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なぜ「ハルコの恋」なのか?


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ハルコの始まり

最近、私は高齢両親の生活を介助するという日々を送ってるせいか、とてもとても心が疲れています。一筋縄では行かない私の両親から受ける心のダメージは私の予想を大きく上回っていて、いよいよメンタルがやられ気味になって来たのを機に、この「ハルコの恋」を描き始めました。なぜだか分からないけれど唐突に描き始めました。一心不乱に漫画を描くことで辛い気分が緩和されるのでした。

サークル絡みでもありましたが、本当に連載するかどうかは決めてなかったので(しかもnoteで描きかけ途中の作品が何作も発表出来ずにPCやiPadの中で眠ったままです。数ページ描いたまま区切りまで描けずにいるので、あれもこれも公開が止まったままの状態です)なぜ、このハルコを描こうとしているのか自分でもよく分かってなかったのです。疲れていたので、ただただ身体や心の動く方へ。

「ハルコの恋」を描くようになって、自分の傷ついた心が癒されてるのを感じました。<私、癒されたくて描いてるのか!>そうなんです。ハルコは私なんです。とはいえ、私はハルコより少しお姉さんで、だけどハルコのように恋をしたことが全く無い…というようなことは一切なく(笑汗)私の初恋は幼稚園の頃で早熟でした。恋愛だって、そこそこしてますし、今の相方(主人)とも、なかなかの電撃的な出会いだったりします。

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ハルコに自分を投影しているのは「寂しさ」「悲しさ」の部分だと思います。ハルコに「青春が無い」というのと同じで、私にも青春というものは無かった。家庭環境には問題が沢山あって、子供の頃から心が休まったことがない。人間関係はいつも問題だらけで学校も友達も少し複雑で、私はいつも寂しかった。生涯、この寂しさからは逃れられないのだろうとも思ってる。依存が怖くて今は最小限の人間関係で生きてる。(コロナとは無関係で)友達と普通にお茶をするなんて楽しみも、今の私には、ほぼほぼ無い。

強くなる為に敢えてそうしてるともいえる。

ハルコの「恋」を描くことで私は自分の心を慰めてる。
ハルコを通して「ちゃんと生きる」ことを意識しようとしてる。
勿論、そればかりではなくnoteは創作作品の実験の場でもある。

いろんな側面でハルコを描くことを
自分は敢えて選んでいるのだと思う。

毎回、解説を付けてるのも漫画には不要なのも解ってて敢えてやってます。noteでの創作活動は久保マシン的には新しいチャレンジという意味合いを持っています。今の時代にあった新しい仕事を開拓する為に積極的にnoteを始めました。

それと同時に久保マシンの活動とは切り離した部分では(あくまでも私個人の立場からですけど)自分の心のリハビリも兼ねてnoteの中で自己を見つめる作業もしています。なので私の場合は、どうしたって心の内を吐露しがちなんです。

ちなみに「ハルコの恋」が描き上がったら
解説抜きの漫画のみで、まとめる予定でもいます。
漫画として まとめるなら絶対的にそれが正しいので。
(漫画には余計な解説は不要です)

また、ハルコの原稿のスピードが早いのは(前回、5ページをわずか半日で描いてると書きましたが)これは私の絵の描き方の特徴でもあります。若い頃には何本も同時に連載を抱えてたので〆切に間に合わせるには、このスピードが大事でした。アシスタントを使っても使わなくても一定のスピードで仕上げる能力が無いとプロの現場では厳しいということになります。そんな私でも何度も原稿を落としそうになって担当編集や印刷所に多大な迷惑を何度となくかけてしまったという、とんでもないエピソードも、じつは持ってます。今でも大反省(大汗)

今はもう、そんなことはしません。
お仕事の依頼があれば余裕で原稿を上げてみせます(笑)


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主人公が勝手に動く

「ハルコの恋」は今のところ1回5ページで展開しています。

初めから「このぐらいのページ数で」というような計画があったわけではなく、概ね《5ページの世界》を毎回サイコロを転がすように行き当たりばったりで描いてます。ストーリー漫画家ではない、所謂、4コマギャグ漫画家の私はストーリー漫画でよく話に聞く【物語の主人公が勝手に動く】というのを体験(体感)してみたくて、こんな手法を取って創作してます。まあ、意図的にそんな方法を取って描いても、そうそう上手く行くかどうかは分からないのですが、ただ描くというのではなく、せっかくなので何か実験も兼ねてみようという考えで連載してます。

今回の、この記事のタイトルにもあるように

なぜ「ハルコの恋」なのか?

この作品を描くきっかけになったエピソードを
今回、お話しさせていただこうと思います。


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定番の「アイドルに恋をする」

10代の若い頃には初恋のようにアイドルに熱中する時期がありますが、年齢を重ねた人がアイドルに恋をするということも世の中にはよくある光景だと思います。若い10代の少女の頑張る姿に癒される中年男性も多い。自分の子供より若い少年のような美しい男性に心惹かれる中年もしくは初老の女性も多い。若い彼らを通して自分の若かりし頃のハツラツとした輝く青春時代を思い起こしているのか、忘れかけてた胸のときめきや青春の煌めきを再び自分の心に取り戻しているのか、そんな人々は、とても多い。

老いてみて初めて分かることだけど、ドキドキすることが無くなって行くのです。生活に流され日々を生きるのに必死になっていると、もう自分には無関係かのように『ときめく』ということから遠ざかります。ひとによってはリアルにそれを求めて大人の恋愛と称して『不倫』という結果を招くこともあるのでしょう。大概は、そこまでの冒険は出来ないので疑似恋愛です。その恰好の相手が手の届かない安全圏にいる映画スターだったりアイドルだったり。叶わないけれど夢を見させてくれます。時にはホストというケースもありますが、現実的に破滅にならない丁度良い相手がTVや映画などの向こう側にいるひとなのです。ライブやコンサートに行ったり応援することで人生の喜びを見つけます。


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50代で、ときめいた!

私は若い頃から変わった少女だったので普通にアイドルに夢中になることが少なかったのですが(10代で好んだのは歌の巧い本格的な大人の歌手だったり、演技の巧い本格俳優だったりするような一風変わった趣味でした。笑)そんな淡白な自分が50代の中年になって、所謂「アイドル」と呼ばれるキラッキラした若い男の子を好きになったのです。それは物凄い『ときめき』で、なかなかの衝撃でした。

もうすっかり忘れてた「恋する感覚」です。

夢中になって追いかけるようにネットの画像や映像を見まくってました。彼の出てる舞台も、わざわざ観に行ったしTVに出ると知ったら、もう夢中で観てました。まるで私は恋する乙女です。ですが、アイドルを好きになってネットでチラリと公言してると容赦のない洗礼も受けます。そう、10代の若いファンから部外者扱いされます。私の場合、ちょっとだけ見えないところで攻撃も受けました。大した攻撃ではないので大丈夫でしたが、でも、ちょっとショックでもありました。

そのアイドルを好きになって許されるのは10代20代までであり(せいぜい見た目が若い30代まで)中年女性の私など、当然およびじゃあないのです。小さな匿名の抗議の声には「いい歳したオバさんが10代の世界を邪魔するな!」的な印象を受けました。これはなかなかにキツイ。私が何をしたというのか(笑涙)

だからコンサートには行きませんでした。ファンの保護者としてなら歓迎されたのかもしれませんが、子供もいない中年女性が直接、大好きだと公言してるとウザがられます。対象が「アイドル」だと中年が応援してもいいとか、いけないとかがあるのかもしれません。暗黙のルールなんて分からないので、それをきっかけに私の「恋」は ひっそりと終了しました。中には許されてるアイドルもいたかもしれませんが、私が応援してた そのアイドルのファンはダメでした。なかなか手厳しい!

まあ、私の「恋」なんてハルコに比べたら軽い軽い(笑)

引き返すことも知ってる大人の自分で良かったとも思いました。まあ、元々がそんなに誰かにハマったり、のめり込むようなタイプではないので傷が浅くて良かったです。ただ、この経験はとても貴重だったなーと思います。今思えば、ハルコを描く為のものだったのかも!?なーんて都合よく解釈してます。


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ここからが肝心なこと

じつはここまでのことは前置きです。
ここから一番、この記事で書きたかったことを書きます。

約10年ほど前の話です。

当時、私は東京で、現在のように義父母の介助生活をしていました。実家の両親とは違って自立している義父母の介助&介護は、とてもやり甲斐のある充実した日々でした。まあ、苦労が無かったといえば嘘になりますが、本当にとても心が豊かになる経験でした。それはさておき、そんな日々の中で、たまたま義母が親しくしている独り暮らしの女性のお宅を何度か訪ねて行くことがありました。

義母と、その方は、お互いの子供(子育て)を通して仲良くなったようで、彼女ももう、けっこうな高齢の女性でした。当時、70代半ばくらいだったように記憶しています。とある事情があり、義母を介さず何度か主人と二人で彼女の自宅を訪ねました。義父母の住む都営団地からは少し離れた別の小さな都営団地。玄関先には、いつも車輪付きのカートと杖が置いてありました。調子が良い時は杖をついてカートを引きながらスーパーに買い出しに行くのだと話してました。

何度か訪ねて行くうちに調子の良い日と悪い日とが交互にあって、体調が悪い時には目の下にクッキリと青黒いクマをつくってました。一見して顔色が悪いのが見て分かるほど。それでも彼女は私たちを自宅に招き入れてお茶をよく出してくれました。訪ねて来るひとなど、ほとんどいないので、何となく私たちは歓迎されてたように感じました。

狭い都営団地では玄関から入ったら、もうそこがキッチン&リビングです。テーブルが一つとソファーの長椅子が置かれていて、彼女の好みなのかリビングの中央に置かれたテーブルにはフリルのテーブルクロスが何重にも掛けられていました。足の悪い彼女は狭いテーブルとキッチンの隙間を壁やテーブル伝いに手をつきながら移動します。華やかなテーブルクロスと老女である彼女がいる空間は、とても独特な雰囲気を醸し出していました。

何度か訪問を繰り返すようになったので、彼女が自分の身の上話をすることがありました。苦労が多い人生だったと彼女は言いました。若い頃は自分のような人間には仕事が無くて、外国から日本に来てる人の家でベビーシッターをしてたというのです。辛いことも嫌なことも沢山あったけれど、とても親切で良くしていただいた家庭もあったとのこと。その長く勤めた先では、まるで家族の一員になったかのように彼らの子供達を何人も育てたと嬉しそうに話してました。

彼女のリビングには何枚かの外国人の可愛らしい子供たちの写真が飾られていました。目を細めながら彼女は、それらの写真を愛おしそうに指で撫でながら、何年か前までは写真の子供達が大きくなって会いに来てくれたと嬉しそうに話してました。本当に愛おしそうに。

初めは分からなかったのですが、よくよく見るとリビングは、とても少女趣味でした。ピンク色やキラキラしたものに溢れ、リボンや可愛らしいシールやフリルなど、彼女は気に入ったものがあれば、それらを壁やテーブルなどに丁寧に飾っていました。彼女の家は「女の子」そのもの。その乙女のような部屋の中で、一番の違和感は髪を若者が好む茶色に染めて微笑む70代の彼女自身でした。


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彼女は70代で恋をしていた

彼女も私同様に「若い頃の自分には青春が無かった」と言いました。
リビングとキッチンの壁には雑誌のページの切り抜きがところどころに貼ってあります。どこかで見たことのある若い韓流アイドルでした。気づけば、あちらこちらにもポスターが貼ってあります。おそらく彼女の移動する目線に沿って家中の部屋の壁に貼ってあったのだろうと思います。リビングとキッチンに何枚飾ってたのかは定かではありませんが、大小含めて5〜6枚ほど。全部、違う顔。一貫してたのは【美しい少年】であるということでした。

見たことのある顔を指さして「お好きなんですか?」と聞いてみた。
それまで体調が悪いと話してた彼女の顔が一瞬にしてパアッと明るくなった。
見る見る間に頬がピンク色に高揚して行くのが分かる。

彼女は、それはそれは嬉しそうに、その少年がいかに大好きかを少女のように話し始めました。それはもう完全に「恋」だった。そのポスターの美しい少年が自分に与えてくれる幸せがどんなものなのかを熱心に話して聞かせてくれたのです。自分の髪を茶髪に染め、うっすらと化粧をほどこし紅い口紅を控えめに引いて、目の前に座っている70代の老女は、その時、10代の可愛らしい少女でした。大好きな片想いの相手を一生懸命に語るその姿は、とても嬉しそう。はにかむような彼女のドキドキの鼓動までが聞こえるようでした。

そんな光景を見たのが初めてだったので
私には、なかなかの衝撃だったのです。

「こんなおばあちゃんが、おかしいでしょ?」と彼女は小さく呟きました。「外にも思うように出られない自分が、手の届かないアイドルスターに恋するのは、とても必要なことなの」とも言いました。10代から恋もしないで働いてた。初恋も友達も青春も何も無かったと口にした彼女。今、初めて「恋」を取り戻してる。ポスターの美しい少年たちに恋をして「ときめく」ことで自分が一瞬にして10代の少女に戻って青春という時間を取り戻してると言いました。これだけが今の私の生き甲斐なの。というようなことも話してました。

「自分は美人じゃないから、私は綺麗な男の子が大好きなの」
キラキラした瞳で頬を染めて70代の彼女は言います。

私にはとてもよく分かる気がしたのです。
彼女の苦労も哀しさも寂しさも手に取るように。

彼女は結婚もしていて子供も二人産み育てました。
ですが、幸せな人生とは程遠かったのだと思います。
結婚をしていても、
それは「初恋」と呼べるものではなかった
…ということも世の中にはあります。


忘れられない光景とエピソード。
私の心に深く深く残り続けました。


私は、それを描きたかった。


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「ハルコの恋」は、こうして生まれました

義父母が亡くなり東京を遠く離れてしまったので、70代の老女である彼女のその後のことを私には知る術がありません。当時から、あまり体調が良いとはいえなかったので、もうこの世には いないひとなのかも知れません。私の記憶の中で生きてる彼女を自分とセットにして、ハルコに投影させて「ハルコの恋」を描こうとしてるのかもしれません。

私と彼女の為にも
ハルコには絶対に幸せになって欲しい。

ひとは決して平等には生まれて来ない。
ちっとも幸せじゃない苦労の多い人生が世の中にはある。
だけど人生の最期には笑って
「ああ、幸せだった」と思える人生にしたい。

そうでなくちゃいけない。
みんな誰もが平等に幸せになる権利がある。
そして自分の手で、その幸せは見つけられる!
と、私はそう思って生きてます。

ハルコの後半の人生には
そんな力強さを与えたいのです。



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長く拙い文章を最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
「ハルコの恋」を収納しているマガジン&最新記事は、こちらです↓

別垢の個人noteには「ハルコの恋」を加筆修正したものをまとめています↓

<2022.5.26.追記>


絵と文:久保マシン(C)くぼちー


久保マシン著作権


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