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【映画鑑賞感想】劇場版 名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)

東京・八丈島近海に建設された、世界中の警察が持つ防犯カメラを繋ぐための海洋施設『パシフィック・ブイ』。本格稼働に向けて、ヨーロッパの警察組織・ユーロポールが管轄するネットワークと接続するため、世界各国のエンジニアが集結。そこでは顔認証システムを応用した、とある『新技術』のテストも進められていた――。
一方、園子の招待で八丈島にホエールウォッチングに来ていたコナン達少年探偵団。するとコナンのもとへ沖矢昴(赤井秀一)から、ユーロポールの職員がドイツでジンに殺害された、という一本の電話が。不穏に思ったコナンは、『パシフィック・ブイ』の警備に向かっていた黒田兵衛ら警視庁関係者が乗る警備艇に忍び込み、施設内に潜入。すると、システム稼働に向け着々と準備が進められている施設内で、ひとりの女性エンジニアが黒ずくめの組織に誘拐される事件が発生…!さらに彼女が持っていた、ある情報を記すUSBが組織の手に渡ってしまう…。
海中で不気味に唸るスクリュー音。そして八丈島に宿泊していた灰原のもとにも、黒い影が忍び寄り…
決して触れてはいけない〈玉手箱〉(ブラックボックス)が開かれたとき
封じ込めた過去がいま、洋上に浮かび上がるーー

パシフィック・ブイ

・世界中の監視カメラの接続という「夢のある」話からスタートします。民間カメラではなく警察カメラだけが対象なので、一定の抑制は働くとはいえ、EU議会が導入に積極的という設定からは思わず「おまえGDPR知ってんのか?」という気持ちになります。アメリカ発のテック企業のデータ独占による専横に、ヨーロッパが法制整備により対抗しているという構図をあえて逆転させて、なぜかヨーロッパが監視国家に積極的になっている。アルジェント議員、どんなけG社にカネ積まれたんだ?
・というツッコミは措くとして、本作では、「老若認証システム」というコナン世界において最も在ってはならないシステムが鍵となるテクノロジーとして導入されました。黒の組織はもともとパシフィック・ブイのシステムから自分たちを透明化させるために暗躍を始めるのですが、やがてこのシステムを陳腐化させるために、ボスがベルモットを遣わせる展開が描かれます。(そしてベルモットはその変装スキルを駆使して、見事にそのミッションを達成します。)
・ここに至るまでに、ラムが「あのお方の姿を最近見かけないが、このシステムを使えば見つかるのではないかと思った」と呟き、 「あのお方が”幼児化”していることを疑っている」ことが描写されています。(なお界隈では、烏丸蓮也の幼児化した姿が円谷光彦であるという珍説もあります。)
・ベルモットが”幼児化”の事実を組織に対して隠さないといけないと考えているのではないか、との推理は、ベルツリー急行でコナンと有希子との会話にて言及されていますが、ベルモットが秘匿したいと考えているアポトキシン4869の”幼児化”の効果を、少なくともラムは掴んでいることが示唆されています。
・パシフィック・ブイの内部には、データセンターもついでのように添えられていました。だとするとテレビニュースで所在地を「八丈島近海」って、最初から言うなよと思いますが、期せずして公開のタイミングで「ChatGPT(チャットGPT)の日本拠点設置」のニュースが流れ、日本が本作のようなテロ対象になることに警鐘を鳴らす効果も生まれています。でもあれ爆破したら国際テロなので、黒の組織そろそろやばいよ。
・今回、一部の層に訴求するためか赤井と安室の会話シーンが挿入されましたが、その内容は違和感を覚えるほどに政治的でした。すなわちFBIたる赤井が米軍からレンタルした銃火器を使って、テロ勢力に対抗しようとすることを、公安警察の安室が批判する、という内容の議論で、米軍による日本の安全保障が肯定的に描かれる展開になっていたものです。コナン映画はどちらかというとリベラル寄りのテーマを取り扱っていた(ミステリは”謎を解く”ものなので、秘密主義と馴染まない)のが、『ゼロの執行人』で立川監督が登場して、安室が公安捜査のために「コナンを出場させるため」という許されざる貧弱な理由で以て毛利小五郎の不当逮捕という人権侵害に踏み切る展開を肯定的に描くなど、国家主義的、親米保守的な思想が前面に押し出されるようになってきた印象が、本作でもさらに強化されました。
・潜水艦が登場するシーンでそうしたイデオロギーが語られるのは、集団的自衛権、あるいは台湾有事への緊張の高まりが、社会情勢として正しく表現されているとも思えます。『絶海のプライベートアイ』で「かのくに」というワーディングを微笑ましく見ていた頃とは、大きく情勢が変わったように感じます。右の監督と左の監督がコナンを具にしてイデオロギー闘争をしていく展開が、今後も続くのでしょうか。
・『ゼロの執行人』におけるIoTに続き、最新技術シリーズとしてディープフェイクが登場しました。”顔は変わるけれど身体はもとのまま”という中途半端さがミステリに適していましたが、どれだけコナン映画がアクションものになろうと、必ず要素としてのクローズドサークルに拘る姿勢は貫かれていました。(そのクローズドサークルを最後には爆破破壊するけど。)
・”口紅を拭く仕草”は日常シーンでも強調されており、フェイク動画でも目立っていたため、逆転裁判で言うと「ここだ!」になるところといえます。
・エンジニアたちの国籍はキャラ立っていて良かったです。レオンハルト(諏訪部順一)とエド(神谷浩史)が脇を固めることで、グレースの声優が村瀬歩でも違和感がないように、というかむしろこいつらのどちらかが犯人ではないか、とすらミスリードすることに成功していました。
・とはいえ、コナンがピンガを「蒸留酒のコードネームなので男」という推理をあえてすることで、「まあ女なんだろうな」という読みはできたと思います。レオンハルトは『世紀末の魔術師』のカメラマンとキャラが被るので、死ぬかデレるかの二択という感じでしたが、「レオンハルトが躊躇わずに殴りかかってたから相手は(見た目は)か弱い女性」という推理も可能だったでしょう。
・沢村一樹のキャラについて、中間管理職の悲哀がよく表現されていました。バックドアを仕掛けられまくりで積み上げてきたプロジェクトを初日にミソだらけにされる牧野所長。役人としてお気の毒に。とはいえラストの退避の決断は良かったです。このおじさん『ゼロの執行人』の犯人に見えますが、立川監督の描くおじさんは、顔があの系統になるのかもしれません。

八丈島

・ベルツリーリゾートを中心に日常パートが描かれ、島の風土が鯨のみに矮小化されているので作り物感が味気なく残念でしたが、まあ要素を入れすぎてもストーリーが暈けるのでそこは仕方なかったと思います。珊瑚礁を入れても良かったと思いますが、珊瑚礁で爆破のエネルギーを避けるのは無理なので、岩礁になってしまいました。一応、ラストのシーンに亀は居ました。
・リゾートの絵が中心になってしまったため、ベルモットのマニラのシーンが八丈島から切り替わったかどうかが分かりづらいという副次的な問題点も生じていたと思います。
・南海の孤島という舞台設定がまずあって、それを警視庁の管轄にするだけなら小笠原諸島でも良かったのでは、と思いますが、そうすると登場人物たちが飛行機でビュンビュン移動することができなくなるので、八丈島は絶妙のバランスだったのだと思います。
・ただし、そうしてまで臨場した警視庁組に大した見せ場はなく、捜査員としての狂言回しに留まりました。高木に至っては捨象されてすらいる。毛利小五郎は徹底的にストーリーの本流から排除されており、そのポンコツはさすがにもうちょっとビーフアップ(逆ナーフ)してやっても良いのではと感じました。
・船乗りのウシオさん、「彼がピンガだと思っていた」との呼び声も高いですが、鈴木財閥の下請けとして糊口を凌ぐ島民の悲哀を表現しつつ、そうした東京目線の"消費"に思うところあり、きちんとした"生産"を行う阿笠博士と意気投合するキャラとして、このおっさんがかろうじて地元感を出していました。なかなか地元民を犯人にするのは難しいという事情もあるのかもしれません。(低迷期の『紺碧のジョリーロジャー』は地元民(観光局長)が犯人でしたが・・・)
・山道と外周道路のカーチェイス。そしてずぶ濡れで帰還するコナンと涙に濡れる阿笠博士。博士の絶望が伝わってくる、渋いシーンでした。今週のアニコナで阿笠博士による「哀くんは大事な家族(娘)なんぢゃ」との叫びもあり、博士と灰原哀との関係性に対する解釈材料が補強されます。
・なお、博士の車を八丈島に運ばなければならないので、コナンたちは飛行機ではなく行きも帰りもフェリーで、ちゃんと”さるびあ丸”と”橘丸”の両方を登場させ、最後は竹芝埠頭でお土産の授受をしています。

フランクフルト

・エンディングで写真が使われていましたが、単に制作班が取材したかっただけではと思いました。冒頭のニーナ逃走シーンだけでは勿体無いので、アルジェント議員の狙撃の舞台のシーンも挿入されたように見えました。
・車を撃って頭部を吊り出させるコルンの腕を見て、「そういえばこいつも凄腕スナイパーだったな」と思い出しました。キャンティの影に隠れて忘れてました。最後アルジェント議員、意識取り戻してるけど。
・あとFBIの3バカは今回も無能でした。(まあ早めに発見して救護できたから助かったという見方もできますが。)

ピンガ/グレース(cv村瀬歩)

・ピンズではない。(『漆黒のチェイサー』)
・身近な酒ではないので、決して覚えやすい名前ではなかったですが、良いキャラだったと思います。(返す返すも身近な酒である”テキーラ”を初期にしょうもない形で潰したのが悔やまれます。)
・コーンローで、ジンに取って代わろうとする野心もあり、キャラが立っていましたが、蘭に遅れをとる程度の格闘術に難がありました。というか逆に蘭が強すぎる。拳一つで凶器に立ち向かう格闘要員としてのらんねーちゃん…ガープ中将やん。加えてその蘭に「正拳のあと身体が流れてる」とか指南する黒田管理官…もう神々の闘いの領域です。
・ピスコ(シェリー=灰原哀に気づいた)、アイリッシュ(工藤新一=江戸川コナンに気づいた)に続き、工藤新一=江戸川コナンに気づいたため、無事に死亡します。コナンに都合の悪い情報を知った組織メンバーはジンニキに消されるシリーズ(=ジンニキはコナンの味方説)が補強されました。
・しかもコナンも「お前はジンには及ばない」「ジン擬き」とか謎のオレは分かってる感を出してピンガを煽ります。ここで謎のコナン×ジンの両思いが成立しています。このシーン、何らかのカウンターがあるのかと思ったら普通にボコられているし。多少の時間稼ぎにはなったとはいえ、コナンが煽りを入れる必然性がなく、マジで混乱しました。

黒の組織

・普段われわれは黒の組織さんのことを馬鹿にしていますが、今回はニーナの射殺や直美への脅迫など、EU周りでは特に怖くてハラハラした展開を見せてくれました。
・でもジンさんはやっぱりヘリから降りる姿さえ面白い(かわいい)。いつもありがとう。そのあとラッタル(梯子)を降りるジンもかわいかったですが、一応あれは、灰原の部屋へと向かうタイムリミットへのカウントダウンになっていました。
・(全性癖、全担当に配慮した良い映画だった。)
・潜水艦で働くヒラ隊員がいるのも地味に面白かったです。彼らは軍隊崩れとかかな?と想像が広がりますが、会社組織のような、ロケット団的モブ、事務方が登場することで、じゃあ組織のアジトには電話番が居るのか?などしょうもない想像が更に拡散していきます。
・キール、バーボン、ベルモット、ライなどコナン陣営に力を貸す構成員が多すぎる、ガバガバの組織ガバナンスが今回も安定しており、さらにウォッカも”ブラック企業”にあるまじき優しさで親切にレクチャーしてくれるので実質味方です。つまりジンの真の味方はキャンティ・コルンぐらいで、あとはスパイか実質敵ばかり。コナンの人誑し能力が高すぎる。
・船室の壁越しに灰原の声を聞くキール。こいつら囚われの身なのに、どんなけ大声で話しとんねん。
・ジンニキが緑のレバーを引くや引かないで揉めに揉めるシーンは、ウォッカの「一理ありやすぜ」に対して進言を容れるジンニキの冷静さ(確かにあのシーンは、「生かして事情聴取する」と「殺す」の両方の選択肢に”一理ある”と感じました。)が見えるなど、風通しの良い職場ぶりが目立っていました。
・ちなみにラムの登場シーンは、アニメ絵では初だそうです。

直美・アルジェント(cv種崎敦美)、あるいは「生きようとする灰原哀」

・灰原の「子どもの言葉によって人生を変えられることもある」は良かったです。少年探偵団に救われた灰原が直美を救う。こういうの、オタクは大好きです。
・なにより「生きようとする灰原哀」めっちゃ良いよね。かつてのような「私なんて(フッ)」「ここで死ぬのも悪くないか…」みたいな達観ぶったことを言って命を粗末にする灰原哀はもうここには居ません。だから自らの足(鰭)で魚雷発射口から脱出し、助けに来たコナンと海中で合流するシーンは、ここでシナリオの流れが切れてしまうほどの一つのクライマックスでした。予告だけでは泣いてばかりで助けを待つだけの灰原哀のところにコナンがスクーターで向かう展開になるかと思いましたが、そうではなかった。スピッツの言うところの「鰭」、良い解釈だと思います。
・そして今度は、コナンに助けられた灰原がコナンを助ける。こういう相互関係、オタクは大好きです。
・ただし、救命行為を「キス」というフレームで意味付けるのは正直下品だと感じました。『14番目の標的』と同じ着想だと言われればそれはそのとおりなのですが、視聴者の年齢層も上がっているのだから、手を繋ぐくらいの方が絆を感じられて良いと思います。
・そしてキスの返却。正ヒロインに対して「アングラに疲れた彼にとって、あなたは癒しの場なの」とかくらいに思っている真ヒロインという構図は、『緋色の弾丸』の時点で兆候はあったものの、「形式はあなたにあげるけれど、実質は私」というマウンティング愛人ムーブに思えました。
・灰原哀は、「新一が好きなのではなく、コナンが好き」なのです。もしコナンの幼児化が解け、新一に戻ったとしたら、彼女は新一に対してさしたる関心を抱かずに去って行くのではないでしょうか。”幼児化”という共通の苦難を体験し、その秘密を共有しながら解決を図るプロジェクトを共同する。その過程においてパートナーシップに心地よさと絆と愛を感じる灰原哀にとって、実は”幼児化”という課題は、「解決しないことこそが最適解」になっています。
・プロジェクトを共有する絆の強さは、プロジェクトを共有する限り自分のほうが絶対に上だと自信があるからこそ、「形式的な部分は譲ってあげる」という余裕を見せることができるのです。
・小休止のコーヒーのシーンで、灰原哀が唐突に「あなたはいつも待たせてばかりね」と呟き、らんねーちゃんを待たせていることを指弾するセリフがありますが、これも盤面を見渡すことができている余裕に起因します。
・なんかこの三角関係の解決策は、アポトキシン4869を常備して、曜日ごとに新一とコナンを行き来して、らんねーちゃんと灰原のパートナーシップを行き来することで達成されるのではないか、と空想してしまいます。
・なお、らんねーちゃんと哀ちゃんのキスにも一定の需要あり。世の中いろんな需要あるな
・といった上記の私の解釈に対して女性目線での批判をいただいたのですが、今回の灰原哀による「私たち、キスしちゃったのよ」というセリフに込められた思いとは、「もうこれ以上は求めないという決意」だというものです。
・つまり、ラブコメ芸能には「相手が寝ている間にキスをして満足(供養)」という伝統があり、例えば相棒的な男がいたとして、そこからワンステップ踏んだところに言ってしまうと、そこで満足して、それでスッキリというところが女子にはあるというのです。
・こうした解釈を取った場合、灰原は最終局面へ恨みなく進むことができるため、私のマウント・現状維持希望解釈よりも優れているようにも思えます。なおこの場合、”幼児化”を解いた宮野志保は、先述の通りもはや工藤新一に恋愛感情を抱くことはないでしょうから、その結末は姉の元恋人であった赤井へと向かう、という落とし方が一番まとまりが良いような気がします。
・長くなりましたが、こうした「生きようとする灰原」という成長を浮き彫りにする役割を与えられたのが直美お姉さんでした。
・灰原は直美のことを覚えていないし、最後まで思い出しません。つまり、過去において彼女のことを「救ったという感覚が無い」のです。しかし、今回は「子どもに人生を変えられる」云々を述べ、叱咤し、鼓舞することで明確に救い上げようとしている。人との関係を繋ぐことを恐れない、こうした面にも、灰原哀の成長を見て取ることができます。
・その過程において、直美は灰原のアメリカ時代の過去に関わる掘り下げを語ってくれました。老若認証システムというコナン世界随一のヤバいシステムを作ったエンジニアでもあり、声優も声優なので、本編に逆輸入再登場があるかもしれません。

水中アクション

・阿笠博士の発明として水中スクーターと呼吸器が駆使されるのは良いのですが、所々ゴーグルなしで潜っているのは、流石に水圧による眼への負担がヤバいのではと思います。
・詰め込み傾向の中で仕方ないとは言え、アクションパートは全体の中では尺は短かったと思います。ただ4DXで観たので腰が痛くなるくらいにはアクションしてました。30歳を超えて4DXは無理があることを再確認しました。
・赤井さんの見せ場、狙撃シーンはロングショットではなかった分、しょっぱかったように思えます。『緋色の弾丸』がいささかロングショット過ぎたため、バランスを取ったのか、また、「ロングぶりでキャンティ・コルンを越える」との設定もやや飽きが来ているので、これも仕方ないかもしれません。
・花火で照らされる潜水艦を見て、「美しい鰭?」と思いながら、だとすると花火に照らされながらキスしてふたり手を繋いで浮上するのは「美しい鰓?」とか思っていました。

フサエブランドの謎

・今作ではフサエブランドが印象的に登場します。冒頭の老婦人(ベルモットの変装)と灰原哀の絡みが、ラストで「助けようとした理由」へと回収されます。素直に読めば「冒頭でアクセサリーを譲ってもらったから、助けた」と言っているだけなのですが、そもそもベルモットはなぜそんなにもフサエブランドのアクセサリーが欲しかったのか?という謎は残ります。「それを見つけるのが、銀の弾丸の仕事」というのも意味深です。「譲ってもらったから」という理由は、推理の仕様が無いからです。
・また、フサエブランドを出す割に、阿笠博士との絡みが全くないこと、そして、直美がUSBをカモフラージュしていたブローチもイチョウをあしらっており、それにベルモットが反応していたにもかかわらず、その一連のくだりは伏線回収されていないことも気になります。
・私自身は、本編の「ラスボスが阿笠博士だ」という考察は荒唐無稽と考えており、その理由として、阿笠博士がラスボスだったら、フサエ・キャンベルとの初恋の話の味わいが台無しになるから、と思っていますが、「フサエが共犯だったら?」という仮説を立てると、途端にそうした感慨は覆ります。イチョウの花言葉は「荘厳」、「鎮魂」、そして「長寿」です。また、烏丸の運転手とフサエの運転手が似ている、という考察もあります。
・ボスである烏丸が幼児化しており、すでに本編のどこかに潜んでいるというのはブラフで、ベルモットがボスと「ただならぬ関係」というのは「妻」とか「娘」とは違う、もっと別の関係があるのではないか、という空想が拡がります。

次回作予告

・予告映像にて次回映画の舞台は函館、登場人物は服部平次と怪盗キッドであることが示されました。北海道は『銀翼の奇術師』で室蘭に不時着して以来。
『ハロウィンの花嫁』が「キミがいれば」の歌詞を久しぶりに挿入して『時計仕掛けの摩天楼』をオマージュしたように、今回はキスによる救命行為という点で『14番目の標的』をオマージュしています。これはオールドファンを引き込むための手法なのかもしれませんが、だとしたら次は『世紀末の魔術師』のオマージュなので、服部平次と怪盗キッドが登場するのはさもありなんという感想です。
・そうであるなら舞台は冒頭、函館メインと見せかけて、あとから別のクローズドサークルへ移るのでは、とも予想できますが、もう一つ、服部平次+怪盗キッドを登場させるべき事情があります。
・最近の本編は黒ずくめ尽くめの展開に注力しているため、正直役不足となった服部平次を出すいとまがなくなっています。一方で、新一と蘭の関係の確定に伴い、『紺青の拳』では園子の中で怪盗キッドと京極真との三角関係?にケリをつけるなど、物語の終結に向かって、カップリングの安定が俄に進んでいます。そうすると、残りでケリがついていないのは、平次、和葉と紅葉の三角関係のみになっており、これは「映画で補足する」のが適当で手頃な方策になっています。予告では怪盗キッドが和葉にキスをかましたようですが、そうした外部要因が、平次の優柔不断を最後に一刀両断する一撃になりそうではあります。
・とはいえ、新一にとっての思い出の地のロンドン、という図式を平次に適用すると、思い出の地は京都となってしまい、『迷宮の十字路』で使ってしまっています。この問題を「函館」でどのように解決するのか。
・また、まき散らされた伏線の一つに、紅葉の執事である「伊織無我」が公安警察ではないか、というものがあります。(中には伊織=諸伏ではないか、との珍説もあります。)従って当該伏線の確定は必要となり、しかもその物語を語るにあたってはあむぴも出演させることができます。さらに付け加えると、伊織無我は、cv小野Dです。
・また、怪盗キッドについても、父親である黒羽盗一がシャロン(ベルモット)の変装術の師匠であるという関係から、ベルモットが物語に関与してくる可能性は十分に考えられます。
・以上のように考えると、次回の映画が服部平次+怪盗キッドであることは、単に「女性人気のあるキャラを輪番で回している」のではない必然的な理由があると考えられます。
・さらに、劇場版は30作目まで制作されることが発表されており、今後の(残りの)オマージュ対象としては『瞳の中の暗殺者』、『天国へのカウントダウン』、『ベイカーストリートの亡霊』などが考えられます。『ベイカーストリートの亡霊』は親子関係がテーマでしたので、ここで工藤優作や赤井の父親などが総動員され、物語に終幕へと向かっていくという筋道が見えてきているようにも思えます。そうであれば、私の推しの毛利小五郎も活躍の余地があるかもしれませんので、楽しみに待つことにします。

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