくら無敵のミニゴリラでもこいつには敵わねえよな?」
「博田さん逃げてください!」
叫ぶも間に合わず
パアンッ
乾いた破裂音と共に博田さんの額に穴が空く
見開いた博田さんの瞳の色が失われ、冷たい床に倒れ込む
そのまま博田さんの胸に穴を空け心臓を取り出す
「ひゃははは!これで心臓を手に入れたぞ!ザマアミロ!」
むせ返るような錆びた鉄のような血の匂いが充満しミイラの乾いた笑いが展示室に響きわたる
地獄だ…
ここは地獄でしかない
ミイラが手にした心臓は
「貴様を裁判しよう」
天秤を手にした黒い犬の頭に人間の体の異形の神アヌビス
椅子に座る裁判の神オシリスの命令のもと
心臓を天秤にかける
もう一方は白い羽根
心臓が善人の物であれば天秤は均等になる
でもあれは博田さんの物
きっと天秤は
ガシャン
無情にも天秤は心臓の方に傾く
「有罪」
オシリスの無情な判決が響き渡り
心臓はワニの顔の怪物アメミト食われる
「股間が有罪かー!」
股間を潰した事がこんなにも有罪だなんて

「股間が有罪かーっ!」
自分の声に驚いて目を覚ます
「夢…」
よりによって縁起の良い筈の初夢が悪夢だなんて…
しかもミニゴ…博田さんに申し訳無さすぎて顔を合わせられない
と言うか何かお詫びしないと

博物館
「博田さんの趣味?ウサギ好きって言ってたよ。よくウサギグッズを買ってるし」
彼女と仲の良い女性職員がニヤニヤしながら教えてくれた
スマホで近くのウサギカフェを調べていると皆が何かの紙を段ボールに入れていく
「あれ何ですか?」
「ああ、アレね。年末に宝船の紙を貰ったでしょう?」
「縁起の良い宝船の絵を枕の下に敷くと良い夢が見られる筈でしたね」
悪夢を見たけど
「皆悪夢を見ちゃって」
「僕もです」
「それで不吉だから神社でまとめてお焚き上げをして貰おうって話になって集めてるの」
そう言えばグループラインで宝船の絵を回収しているってメッセージがあったな
僕も入れよう
箱に入れようとしたら博田さんと先輩がいた
「これ縁起物なのになー不思議だな?」
不思議そうな先輩にピンと来た
「もしかして先輩が何かしました?」
モノノケ先輩の仕業だ
そうとしか思えない
「何で俺のせいになる?」
「この宝船の裏に描かれた象っぽいの。これ先輩の仕業ですよね?」
「あ!」
紙をひっくり返すと確かに不細工な象
「娘さんのイタズラですか?だったら怒れません…」
小さい子のイタズラなら怒るわけにはいかない
「そうでしたか。でしたら…」
「バカ。俺が描いたバクだよ」
「マレーバクですか?なんかバクって言うよりアリクイ」
その違いはよくわからないけど
「違うわ!悪夢を食う伝説の霊獣だよ!良い初夢になるように一生懸命描いたのに!」
宝船のせいじゃなかった
「あんたの落書きのせいか!」
先輩を締め上げる博田さん
「落ち着いて下さい!」
慌てて止める
フーフーと肩を上下させている博田さんは野獣そのもので
「やじゅ…博田さん落ち着いて…あの…ウサギ」
「ウサギ?」
ウサギの名前を出した瞬間、野獣が人間に戻る
「今度の休みの日、ウサギカフェに行きませんか?」
先程調べたウサギカフェ情報を見せると目を輝かせる
「是非!」
嬉しそうな博田さんに初夢の罪悪感が和らぐと同時に、先輩のニヤニヤ顔が気持ち悪かった

後で知った事だが、僕がやったのは女性をデートに誘ったと言う事実だった

現在
「お兄!これどうしたの?」
妹が僕のバッグに入れていた筈のクッキーを持ってきた
「これってパティスリーSYURABAのクッキーだよね!美味しいんだよね!」
どうやら寄越せと言うことらしい
冗談じゃない
「これは僕が貰ったものだから上げられない」
素早く取り上げる
「えー?いつもくれるじゃん!」
高級品らしいがそれだけが理由じゃない
「これは初めて女性に貰ったものなんだから!」
しかも初キッス…

「お姉ー!ママー!お兄に春が来たー!」
相変わらずうちの女共はうるさい

こんなかしましい家出ていってやる!

終わり

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