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藤鬼様

我町の片隅にある神社の境内にある大きな藤の花
樹齢を200年超えるというその木にはこの時期だけ子供は近寄ってはいけないと言われている
「藤鬼様が出るから子供は近付くな」
ここで言われる常套文句
藤の木に宿ったという鬼は子供が大好きで
不用意に木に近づく子供を食べており
神社の娘でもある巫女が命懸けで鬼を封じたが、それでも鬼の力が強くなる藤の花が咲く季節には封印が破られるのだという
以下、この話は私の祖母である頼子から聞いた話である

頼子は幼い頃、近所に蝶子という幼馴染がいた
物静かで、家や図書館で本を読むのを好む頼子に対し、蝶子は男子に混じって遊ぶようなヤンチャな子だった
家が近いのもあり、頼子と蝶子は一緒によく遊んでいた
というか
強引に蝶子に誘われていた
頼子の内気な性格を心配していた頼子の両親は
蝶子のお蔭で外に出て遊ぶようになったと喜んでいたが
頼子本人はわがままで危険な遊美を強要する蝶子が苦手であった
断っても母親が頼子を叱りつけ、無理矢理蝶子の前に差し出された
蝶子は木に登り、頼子にも木登りを強要し、頼子がうまく登れず
やっと登ったと思ったら蝶子はいつの間にか木から降りて直ぐに降りるように石を投げてきて、慌てた頼子が木から落ちると笑う
虫を捕まえて頼子の服に付け、頼子が悲鳴を上げ
「服の虫を取って」
と泣きながら懇願するも頼子は腹を抱えて笑っていた
頼子が泣いている姿を見た男子が流石に可哀想だと虫を取ったが
「頼子は男子にぶりっ子してる」
とからかった
あまりに酷いいじめに何度も
「もう蝶子ちゃんと遊びたくない」
泣きながら両親に訴えるも
「ただのイタズラにベソベソ泣くんじゃない。お前のその根性を鍛え直してもらうんだ」
両親は聞く耳を持たなかった
当時の頼子の両親としては根暗な娘より、お転婆だが明るい近所の他人の娘の方が好感が持てた
周りのそんな感じで、やりすぎではあるが、明るくハキハキとした蝶子の方が大人うけがよく
よくいじめられて泣いていた頼子は泣き虫娘と笑われた
そんな状態で誰も味方をしてくれない状況で、頼子は蝶子にとっての絶好のおもちゃであった
そして藤の花が咲く時期になった
神社の敷地内にある巨大で不気味な藤の木は普段から子供は近づきたく無い場所で
藤の花が咲こうが咲くまいが誰も近づかなかった

「みんな臆病なんだから。私は藤の花なんて怖くないよ」
勝ち気な蝶子には頼子をはじめとする藤を怖がる子供が臆病者だった
「ねえ、藤の花を見に行かない?」
柄にもなく藤の花を見たがる蝶子に
「藤の花?お寺の方から遠いから今から行くと夕方に帰って来れないよ」
頼子は遠くの寺の藤棚を思い出したが
「そんな遠くまで行くわけないでしょ。直ぐ近くにあるじゃない」
その言葉に頼子の表情が強張った
「そこには藤鬼様がいるじゃない。大人が近づいちゃダメって」
頼子の表情を見た蝶子は笑いながら
「バカねえ。そんなの大人の嘘に決まってるじゃないの。それに私達が藤の花に近付いても何もなかったら嘘だったという証になるよ」
「やだよ。そんなに行きたいなら蝶子ちゃんだけ行けばいいじゃない」
本当は蝶子自身も1人で行くのは怖くて嫌だったのだろう
「そんなわけない。頼子は自分が怖くて行きたくないからそんな事言ってるんでしょう?」
虚勢を張り続ける蝶子は意地悪く笑う
「ここで一緒に行かないなら頼子の事もっとからかってやるから。男子の前でスカートをずり下ろして欲しい?それとも今度は行きた虫を食べたい?」
頼子は蝶子の事を相談しようかと思った
普段のイタズラはともかく、あの藤の花に近づこうとするのは流石に大人達も叱ってくれるだろう
しかしそんなことをすれば蝶子からの報復が酷いだろう
「わかった。でも少しだけだよ?見たら直ぐ帰るからね」
「わかった」
その時の蝶子の笑顔に嫌な物を感じた頼子だったが
その予感は当たった

「すごーい!おっきな木」
大きな藤の木には見事な花が咲いており
棚からぶら下がる花房は幻想的であった
あまりの美しさに頼子は見惚れていた
「蝶子ちゃん、凄いねえ」
蝶子も最初ははしゃぎ、藤び花の蜜を吸ったりしていたが直ぐに飽きて
「お化けなんて出ないじゃない。つまんなーい」
藤の木を蹴り付ける
「蝶子ちゃん、そんな事をしちゃダメだよ。木だって生きてるんだから」
「はい、ぶりっ子ちゃんは良い子ちゃんでちゅねええ」
人を見下したように笑う蝶子に
「もう良いでしょう?私帰るから」
帰ろうとしたが
「は?まだお化けが出てないじゃない。私がお化けをちゃんと見るまで頼子は帰れないから」
蝶子は相変わらずの嫌らしい笑顔のままで
「言ったよねお化けをみたいって」
「藤鬼様の事?藤鬼様に見つかったら食べられるっておばあちゃん達が言ってたよね?私はもう嫌だよ」
そのまま帰り始めた
「ちょっと頼子。まだ時間があるんだからあとちょっとだけいようよ」
とおねだりするも
「もう知らないよ。蝶子ちゃんだけでやればいいじゃない。1人でいられないなんて蝶子ちゃんの方が弱虫じゃない」
普段の鬱憤が溜まっていた頼子はそう怒鳴った」
散々いじめられて、今も危険な場所に居させられる
いじめは酷くなるだろうが、藤の花に近付いた事をいじめの内容も含めて改めて大人に話す予定だった
女子は愚か、いつもは蝶子と仲が良い男子も最近の蝶子の頼子への仕打ちや我儘ぶりに嫌気がさしていた
「もう皆も蝶子ちゃんと遊ぶのは嫌なんだって」
そのまま帰ろうとした頼子を蝶子が突き飛ばす
「頼子のクセに!あんたは私のいうことだけ聞いていれば良いんだよ」
そのまま叩いてくる蝶子に
「痛いてっば」
逆に突き飛ばし立ち上がるとちょうど藤の姿見えて
「藤鬼様だー!」
頼子は叫んだ
つられて蝶子も見ると
そこにはふじの花を頭に見立てた巨大な鬼の顔があった
鬼はそのまま這いずるように頼子達の元に向かってきた
「きゃあああー!」
蝶子は再び頼子を突き飛ばし自分だけ逃げていく
頼子はそのまま座り込み
お尻に生暖かいものが伝わる
するとすぐに藤鬼が擦り寄ってきた
「ごめんなさいごめんなさい。直ぐに帰ります」
濡れたスカートを押さえ
泣きながら謝罪する
「うわっ!しょんべんくさい。そこでまっていろ。雨が降ったら食ってやる」
藤鬼が獣の唸り声のようなものを漏らし
先に逃げていった蝶子に向かう
「やめてよお。頼子の方が美味しいに決まってるんだから頼子の方に行けよぉ」
泣きじゃくる蝶子の声は次第に
「いたぁあい!痛い痛い痛い」
ゴキゴキという何かが折れる音に吐き気がする程の血の匂い
その場で食べたものを吐き出し
更にスカートが濡れていく
泣き叫ぶ蝶子とを何かを咀嚼するくちゃくちゃという音に耳を塞ぐ頼子
次は自分の番だと恐怖に支配されたその時
涼やかな鈴の音広がる
綺麗な衣装に身を包んだ若い巫女
藤の花を髪に飾り、手にはたくさんの鈴が付いた神楽鈴(かぐらすず)を持ち
「藤鬼様、この巫女めがあなた様を鎮めましょう」
鈴を鳴らし舞うように藤鬼の周りを踊る
人間離れしたスピードながらも優雅な動きに
藤鬼は見惚れていたが
巫女が腰から刀を抜き、藤鬼の鼻を突き刺す凄まじい悲鳴と共に、藤鬼も巫女も消え
「おーい、誰かいるのか?」
大人達が駆けつけた
「ここでーす!蝶子ちゃんが!蝶子ちゃんが鬼に食べられた」
頼子は悲鳴を聞きつけた大人達に無事に保護され、蝶子も藤の木の下で見つかった
下半身を齧られてしまった状態で
町は騒然となり、警察の事情聴取も行われた
しかし犯人を知っている大人達は一通りの騒ぎが過ぎると何も話さなくなった
「蝶子ならやりかねない。頼子は付き合わされただけ」
両親は今までと打って変わって蝶子の親を責め、頼子を庇った
「あの不良娘のせいで飛んだ目に遭ったな」
とは言ってくれたが頼子は2度と蝶子の話題は出させず、目立たず、何かから隠れるように過ごした
「藤鬼様はまだ私を探しているんだよ。執念深いからねえ」

藤の季節に決して外に出ない祖母頼子

「あんたも近付いちゃいけないよ」
あんたは私にそっくりだからと話す
「あのさ、おばあちゃん」
私は気になっていた事を聞く
「本当はおばあちゃんが頼子ちゃんを唆したんだよね?」
藤を見に行こうと言い出したのが蝶子ではなく頼子だとしたら?
気が強く、大人も頼子も舐めきった蝶子なら禁止されている藤の花の元にいくに違いない
「迷信でも蝶子が痛い目に遭ったら良いなとおもったんじゃない?」
「ふふふ」
祖母は微笑んだままで
「蝶子ちゃんは知らなかったのよ。藤鬼様は自分の花の蜜を吸ったものを先に襲うって」
食い意地のはった蝶子ちゃんはかなりの量の蜜を吸ってたわ
と笑いながら語る祖母の方が鬼に見えた


終わり

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