夜間警備3

「あー今日もハロワの収穫無いわ~」

毎日の習慣ハロワ通い

高給、安全、楽の好条件グレードを下げても県の最低賃金に近しい物しかない

「1人暮らしするには足んないんだよね」

実家暮らしは楽だが

「あんたいつまで働かないつもりよ。ご近所さんの笑いものよ」

と働けを連呼していた母が、働き出すと

「夜間警備って女がするものじゃないでしょう。危ないし、ご近所さんに夜遊びしてるって思われちゃうじゃない」

面倒臭い

放っておいて欲しい

そう言えば看護師やってる友人も夜勤で出掛けたらお水のおねーちゃんだとヒソヒソされたと愚痴ってたな

そのヒソヒソおばさんの1人がうちの母だが

看護師だって分かると無駄に見合いの話が増えたとか

ご近所さんの目から離れる為にも今は稼いで…

「あんたねえ、働いてるなら家にお金いれて頂戴よ。家賃がない分楽でしょ?5万で良いから」

「人の仕事に文句言いながらそーゆーのは請求するんだ」

「当たり前じゃない。嫌ならさっさと結婚して出ていってね。いつまでも遊んでばかりで恥ずかしいったらありゃしない。ご近所さんに何て思われてるか。あんたの友達は看護師やって偉いわよね。きっと引く手あまたよ。羨ましいわぁ」

グチグチと溢す母親の話を受け流す

あー早く出ていきてえ




「オッスおはよーさーん!」

職場に着くといつもの先輩が先に待機していた

「おはようございます。また夜勤に戻ったんですね」

正社員である先輩は昼夜を交代でし、今週は夜勤のようだ

「おはようございます…っておかしくないですか?今夜」

「いーじゃん。お前も出勤だし」

申し送りノートを読み

「そう言えば今日はカエルの鳴き声がうるさかったですね」

今は11月だが異常気象で昼間は暑い

「特別嫌いな訳じゃないけど、今日苛つく事があって」

母譲りの愚痴を溢す

「大体人がどんな仕事しようが、いつ結婚しようが勝手だっつーの!それに結婚しなきゃ良かったって言ってるくせに結婚しろって同じように不幸になれってか」

「へー大変だなー」

生返事の先輩は気楽そうで

「先輩はなにも言われないんですか?」

こんなちゃらんぽらんなら家族も諦めるのだろう

「いや、俺もう結婚してるし。娘もいる」

意外だ

「まさか俺に惚れてたん?ごめんな既婚者で」

「冗談でしょう?」

私の冷たい視線も軽く受け流し

「それよりさっきの話なんだが…」

急に真面目になる先輩

「さっき?ああ、うちの母ですか?やなおばちゃんでしょう?他人の悪口言う前に自分は何なん?て言う感じですよねー」

「そうじゃなくて最初」

「ああ、挨拶ですか?今の時間でおはよーはやっぱり…」

「違う…来る途中でカエルが鳴いていたって」

「あ、はい。季節外れなのに昼が暖かいからですかね?」

「ああ、今夜はカエル合戦か…」

先輩がロッカーに向かう

「カエル合戦ってあれでしょ?オスのカエルがメスに群がる発情期」

「よく知ってんな。マニアか」

「元カレがカエル好きだっただけです。てか何で迷彩服?」

「カエル合戦だからだ。てかお前分かれよ。ここが何処なのかを」

「人間性のヤバい奴らが集まった修羅の国です」

「アホか。ここは夜中に美術品が暴れる博物館だ普通に分かれよ」

知るか!既に普通じゃねーわ!

「今回の画家は河鍋暁齋(かわなべきょうさい)自らを絵の鬼、画鬼(がき)を名乗る程に絵に没頭した人間だ」

通称カエルの暁齋

カエルをモチーフに描いたものが多いと言う

「今夜は暁齋のカエル共が相手だ」

ほれと虫取網を渡される

「何で虫取網?何で迷彩?」

「カエル共を一網打尽に…」

パアンッ

突如響く銃声

「え?抗争?」

思わず身を低くする

「大丈夫だ」

「何が?」

というかさっき先輩に何か当たっていたような?

もしかして先輩は鋼鉄製?

「先輩ってサイボーグだったんですね」

「はあ?て言うか奴らを見ろ」

「カエル」

何をどう見ても

ガマの穂を槍に見立て、フキの茎を鉄砲に見立てている

「何かコミカルな」

指揮を取るのは他のカエルよりも一回り大きいカエル

「行くぞ!我らが女神のために!」

おおおーと言う勇ましい怒号が響き渡る

「昔の画家は本当に魂のこもった奴を描きやがる」

何処にあったのかカエル帽子までかぶりだした

「奴らはいつも存在しない女神のために戦っているんだ」

そう言えばメスらしきカエルはいない

存在しないはずのメスのために戦い散っていく

「すっげー無駄な人生?いやカエル生を送ってますね」

「無駄言うな。だがそれを野放しに出来ない理由がある…分かるな」

フサッと先輩の顔にガマの穂が当たる

「こいつらは博物館がレンタルしている貴重な絵画だ」

今度はフキが当たってる

「こいつらが傷つくと博物館側が莫大な損害賠償を強いられ、俺たちはクビ…いや莫大な借金を背負わされる」

あ、カエルが先輩にヒップアタック

「こいつらは無傷で確保…」

あー頭まで踏まれて


「お前らいい加減にしろー!」

一際デカイ先輩の声に全員が振りカエル

シャレでなく

「全員ガマの油を搾り取ってやる!」

虫取網を振り回す先輩に

「先輩相手を傷つけちゃいけません!相手は大事なレンタル様!」

荒ぶる先輩を押さえ必死に説得する

「知るかー!妻子に伝えろ!俺は立派に戦ったと!」

怒鳴り続ける先輩を見つめるカエル達はやがて跪く

「女神よ…」

「…へ?」

敵味方区別無く皆が祈りを捧げる

「おお…麗しの女神よ…あなたを長い間お待ち申し上げておりましたた」

全員が頭を下げ先輩を担ぎ上げる

「女神は降臨なされた!」

先輩の頭のカエルの被り物をメスのカエルと間違えたらしい

「お幸せに~」

見送る私に

「ちょっと待てー!俺は既婚者だ!家に帰れば愛しい妻と可愛い娘がーっ!」

先輩の絶叫を背に私は散らばったガマの穂とフキの茎を片付けた

「いやー…一件落着」



翌朝

カエル合戦のせいか疲れた

あくびをしながら自分の部屋に戻ろうとする私に

「ちょっと待ちなさい!」

母が説教に来る

「いつまであの仕事を続ける気?お母さん恥ずかしいんだけど!」

また始まった

襲い来る来る眠気にハイハイですませようとしたが

胸の辺りをモゾモゾとした感触が走る

「ちょっと聞いてるの?」

「ちょっと…待って…」

服の下からモゾモゾの正体を取り出す

ゲコ

出てきたのは例の暁齋のカエル

声にならない絶叫をあげ母が雄叫びを上げる

そう言えば母はカエルが大っ嫌いだ

母の説教も止まり

騒ぐなと父に叱られる姿を無視して私は眠る

起きたらハロワだ

絶対に辞めてやる


終わり



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