百合とSF、すてきなものをいっぱい、そしてハイローとバキを混ぜちゃった!~海猫沢めろん『零式』~

 劇薬小説評へようこそ。
 ここでは、普通の本では物足りなくなってしまったあなたに、エクストリームで強烈で濃厚な本を処方いたします。

 名の知れた作家の本から知る人ぞ知るカルト的作品、マイナーな珍作まで多くを取り揃えていますが……選定基準は「ただ珍しいだけでなく、面白いこと」のみ!

 強烈でありながら他では味わえないような読書体験をもたらしてくれるであろう本たちを、まだ読んでいないあなたに向けて処方します。

 今回あなたに処方したいのは、海猫沢めろん『零式』です。

 海猫沢めろんといえば純文学で有名な作家ですが、これは作家活動を始めて初期の、アダルトゲームの仕事をやっていたりしていた時期に書かれた本です。

 皆さんはヤンキー経験がありますか? ある人もない人も強烈に心を突破されてしまう少女小説がこれです。

零式 (ハヤカワ文庫JA)
作者: 海猫沢めろん
出版社: 早川書房
発売日: 2017/10/31
大戦末期の1945年、帝国本土への遠征特攻を敢行した皇義神國は、報復の原子爆弾投下により全面降伏する。そして半世紀後、帝国統治下で鎖国状態の神國。原始駆動機“鋼舞”を駆る孤独な少女・朔夜は、己の破壊衝動をもてあましていた。しかし運命の夜…朔夜の荒ぶる心臓と、囚われの天子・夏月の夢見る翼が出会うとき、閉塞世界の根底を揺るがす大いなる物語が幕を開ける―期待の新鋭が描く、疾走と飛翔の青春小説。

 ……まあなんだかよく分からない小説のようでしょう。

 要するに百合とサイバーパンクと『HiGH&LOW』と『バキ』を混ぜたような小説です。

 ……本当ですよ。読んでもらえればわかると思います。

 四方を壁に囲まれた世界。

 主人公の朔夜は走ることでしか生を実感できないヤンキー少女で、日頃バイクに乗ってブンブン言わせています。(昔の九十九さんみたいなものですね)

 そんな毎日の中で出逢ったのが今は亡き皇族によく似たAV女優の少女・夏月。

 2人は不思議な交流の中で友情を育んでいき壁の外を目指しますが、その裏で世界を揺るがす事態と最強ジジイの狂気じみた妄執が忍び寄っていた……。

 あれこれ詰め込んであって見どころしかない小説なのですが、朔夜と夏月の交流は本当に切なくてキュンとくる(孤独なヤンキーと不思議ちゃんのカップルはいつの世でもいいものですよね!)し、そして何より文章の熱量がすごいのですよ。

 銃弾の生演奏(ライブ)をかいくぐって兵士たちが戻ってきた故郷は、死ぬか生きるかの境界(ライン)が引かれた街。

 闇市(ブラックマーケット)の米(ライス)と、乳飲み子の命(ライフ)が似たような値段にしかならない。そんな地獄の底で人々は我が身を呪った。

 だが、呪いながらも生きた。

 生きることだけを目的に、ただ生きた。

 と、こんな感じで『ニューロマンサー』や『ニンジャスレイヤー』に近い濃密かつかなり独特な文体なのですが、これが読んでいくうちに疾走感と登場人物の感情をひしひしと伝えてくる。ここは流石海猫沢めろんといったところです。

 個人的には「暴装賊(ナイトライブズ)」と「愛國唱歌(サンビカ)」がめちゃくちゃかっこいいですね。

 でもこの小説を強烈たらしめているものは、もう一人の主人公といえるヴィランの最強ジジイの存在に他なりません。

 戦争で活躍して、でも敗戦を迎えて狂ってしまい天皇に対する妄執に囚われていると書くと何だか悲しい悪役っぽいのですが、これがもう本当に凄すぎて、日本刀で5000人を相手にして全滅させるわ戦車の砲撃を食らってもピンピンしてるわで「こいつ明らかに人間じゃないだろ!?」と言いたくなってしまうのですよ!

 例えるなら範馬勇次郎、その人です。(あるいはザムの琥珀さんかもしれない)

 出てくるだけで無茶苦茶なジジイとの対峙はクライマックスなわけですが、百合に乱入してくる範馬勇次郎とどう戦うのかは読んでのお楽しみといたしましょう。

 ここまでだとなんだかチャンピオンに載っていそうなヤンキーバトルものっぽい雰囲気を漂わせていますが、実際はこころに欠落したものを抱えた3人が欠落を埋めるためにあがき続ける激しく切なくて激しく熱くて激しく痛くて激しくリリカルな小説です。

 朔夜と夏月とともにアクセル全開にメーターをぶっち切って走り、秩序と支配、暴力と愛、有限と無限を超えた先にあるものは一体なんなのか。

……最後まで旅したときの驚きと感動は保障しておきます。


筆者紹介
nyapoona (Twitter: @nyapoona)
サブカル寄りにカオスにやってます。

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