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掻き乱されていくカレンダー。

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2020年4月、
掻き乱されていくカレンダー。
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緊急事態宣言なんて、
使い慣れない言葉が飛び交った。
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宣言が出されるちょっと前から、
私のバリスタの仕事は休業に、
ライターの仕事はリモートに。
夫もリモートに切り替わった。
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夫の最後の出社の日の帰り道、
お米とか重たいものを持つよ!
ってLINEが来て。
駅で待ち合わせをして、
たまに行く、お家の裏の角を曲がったところにある、うどん屋さんに寄って帰った。
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お店の大将が「いっぱい食べとってや!」と、
おまけに、天かすやわかめも2倍にして付けてくれて、
なんとお替りまで無料にしてくれた。
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「いいんですか?」と夫がたずねると、
「緊急事態?ってやつ?もし出たら、うちは閉めるって決めとるんよ。だけん、いっぱい食べとってもらいたくてね」
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こんなはずじゃなかったってくらい、お腹いっぱいになって、
絶対、元気でまた会いましょう!と、店を出た。
しばらく歩いて、振り返ったとき、
大将はまだ、私たちの背中を見送っていてくれた。
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2人で大きく手を振って、少し長めの会釈をして。
重たい買い物袋を、右と左で、
半分こして持って歩いた。
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「お腹いっぱいだね」と言うと、
「あのうどん、ずっと食べられるわけじゃないんだなぁ」と、
夫は、なんだか、卒業式の前の日みたいな声で、つぶやいた。
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それからすぐに、
スーパーからは、いつも買ってるイチゴジャムすら姿が見当たらなくなって、
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「こんなものまで?!」と
驚かされるほどに、
当たり前だった存在達が
一時的に、この街からいなくなっていた。
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思い出せば、
いつも特大鍋で作ってくれた、おばあちゃんの肉じゃがも、
おじいちゃんが好きやけん、うちはキャベツじゃないんよって、生姜を効かせたロール白菜も…
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最後だと噛み締めて食べて、
終わったわけじゃなくて、
思い出して、気づいたら、
最後になってたんだなぁと、
懐かしくなったら、寂しくて、なんか、悔しくなった。
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「あの、うどん屋さんみたいに、これが最後かもしれないと、思っとったら、おばぁちゃんにもっと、美味しいねって伝えられたんになぁ」と私が言うと、
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夫は箸を置いて「このお家期間中は、思い描いた1日が送れなくなったとしても、悔しいと思わんでおれるように、感じたことはちゃんと伝えるっていう、合宿みたいな期間にしよっか♩」と、提案された。
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その日「おやすみ」って1日が終わるとき、
いつも同じことを言われているはずなのに、
今日の言い方は、
いつもと熱量が ちがっていたこと。
とても尊く感じた。
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ずっとこのままかもしれないと
うぅっとなってしまった夜に、
スマホメモの整理をしてみた。
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すると、以前、脳外科医の先生に
取材したときの原稿が出てきた。
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脳はずっと「未来は同じ」と思い込む習性がある。
だけど、細胞は1秒単位で生まれ変わっている。
1年後の人間の細胞なんて、
ほとんど生まれ変わってる。
だから、大丈夫。
今がどうであっても、ちゃんと未来は変わる。
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パソコンの文字のくせに、
なんだか、力強く見えてしまった。
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そっか。
こうしてる今だって、細胞は生まれ変わり続けてて、
未来はちゃんと変わり始めてるんだって、
わたしはわたしの脳に言い聞かせた。
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思い出した。
一人一人の選択がこの世界を変えたんだ。
夢を諦めなかった人のおかげで、
今、飛行機が空を飛んでて、船が海を渡ってる。
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今ある当たり前たちって、
誰かが夢を叶えた証って思えたら、
とても不思議な気持ちになった。
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何度、朝を迎えても、
まだ状況は変わらず、
朝から夜中まで、
コールセンター状態の夫の部屋に、
数時間に1度、コーヒーを持っていく。
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掻き乱されてくカレンダーを相手に
夫は難しい顔をしていた。
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わたしもわたしの手帳を開いて
掻き乱された予定達を、人差し指でなでた。
めくってもめくっても
この先、大した予定はないのだけど
君がとなりにいることだけが
わたしの確かな予定だった。
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この約1ヶ月。
何にもなかったし、いろいろあったね。
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どうやって生きていくかばかりを考えて生きてきた。
でも、今は、
生きていることをどうやって実感するかを考えながら生きていたい。
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明日地球が終わるってなったら、
後悔しそうなことを想像すると、
「もっと、人に優しくしてたかった」とか
「もっと、ありがとうって言えばよかった」って思ってしまう、至らない自分と出会う。
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ちゃんと言っておこうと思う。
心残りの大半が、伝えられなかった「ありがとう」だったなんて、
ドラマチックすぎて、
ドラマにもしてもらえないもんな。
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宅急便で玄関を開けた時、
夫の電話する声に気づいてくれたクロネコヤマトのお兄さん、
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「あ、リモートですか?」って、気づいた瞬間、
元気な声を、控えめにしてくれて、
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「奥さんも大変ですよね!ご主人にも頑張ってくださいって、お伝えください!」って、
そして「サイン、大丈夫です!」って、
颯爽と、次の人に元気を届けに行った。
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ちょっと、泣かさんといてもらえますかって思いながら、背中が見えなくなるまで見送った。
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連載中のコラムが更新されました。
「バリスタの徒然草」
https://nature-and-science.jp/balista05/

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