ダブルバインドに疲れ果て。（毒母と友達の間で揺れる私）その６

　結局晴信は、あの日焼き場に行ったのだろうか。
「出世前の男が焼き場に行ってはいけない」
　というのは、どの程度知れ渡っている迷信なのだろう。私は、他で聞いたことがない。
　どうしても晴信を焼き場にやりたくない、もしくは彼女に利用されたくないと思った母がとっさについたウソだとしたら、なんと罪深い・・・。
　こうして晴信の彼女は、お父さんを亡くし両親が揃った家庭の娘さんではなくなった。そのことで母はますます、彼女のことを嫌い、
「やっぱりご両親が揃っていなくちゃぁ」
　と言いだした。
　信じられない。彼女のお父さんだって、どんなにか心残りだったか。お母さんは、急にパートナーを亡くし、どれほど心細いか、どうしてそこに思いを寄せられないのか。
　その1，2年後、2人は別れてしまった。何が原因だったのかは、知らない。
　母は。
　鬼の首を取ったかのように、
「ほらね。あの子、最初から非常識だと思ったのよ。夜10時過ぎに電話してくるし」
　などと喚きたてていた。
「結婚するなんて言わなくて良かったわ」　　
　胸を、撫でおろす。もしかしたら別れ話の発端は、旅行の計画に反対した母にあるかもしれない。
「晴信の結婚相手は、私が卒業生の中から良いの見つけてやる」
　え。本気で、言ってるの？
　怖くなって、何も言えなかったけれど、目をつけられた卒業生も良い迷惑だろうし、それが実現していたら、今ならパワハラだ。
　冗談で言っているとは、思えない。このとんでもない思いつき、本人はいたって真面目に良いアイディアだと悦に入っていた。けれど、それが本当に実現したら、どうだろう。母の教え子であった時は、「良い娘さん」でも、もしかしたら、卒業後に性格が変わっていて、もう母の好きな教え子ではなくなっているかもしれない。そうでなくても、「嫁」という違う肩書になれば、結局はかわいい息子を取り上げた憎らしい女になってしまう可能性もある。いや、こうなるパターンの方があり得る、と私は思うのである。
　そうして、現実は、そううまく運んではくれない。結局晴信は、その数年後職場の同僚とつきあい始めた。子供が先にできてしまい、彼女が妊娠6ヶ月の時に、バタバタと結婚式を挙げた。彼女のご両親は、離婚していた。お父さんは、式に参列しなかった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　    彼女のお腹は少し目立ってきていたけれど、それを公にせず当日を迎えた。これまた、母の大嫌いな叔父（父の弟なので血は繋がっていない）がスピーチで、　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「もう赤ちゃんがいるみたいで、さらにおめでとうございます」　　　　　　 　  　と言うようなことを推測で言ったがために、　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「いやらしい、いやらしい！」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　     と怒っていた。だったら、最初に発表して、そのことに触れないよう頼むとか方法はいくらでもあったはず。大体「いやらしい」って・・・。
　両親が揃っておらず、大切な息子を誘惑して順番を違えて妊娠した憎き女。母は、今でもそのお嫁さんが大嫌いである。さらに、彼女のお母さんも「ダジャレばかり言っていて、品がない」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　   という愚にもつかない理由で、やはり嫌っている。　　　　　　　
　なぜここまで、親の状況を気にするのか。本人には、何の罪もないではないか。これは、私がさんざんやられてきた（「指先から憐れみ光線を出す人たち」に詳しく書いてある）いわれのない差別と同じだ。
　目の色や肌の色同様、本人の努力で変えられるものではない。そんなもので、差別する方が、さもしいし、一体どんな思考回路をしているのか、人間性を疑う。自分の親ながら、本当に恥ずかしい。　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　    思えば私は、母と弟の板挟みにもなっていたのだと思う。妙子ちゃんの時と同じ。何度も考え方がおかしいと指摘しても一向に聞き入れない母。もう少し自分で何とかしないと大変なことになるよ、と伝えても何の行動も起こさなかった弟。晴信は、母がおかしいとは思っていないのかもしれないし、もうあきらめきっているのかもしれない。ただ、時々母がしたり顔で理不尽なことを言う時、深い深いため息をついていて、その音を聞く私はとても切なくなるけれど、自分が正しいことを言っていると思い、鼻息の荒い母には決して届いていない。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　  このおかしな関係には、もう関わらない方が良いと思った私は、気の毒だとは思いながら、距離を置いている。もう晴信とは4，5年会ってもいないし、連絡も取り合っていない。