虚無の歌詞の宝庫、「スーパーのテーマ曲」の世界

瞳を閉じて素直になって今すぐ会いたくなるJ-POPの歌詞には手垢さえつかなくなった空洞のような様相があるが、それよりもさらに虚無の広がるおぞましい世界を発見してしまった。それが「スーパーのテーマ曲」である。

1.『オークワからのごあいさつ』

まずはこちらをご覧いただきたい。


1. しあわせですか おげんきですか
くらしのなかのパートナー オークワからのごあいさつ
しあわせですか おげんきですか
おとどけしますまごころを あなたの街のオークワ

2. やさしいですか あいしてますか
そんなあなたのおてつだい オークワからのごあいさつ
やさしいですか あいしてますか
おとどけしますまごころを あなたの街のオークワ

3. ゆめをみますか たのしいですか
いつもゆたかなひろばです オークワからのごあいさつ
ゆめをみますか たのしいですか
おとどけしますまごころを あなたの街のオークワ
あなたの街のオークワ

三重県で創業し、現在は近畿・東海圏に展開するスーパー・オークワのテーマソングである。三重県出身の私としては非常になじみのある曲だ。

普通、企業のテーマソングというのはそのコアコンピタンスや営業理念、あるいはスーパーであるならば「安さ」「笑顔」などが並んでも不思議ではない。

しかしこの「オークワからのごあいさつ」ではそのような内容は一切ない。「しあわせですか おげんきですか」という内面を問いただす歌い出し。そしてBメロでは同じ内容を繰り返すという徹底したインプリンティング。福永法源を思わせる復唱につぐ復唱とあまりにも形而上学的で内省的なその歌詞は、さながら宗教か哲学か。これがスーパーマーケットで流れているというのは、あまりにも「虚無」である。

そして調べていくと、J-POPよりも抽象的で虚無の世界をもつスーパーのテーマ曲がたくさんあることに気付かされた。沈黙は金というが、それに従えば沈思と黙考のゴールドラッシュである。

2.ベルクテーマソング『Just for Your Life』

ベルクは埼玉・群馬を中心に関東で展開しているスーパーである。テーマソングの『Just for Your Life』の歌詞がこちら。

そよ風きらめくこの街に 今日も笑顔が響きあう
巡り会えた 太陽の贈り物
あなたのベルク 暮らしにベルク
Just for your life

木漏れ日やさしいこの街に 今日もはじける 小さな出会い
夢広がる 新しい物語
あなたのベルク 暮らしにベルク
Just for your life

街の描写と出会いの存在が言及されているだけで、企業に関する情報は何一つない。ご飯とペットの話だけで構成された失恋ソングのようなものである。

ちなみに町と出会いのみに言及したテーマソングは他にもあり、北海道・東北エリアにあるホームセンター・ホーマックのテーマソング『出会いの歓び』(!)も似たような歌詞である。

これ以上の虚無を体現した音楽はあるだろうか?

店内BGMというのはこれくらい情報が無い方がいいのかもしれないが、1日中これを聞かされる従業員はその”うつろさ”に狂ってしまわないだろうか?

3.イズミヤテーマソング『しあわせくるくる』

言わずと知れた全国チェーンイズミヤのいくつかあるテーマソングの一つ。イズミヤの企業ロゴが風車に見えたのだろうか?とにかくこの歌詞は衝撃的だった。

くるくる くるくる しあわせ くるくる
くるくる くるくる しあわせ くるくる
ほら 聞こえてくるよ 元気な みんなの 笑い声
ぼくも ニコニコ あなたも ニコニコ お日様も ニッコニコ
イズミヤは みんなの 笑顔を待ってる 優しさが あふれてる
しあわせが くるくる やってくる すぐそこに イズミヤ

くるくる くるくる しあわせ くるくる
くるくる くるくる しあわせ くるくる
ほら 感じるでしょう みんなのよろこび 運ぶ風
わたしも キラキラ あなたも キラキラ お日様も キッラキラ
イズミヤは みんなの 笑顔 願ってる よろこびの 風吹かせ
しあわせが くるくる やってくる すぐそこに イズミヤ
しあわせが くるくる やってくる すぐそこに イズミヤ

「イズミヤ」の4文字がなければ、すべての人民が笑顔を強要されている管理社会を描いたディストピア・アンセムである。ジョージ・オーウェルのエッセンスを加えればこうなるだろう。

市民よ、幸せがやってきます。感じますか?
――はい。太陽と市民の笑い声を感じます。
市民よ、輝きがやってきます。感じますか?
――はい。風と市民の歓びを感じます。

”イズミヤ”は今日もみなさんを見ています。
市民の模範となれるよう今日も頑張りましょう。

幸せがやってきます!幸せがやってきます!

なおイズミヤにはほかにもテーマソングがいくつかあり、『明日へ吹く風』なども見事な仕上がりだ。「自然」の素描と「前進」のイメージがあるのみで、なんと「イズミヤ」の4文字すらない。校名と地名がNULLになっている自動生成の校歌のようだ。

4.その他

どんどんいこう。まずは格安スーパー・ラム―で24時間延々と流れているテーマソング。楽曲のクオリティは高く全盛期のKOTOKOを彷彿とさせる。ちなみに同居人は昔ラムーでバイトしており、この曲は2度と聞きたくないそうだ。

次はジャスコのイメージソング「新しい予感 ~Only at JUSCO~」。歌・作詞作曲はSee-Sawで、かつて機動戦士ガンダムSEEDの主題歌『あんなに一緒だったのに』を歌っていたアーティストだ。その色が出ているのか、若干「すれちがう二人」のようなニュアンスをにおわせる歌詞となっている(もちろんジャスコに関する情報は店名以外なに一つない)。

地方のスーパーなどを探せばもっとあるだろう。

こうした「具体的な情報は何一つなく」「抽象的で啓発的な描写に終始する」というのは企業のテーマソングにはたびたび現れ、90年代のソフマップのテーマソング『HELLO,SOFMAP WORLD』などはかなり有名だ。

最後に、楽曲のクオリティも企業情報の密度も完璧な西友のテーマソング『See You SEIYU』を紹介しておこう。

やっぱりこんだけ気合が入ってると、ちょっと引いてしまうのかもしれない。

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