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客席から見える景色② 見取り図

いちお笑いファンが、客席から芸人さんを見たときに覚えた感覚をエッセイ調で1000文字程度で書いていきます。


客席から見える景色② 見取り図


西日が2年D組の教室を充して、まるで血の色みたいだ。私はその血溜まりを揺蕩って、机の線をなぞる。三十九名ぶん整然と押し黙り、教卓のほうを向いて並んでいる。吹奏楽部の管楽器に混じって、小気味よい陸上部のホイッスル。地図は描かれない行き場のない交差点のちょうど真ん中、私の居場所。几帳面な日直が丁寧に磨いた黒板に吾の影が伸びて、揺れる。私の毛先まで滑らかに映して、指先で止まる。雑多に置かれた世界史の教科書が捲れて、ちょうどフランス革命のラッパを鳴らした。私は手遊びに制服の襟を正し、響く少年たちの喝采を聞いていた。
私は十分に満たされていた。何も思い悩むことはなかった。流れる極彩色のテレビを付けっぱなしにしたまんま、ただ優しく項垂れて、甘く青春を啜っていれば良かった。私の灯火はゆらゆら自由気ままに揺れて、開放されていた。些細なことで立ち止まり小競り合い、言い争うことすらも愛おしかった。静かに厳かな喧騒だ。私は私の弱さを認め、親友と意図を分かち合い、大人たちの背に小石をぶつけては遊んだ。好きな子と揃いのキーチェーンが風を惑い、私は簡単に呼吸をしてみせた。
気の抜けた炭酸水を飲んだら、あいつの元へ行こう。鮮やかな雑踏で迷子にならないように、メッセージを送れば大丈夫。話題なんて、昨日読んだ少年誌でも流行の音楽でも何だっていいよ。お互い好きな衣服を纏って、好きな髪型、好きな鞄、好きな色の靴を履けばいい。いつか世界の毎日が私の元を離れていっても、その瞬間ぎりぎりまで私が私であればいい。未来の自分でさえ私を縛ることはできない。お金も時間も他の人との距離感も、私には遠い先の話。明日から届く剣呑な光はすっぽり私の身体を包み込み、琥珀色の肉体を作ってはみても、魂には手を出せない。私が操縦桿を握っている、たとえそれらが偉い先人に作られていたとしても。
私はようやくカーテンの隙間をくぐり抜け、上靴のかかとを踏んで走った。お気楽な歌謡曲を口遊んで、私は誰より私の味方だった。そうだ絶望する暇があるなら、自分のリズムで進もう。正解か間違いか、決める誰かは風任せ。立ち止まることがあるなら、紕いなくカッコいいほうを選ぶとも。そうだろう、相棒。



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