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「生理の貧困」を間違って解釈!(毒母あるあるって思っちゃった私)その6

 そのことが起こった夜は、もう高校生になっていたと思う。どうして覚えているかと言うと、コンサートに行って遅く帰って来たので、説教されていたから。
 私が夢も希望もない現実から少しでも逃れようと、音楽に熱中して、コンサートに行き始めたのは、高一の春からだった。
 帰宅してリビングに入った時から、始まる文句。
 ほとんどが遅く帰ってくることへの叱責。ねちねちと続く。ライヴの余韻を全部帳消しにしても余りあるしつこさである。
 いちゃもんに、近い。
 まともに聞いていると、心が折れそうになるので適度に気を抜く技術も習得してきた。
 叱りついで、という感じで母が口にした言葉は、親として今でも許しがたい。遅い帰宅への文句をまくし立てていたはずなのに突如、
「生理の汚物だって、お父さんに片づけさせて恥ずかしいと思わないの?!」
 と言われた。
 え。
 どういうこと?
 まったく状況がつかめず、戸惑う。どうも私の留守中に、父が私の部屋に入って掃除をしたらしい。頼んでいない。休日だったので、他の場所を片づけているうちに思いついて部屋に入ったのかもしれない。
 けれども。
 書いたように、私はナプキンを引き出しの中に隠しておいたのだ。決して、出しっぱなしにしていたわけではない。
 ・・・ということは、勝手に引き出しを開けたのだろう。
 顔から火が出るほどに、うろたえた。母は、私を睨み、反省を促してくる。
 おかしくないか?
 あなた、母親だろう。年頃の娘の部屋に入る父親を止めるでもなく、汚れたナプキンを始末していたら、
「それは恥ずかしいだろうから、稀沙が自分でやるまで置いておいて」
 と言うのが、最低限の思いやりでは?
 それをまるで私が父親に指図してやらせているかのような、物言い。
 汚い物でも見るような瞳で、睨み続ける。
 放心状態で何も言い返せない私を見て、反省しているとでも思ったか、
「とにかくちゃんとしなさいよ!!」
 というようなことを言い、自分優位にこの話題を終わらせようとしていた。
 私は。
 「ああ、ダメだ。このヒト」
 と、心の中で深いため息をついた。
 一体何十回目? この魂を吸い取られるような、脱力感。何度も言葉を変えて書いているけれど、一番味方であってほしい人が最も攻撃をしかけてくる。
 頼って甘えても、絶対に包みこんではくれない。私は、人生の辛酸を全てなめつくした老人のように、諦念という感情を覚えた。
 弱冠16歳にして、である。
 ところが。
 外面の良い母は、平気でダブルスタンダードをやってのける。
 保護者から電話がかかってくると、家の中でも「教師」モードになる。ある時期、どうも同級生か先輩とつきあって、中学2年にして初めての体験をしてしまった女子生徒の母親が毎日のように相談の電話をかけてきていた。
 毎回はばかりもせず話しているので、そのうち全容がわかってしまったわけだけれど、受話器の向こうの保護者は思いを吐き出すことで自分の感情のバランスを取っていたのかもしれない。
 それを辛抱強く聞く母。私には一回たりとも、そのようなことを許してくれなかったというのに、対外的には「頼れる先生」なのだ。
 その事実にも心底驚くけれど、何回目かの時の会話には、耳を疑った。
「汚物は、きちんとトイレットペーパーにくるんで汚物入れに捨てる、という女性として当然の行動を・・・」
 と指導していた。
 え・・・・。
 どの面下げて? あんなに私を気持ち悪がり、叩いたことさえあるくせに、こんなセリフよく言えたものだ。
 聞いていた私は、考え込む。この会話を私が聞いている、という認識はないのか。言いながら、ナプキンの一つも買ってあげていない自分を責めることはないのか。呆れつつ、色々考えてしまった。
 いいえ。
 そんなことは、これっぽっちも思わないのだ。だからこそ、毒親でい続けられる。
「何を偉そうに」
 心の中で、こんなことを考えてしまう私は悪い娘だろうか? そんなことはないだろう。本人には決して言うことのない、心の叫び。
 母は、その後もずっともっともらしい人間としての最低限のマナーについて、まくし立てていた。

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