よりたくさんのものを、より速く、より遠くへ。

 コロナ禍のいま、自宅作業系個人事業主(そんなジャンルがあるかは知らんが)の私はほとんど外に出ることがない。仏像を運んだり、寺院調査のために小さな車を所有しているので、徒歩圏外への外出はもっぱら車だ。電車に乗ることはめったになくなった。会社員時代の私は、単身赴任や地方転勤していたし、親方のもとで修行していたときも、長距離を電車移動していた。電車に乗らない日が来るなんて想像すらしてこなかった。だが、実際そうなってみると、あんなにも移動していた日々がすこし異常なことのように思えてしまうから現金なものだ。今も、感染リスクにおびえながら電車にのって通勤している人には、本当に申し訳ないが。

 日本において、電車通勤が当たり前になるのは高度成長期からだろう。田園都市の理想を掲げ、郊外を開発し、土地が安くゆとりある住居を提案することで多くの人が自宅を求め郊外へと居を移した。そうやって、自宅を手にした多くの勤め人は電車に乗って、都心の会社に通勤する。これが通勤電車のはじまりといったところだろう。もっともそれまでの日本では、職と住は比較的近距離だったし、電車は貨物輸送がメインであった。より多くの荷物を、より速く、より遠くに運ぶ手段だった電車が、荷物でなく人を輸送しはじめたわけである。しかし、このコロナ禍で働き方は激変した。コロナ初体験だった昨年に比べて、今年は通勤する人も多くなっているとはいえ、リモートワークと通勤電車の不快さにあらためて気づいてしまった人々は、元のように満員電車で通勤することを避けるようになった。私のように、通勤する必要のない者は、そのタスクがわざわざ電車に乗って出かけるほどのものかどうかを吟味するようになってしまった。ただ、ネットが整備され、自宅にいながら大概のものが手に入るようになった分、物流は以前に比べて増えていることは間違いない。海外との人流をいちじるしく制限している成田では人の輸送よりも、貨物輸送の飛行場としての機能に注目が集まっている。そして、幹線道路を運転すれば宅配のトラックが多く目につくし、一時期はウーバーイーツや出前館のような宅配食料便の自転車やオートバイが何台も車の横をすり抜けていった。これは、以前の荷物輸送メインの乗り物の使い方に逆戻りしているようだ。

 そもそも、日本の乗り物とはどんなものがあるのだろう。前出の電車や車、自転車、オートバイはみな外国のもの。近代日本になってから入ってきた乗り物である。では、それ以前の日本の乗り物といえば、舟である。これは島国であり、国土の2/3が森林で河川が多い国土ならではのことだ。あとは、高貴な方が乗る「輿」「牛車」。武士が乗る「馬」、不思議なことだけど、乗馬や牧場の歴史は古いのに「馬車」は明治になって輸入されるまで、日本の歴史に登場しない。時代劇でよく目にする駕籠は、庶民でも利用する乗り物といえる。もちろん、身分や目的によって駕籠の種類や名称もちがう。寺院調査をしていると、たまに本堂の隅や天井に、昔の住職がつかっていた寺院用の駕籠があるが、立派なものばかりである。といっても、庶民がタクシー代わりにつかう「辻駕籠」や罪人を護送するときにつかう「鶤鶏駕籠」(とうまるかご)など、種類はさまざまだ。

 経済が発達し、人口が増え、物流が活発になれば、「乗り物」は発達するようだ。より多くのものを、より速く、より遠くに移動させたいし、移動したい。しかし、その欲はどこまでも大きくなるかと言うと、そうでもないのかもしれない。新型コロナという禍いは日本だけでなく世界をおそったために、すべての国や地域が一瞬動きを止めた。世界中の国や地域がそれぞれ、空港を閉鎖し、船の寄港をやめ、遠くに行くことを禁止した。店を開けることを禁じ、人が人と会うことさへ止めようとしたのである。「Stay home」が全世界の合言葉になるなんて、だれが想像しただろう。無観客のオリンピックなんて映画か何かのようである。しかし、この状況を不便で、つまらないと思う一方、家ですべてのことができるということは毎日にゆとりが出来て幸せだともおもう。実際会うことや、行くこと、触れることはとても大事なことだけど、実体験することは必須ではないということに気がついたのである。わざわざ、乗り物に乗って、現地に行って体験することは特別なことになったのだ。自宅にいながら、さまざまな体験ができるからこそ、実際見たり、触れたり、感じたりすることは特別体験だし、現地に行くための「乗り物』も特別な移動手段ということになるだろう。


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