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東京地裁が疼痛治療剤「リリカ」®の後発医薬品の差止請求を棄却

用途特許侵害を理由とする、「リリカ」®の後発医薬品(製造販売元:小林化工株式会社)の製造及び販売等の差止請求を、東京地裁が棄却した判決が出されました(東京地判令和3年12月24日、令和2年(ワ)第19927号)。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/892/090892_hanrei.pdf

2020年8月17日、「リリカ」®(一般名:プレガバリン)の製造販売元であったファイザー株式会社(以下「ファイザー」という。)が、複数の後発医薬品メーカーを相手取り、東京地方裁判所に特許権侵害訴訟を提起するとともに仮処分命令の申し立てを行ったというプレスリリースを行いました。
2021年11月24日の日本ジェネリック株式会社を被告とする事件の判決を皮切りに、既に多数の判決が言い渡されています。この度、裁判所ホームページの「知的財産 裁判例集」に、小林化工株式会社(以下「小林化工」という。)を被告とする事件の判決が最初に掲載されましたので、ご紹介します。

経緯:
* 原告であるワーナー-ランバート カンパニー リミテッド ライアビリティー カンパニーは、特許第3693258号(以下「本件特許」という。)の特許権者であり、ファイザーに専用実施権を設定していました。
* 本件特許は、「リリカ」®の承認に基づき、特許期間の延長が登録されています。
* 平成29年1月16日、沢井製薬株式会社が本件特許に対し無効審判を請求し、被告小林化工を含む後発医薬品メーカー15社が請求人側に参加しました(無効2017-800003)。
* 令和2年7月14日、特許庁は、請求項1及び2に係る訂正を認めず、請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とし、請求項3及び4に係る訂正を認め、請求項3及び4に係る発明についての審判の請求は成り立たないとする審決(以下「本件審決」という。)をしました。
* 令和2年8月17日、被告は「リリカ」®の後発医薬品の製造販売承認を得ました。
* 令和2年11月19日、原告は、本件審決のうち請求項1及び2に係る部分の取消しを求める審決取消訴訟(令和2年(行ケ)第10135号)を提起しました。一方、本件審決のうち請求項3及び4に係る部分は確定しました。

本件特許で特定される用途:
* 訂正前の請求項1及び2(以下「本件発明1及び2」という。): 痛みの処置における鎮痛剤
* 訂正後の請求項1(以下「本件訂正発明1」という。): 痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤
* 訂正後の請求項2(以下「本件訂正発明2」という。): 神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤
* 訂正後の請求項3(以下「本件発明3」という。): 炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛みの処置における鎮痛剤
* 訂正後の請求項4(以下「本件発明4」という。): 炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤

被告医薬品:
* 「リリカ」®の後発医薬品
* 効能・効果: 神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛

本件判決:
 本件発明1及び2については、実施可能要件違反及びサポート要件違反が認められるから、無効の抗弁は理由があり、請求項1及び請求項2に係る訂正は訂正要件に違反するものであるから、訂正の再抗弁は理由がないと判断されました。
 また、被告医薬品は、本件発明3及び4の各技術的範囲に属するとは認められないと判断されました。
 そして、被告医薬品の製造及び販売等の差止請求並びに被告医薬品の廃棄請求は棄却されました。

1.本件発明1及び2の実施可能要件について
 まず、「いわゆる医薬用途発明においては、一般に、当業者にとって、物質名、化学構造等が示されることのみによっては、当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり、当該発明に係る医薬を当該用途に使用することができないから、そのような発明において実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明に、薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより、当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載を要するものと解するのが相当である。」との規範を示しました。
 そして、本件発明1及び2には「痛み」の特定はないものの、本件明細書に本発明の説明として、「痛み」に含まれる障害を多数例示していることから、実施可能要件を満たすというためには、本件明細書の発明の詳細な説明に、薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより、上記明細書に例示した各痛みに対して鎮痛効果があること及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載が必要であると判示しました。
 次に、痛みの中にも様々なものがあり、それぞれの痛みについて機序や症状、治療方法が存在することが、本件出願当時の技術常識であったと認定しました。
 本件明細書に記載された薬理データから、本件化合物(クレームで特定している化合物)が侵害受容性疼痛に分類される痛みに対して鎮痛効果があること及びそのための有効量が裏付けられているものの、本件発明1及び2がその内容とする「痛み」である、明細書に例示された各痛みに対して鎮痛効果があること及びそのための有効量を裏付ける記載がないから、本件発明1及び2は、実施可能要件に違反すると判断されました。

2.本件発明1及び2のサポート要件について
 本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、少なくとも明細書に例示した各痛みの全てに対して鎮痛効果を有することを認識できる範囲のものとはいえず、本件出願当時の技術常識に照らして明細書に例示した各痛みに対して鎮痛効果を有することを認識できる範囲のものともいえないから、本件発明1及び2は、サポート要件に違反すると判断されました。

3.訂正要件を満たすか
 本件訂正発明2の「神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛み」は、鎮痛効果があることなどを裏付ける記載があるとはいえないので、新規事項を追加するものであり、訂正要件を満たさないと判断されました。
 そして、請求項2に係る訂正は認められないから、一群の請求項を構成している請求項1に係る訂正も認められないと判断されました。

4.本件発明3及び4の文言侵害の成否
 「炎症を原因とする痛み」及び「手術を原因とする痛み」、並びに、「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」とは、侵害受容性疼痛である炎症性疼痛及び術後疼痛を意味し、これら以外の痛みを含むものではないと解するのが相当であると判示しました。
 そして、被告医薬品は、「炎症を原因とする痛み」、「手術を原因とする痛み」、「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」の鎮痛剤であるとは認められないから、構成要件を充足しないと判断されました。

5. 本件発明3及び4の均等侵害の成否
 いかなる痛みに対して鎮痛効果を有するかは、本件発明3及び本件発明4の本質的部分というべきであり、訂正によって、本件発明3では「炎症を原因とする痛み」及び「手術を原因とする痛み」に限定していること、本件発明4では神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛が意図的に除外されているので、均等の第1要件及び第5要件を満たさないと判断されました。

今後、「リリカ」®の後発医薬品差止請求に対する判決が、多数裁判所ホームページに掲載されることと思われます(東京地判令和3年11月24日、令和2年(ワ)第19928号、東京地判令和3年11月30日、令和2年(ワ)第19926号、917号、918号、922号、東京地判令和3年12月10日、令和2年(ワ)第22283号、東京地判令和3年12月23日、令和2年(ワ)第22288号、19929号、19925号、東京地判令和3年12月24日、令和2年(ワ)第19924号、東京地判令和4年1月19日、令和2年(ワ)第22284号、290号、932号、920号、東京地判令和4年2月2日、令和2年(ワ)第19923号)。
審決取消訴訟(知財高裁令和2年(行ケ)第10135号)の判決言い渡しが、本年3月7日に予定されています(知財高裁ホームページ 「審決取消等訴訟・係属中事件一覧表(特許・実用新案)」令和4年2月4日現在)。本件における東京地裁による実施可能要件及びサポート要件、並びに、訂正要件の判断は、過去の知財高裁判断に比べ、幾分厳しめであるようにも思われます。知財高裁で、地裁の無効判断と同様の判断が示されるのか、判決が待たれます。

(文責:矢野 恵美子)


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