知財高裁が疼痛治療剤「リリカ®」を保護する特許に対する審決取消請求を棄却
特許権者であるワーナー-ランバートは、後発医薬品メーカー16社を被告とし、疼痛治療剤「リリカ®」(一般名:プレガバリン)を保護する用途特許の一部無効審決中の請求項1及び2が無効との審決部分の取り消しを請求していました。この度、知財高裁が特許権者の請求を棄却しました(知財高判令和4年3月7日、令和2年(行ケ)第10135号)。
https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/012/091012_hanrei.pdf
経緯:
* 原告であるワーナー-ランバートは、特許第3693258号(以下「本件特許」という。)の特許権者であり、ファイザーに専用実施権を設定していました。
* 平成29年1月16日、沢井製薬が本件特許に対し無効審判を請求し、後発医薬品メーカー15社(日新製薬、サンド、日本ケミファ、テバ・ホールディングス、大原薬品工業、ダイト、日医工、ニプロ、共和薬品工業、小林化工、日本ジェネリック、東和薬品、Me ファルマ、辰巳化学、フェルゼンファーマ)が請求人側に参加しました(無効2017-800003)。
* 令和2年7月14日、特許庁は、請求項1及び2に係る訂正を認めず、請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とし、請求項3及び4に係る訂正を認め、請求項3及び4に係る発明についての審判の請求は成り立たないとする審決(以下「本件審決」という。)をしました。
* 令和2年8月17日、22社が「リリカ」®の後発医薬品の製造販売承認を得ました。
* 令和2年11月19日、原告は、本件審決のうち請求項1及び2に係る部分の取消しを求める審決取消訴訟(令和2年(行ケ)第10135号)を提起しました。一方、本件審決のうち請求項3及び4に係る部分は確定しました。
本件特許で特定される用途:
* 訂正前の請求項1及び2(以下「本件各発明」という。): 痛みの処置における鎮痛剤
* 訂正後の請求項1: 痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤
* 訂正後の請求項2: 神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤
* 訂正後の請求項3: 炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛みの処置における鎮痛剤
* 訂正後の請求項4: 炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤
本件訂正:
* 請求項1において、「痛み」とあるのを、「、痛覚過敏又は接触異痛の痛み」と訂正(以下「訂正事項1」という。)
* 請求項2に「化合物が、式Ⅰにおいて・・・である」とあるのを、「式Ⅰ (式中、R3およびR2はいずれも水素であり、R1は-(CH2)0-2-iC4H9である)の化合物の(R)、(S)、または(R、S)異性体を含有する、」に訂正(以下「訂正事項2-1」という。)
* 請求項2に「請求項1記載の」とあるのを、「神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における」に訂正(以下「訂正事項2-2」という。)
「リリカ®」の効能・効果:
* 神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛
本件判決:
訂正事項2-2は新規事項追加にあたり、これを含む訂正事項2は許されず、訂正事項1及び2に係る本件訂正は、一群の請求項1及び2についてされるものであるので訂正事項1に係る本件訂正も許されないと判断されました。
また、本件各発明は、実施可能要件及びサポート要件をみたないと判断されました。
以上より、審決の判断に誤りはないと取消請求が棄却されました。
1.取消事由1(本件訂正についての判断の誤り)について
まず、「特許無効審判における訂正の請求は、『願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において』しなければならず(・・・)、同事項とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、訂正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、いわゆる新規事項の追加とならず、『明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において』するものということができる(知財高裁平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日判決参照)。」との規範を示しました。
そして、「訂正事項2‐2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというためには、本件化合物2(注:請求項2記載の化合物)が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として『効果を奏すること』が本件明細書又は図面に記載されているか、記載されているに等しいと当業者が理解するといえなければならないというべき」であると判断しました。そして、本件明細書及び図面には、本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の明示の記載がないこと、本件出願日当時の当業者において、本件化合物2が「神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛み」の処置に効果を奏することが本件明細書又は図面に記載されているに等しいと理解したといえるものと認めるに足りる的確な証拠はないことから、訂正事項2-2に係る本件訂正は許されず、訂正事項2-2を含む訂正事項2に係る本件訂正も許されないので、本件審決の判断に誤りはないと判断しました。
また、請求項1及び2に係る本件訂正は、一群の請求項1及び2についてされるものであるので、請求項2と共に一群の請求項を構成する請求項1に係る本件訂正(訂正事項1に係る本件訂正)も、許されず、本件審決の判断に誤りはないと判断しました。
2.取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)について
まず、「医薬用途発明においては、一般に、物質名、化学構造等が示されることのみによっては、その有用性を予測することは困難であり、発明の詳細な説明に、医薬の有効量、投与方法等が記載されていても、それだけでは、当業者において当該医薬が実際にその用途において使用できるかを予測することは困難であるから、当業者が過度の試行錯誤を要することなく当該発明に係る物を使用することができる程度の記載があるというためには、明細書において、当該物質が当該用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項を記載し、出願時の技術常識に照らして、当該物質が当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるようにする必要があると解するのが相当である。」との規範を示しました。
そして、本件明細書には、薬理データ又はこれと同視し得る程度の事項として、本件化合物がホルマリン試験、カラゲニン試験及び術後疼痛試験において効果を奏した旨の記載があるものの、これらの結果に係る記載をもって、本件明細書の発明の詳細な説明において、本件化合物が「痛みの処置における鎮痛剤」の用途に使用できること(注:あらゆる「痛み」に対して効果を奏すること)につき薬理データ又はこれと同視し得る程度の事項が記載され、本件出願日当時の当業者において、本件化合物が当該用途の医薬として使用できることを理解できたと認めることはできないと、本件各発明は実施可能要件を満たさないとした本件審決の判断に誤りはないと判断しました。
3.取消事由3(サポート要件についての判断の誤り)について
本件各発明は、本件化合物を「痛みの処置における鎮痛剤」として提供することを課題とするものであると認められるが、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえず、かつ、当業者が本件出願日当時の技術常識に照らし上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえないので、サポート要件を満たさないとした本件審決の判断に誤りはないと判断しました。
ワーナー-ランバートが、多数の後発医薬品メーカーを相手取り、東京地方裁判所に特許権侵害訴訟を提起し、既に多数の判決が言い渡されています(東京地判令和3年11月24日、令和2年(ワ)第19928号、東京地判令和3年11月30日、令和2年(ワ)第19926号、917号、918号、922号、東京地判令和3年12月10日、令和2年(ワ)第22283号、東京地判令和3年12月23日、令和2年(ワ)第22288号、19929号、19925号、東京地判令和3年12月24日、令和2年(ワ)第19924号、東京地判令和4年1月19日、令和2年(ワ)第22284号、290号、932号、920号、東京地判令和4年2月2日、令和2年(ワ)第19923号、東京地判令和4年2月16日、令和2年(ワ)第19931号、東京地判令和4年2月28日、令和2年(ワ)第19919号)。そのうちの最初に裁判所ホームページに掲載された判決について以前ご紹介させていただきました。
https://note.com/kubota_law/n/n324609fbbbf5
公開された判決によると、侵害訴訟事件において東京地裁は請求項1及び請求項2が無効であるとの判断を示しましたが、今回、知財高裁でも同様の判断が示されました。
したがって、侵害訴訟事件において控訴されても、同様の判決が出される可能性が高いものと思われます。
(文責:矢野 恵美子)
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