Nが私にくれたもの

過去のことはどんどん忘れていくので小中の同級生のNについて書こうと思った。

Nは色白で私より背が高い女の子だった。明るくて賢くて溌剌としていて、少しハスキーな感じの声をしていた。小学生の時Nと私はよく一緒に帰っていた。当時は顔の広いNが何故一緒に帰ってくれるのか疑問にも思わなかったけれど、ほとんど友達のいない私と顔の広いNがしばしば一緒に帰っていたのは変だったと今なら分かる。同じ方向に帰る子が少なかったからだ。もしNと私が子供が多い方向に家があれば一緒には帰っていなかっただろう。

Nはコミュニケーションの天才だったと思う。相手によって自分を少し変えることは誰でもやることだろうけれど、Nはそれが明らかに誰よりも上手だった。Aと接しているときとBと接しているときのNは確実に少し違っていた。ささいな言葉遣いとか、どれくらい自分の意見を強く出すかとか。Nと話している人は快適そうに見えたし、Nはまるで有能な執事のように私の目には映った。実際Nは人気者だったし、さらに男の子にも顔が広かった。

私は当時人とどう話せばいいのかが分からなくて、相手の言葉を反復し、同意する形でしかコミュニケーションをとることができなかった。当然Nとの会話も基本的にNに全部合わせていたと思う。別の子に金魚の糞と言われたことがあるくらいだ。

ある日Nに「AとBどっちが好き?」と聞かれた。私はNにどっちが好きか尋ねた。Nは「Aが好き」と言ったので私も「Aが好き」と答えた。そしたらNは「やっぱりBが好き」と言った。そうしたので私は「私もやっぱりBが好き」と言った。そしたらNは「やっぱりAが好き」と言った。このようなことが何往復か続いた。なぜNがころころ意見を変えるのか、しかも何故自分と反対の方を言うのか意味がわからなかった。訳のわからなさとNと意見が違うことの不安感で泣きそうになった。

その時Nがしてくれたこと、そして彼女の聡明さを思うと今でも胸がいっぱいになる。会話では思ったことを言うべきだということをこんな形で伝えようとしてくれた。人が人に伝えることのできるものの中で最良のうちの一つをNは私にくれたのだと思う。




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