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人生を変えたワイン

なにから書こうかといろいろ考えた結果、まずは僕のルーツを記そうと思う。

ほかの人はどうかは知らないが僕には人生を変えられたワインがある。
20年ほど前、大阪のホテルの中国料理店でキャリアをスタートした僕は、
生涯の師匠となるソムリエと出会い、一気にワインにのめりこんでいく。

時の総支配人命令でホテル内のフランス料理店やイタリア料理店だけでなく
日本料理や中国料理などすべてのレストランにソムリエを配することになり
師匠はフランス料理店から異動してきた。当時の彼はたしか31歳だった。

最近になって話してくれたことだが当時は心中穏やかではなかったらしい。
ようやく花形であるメインダイニングで憧れていたソムリエの制服を着て
サービスをしはじめた矢先の異動命令、しかも行先は中国料理店である。

当時は今ほどワインを取り巻く環境は整っておらず、一流ホテルとはいえ
中国料理とワインの組み合わせを提案しているところなど皆無だった。
今なら彼がどんな気持ちだったか容易に想像できる。

そんな彼にとって試練とも言える環境の中で僕との日々が始まる。
彼は当時レストランの中で唯一ワインに興味を示した僕をうまく使い、
一から中国料理に合わせたワインのリストを作成していった。
わからないことだらけだった僕はその都度彼に質問し彼がそれに応える。
あれだけ大変なミッションをこなしながら丁寧に後輩の面倒を見るのは
相当な負荷だったろうにと今でも頭が下がる思いだ。

ある日、仕事終わりに彼が開けてくれた一本のワインがあった。
グラスに注がれたその液体は今まで見たどのワインよりも美しかった。
なにも知らない状態の僕でもその強烈なオーラを感じることができた。

恐る恐るグラスを持ち口に含むと・・・ああ・・・今でも鮮明に思い出せる。
火を入れた黒果実、レザー、クローブや黒胡椒、タバコに腐葉土。
今なら言語化できる味わいだったけどそのときはただひたすらに旨かった。

飲み終えたあと、感想を求められた僕は彼に伝えた。感想ではなく決意を。
「僕もソムリエになります」

あの時彼が出してくれたワイン、シャトー・レオヴィル・ラスカーズ1970。
言わずと知れたボルドー・メドックの第2級に格付けされる偉大なワインだ。
今考えても素晴らしい状態かつ完璧なサーヴだった。

このシャトーのワインを開けるとき、僕の心はいつもあの時に戻る。
一生忘れることのない夜、あのワイン。

自分が選んだ道がどれだけ長く険しく、そして幸せな道なのか
この時の僕はまだ知らない。

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