貴方に贈る最後のピーー××

この投稿は
#100文字ドラマ
#テレ東ドラマシナリオ
募集用の投稿です。以下【月がきれいですね】から着想したものです

なんでもない日常が訪れるはずだった朝、テレビでアナウンサーが速報を伝える。

「速報です。私達の言語から、相手に好意を寄せる発言が軒並み自主規制音に変換されるという現象が発生しております。なお、現象は発言だけでなく書面にも黒塗りになるという形で発生している模様です。このような異常現象に対し政府は…」


いつもの日常はなくなった。
愛犬を抱いた美幸は静かに涙を流した。


「おはよう木下」
「ああ、菊池か」
通勤電車のなかで、サラリーマンが会話を始める。
「見たか今日のニュース」
「見たよ、アレだろ。自主規制音になるっていう…」
「そうそれ、なんでだろーなー、世も末かなぁ。まぁ、俺らみたいな既婚者には、もはやあんまり関係ないか、なあ?」
「…いや、そうでもない」
そういうと木下は軽くため息をついた。
「うん?どうしたー?」
「美幸が泣いてる」


「どうにかなりませんか、先生…」
動物病院の診察室で、すがるような瞳で獣医を見る美幸。
獣医は申し訳なさそうに告げた。
「手を尽くしましたが、これ以上は…」
チロちゃんの治療をこれ以上つづけても、もう…
病院に入院もできますが、どうなさいますか?
と聞かれた美幸は
「連れて帰ります」
と答えた。


どこか薄暗さを感じるリビングのソファで、しっかり毛布にくるまれた老犬を抱えながら、なでながら、ぼーっとしている美幸。
そこに、「ただいまー」と、木下が帰ってきた
「おかえりなさい。…ごめん、夕飯支度忘れてた…」
「…ああ、いいよ。なんか頼もっか。それよりチロはどうだった?」
「……」
黙って首を降る美幸。
「…もうやる事がないんだって」
「そっか…」
隣に座る木下を見ながら、美幸は泣き始めた
「どうしていいのかわからない…チロはもうおじいちゃんだからいつかはって思ったけど…」
「うん」
「なんで今なの、何でこんなときにピーー××って言えないの」
「うん」
「いつかっ、いつか、お別れする時はっ、たくさんたくさんピーー××って言ってたくさんたくさんなでてあげるつもりだった!一番可愛くて一番大切で、一番ピーー××って言うつもりだった…!」
「うん」
「なんで今なの、なんでピーー××って言えないの、チロはピーー××って言ってもわかんないよ、こんなにピーー××なのに…!チロに伝わんなきゃ意味ないよ!!」
「うん…」
「ピーー××って何よーー!」
最後は叫ぶように言って泣き崩れる美幸。

「くぅ…」
吐息のような鳴き声で老犬が鳴く。
美幸が泣き崩れても大切に抱えられていたチロのお尻が濡れていた。
「あぁ…チロごめん、びっくりしちゃったね、気持ち悪いよね…」
ごめんなさい、ごめんと繰り返しながら毛布を外し、排泄物の処理をしようとする美幸。
その横で、木下も手伝い始める。
「おしっこ出たかー、チロは偉いなー」
木下の声は涙を我慢しているような声だった。
「すごいな、チロはちゃんと美幸におしえてくれたもんなー」
「チロはかわいい、すごい、いい子だなー」
かわいい、いい子、偉い、つぶやきながらなでながら、木下はチロの排泄物の処理を終えた。

美幸は途中から呆然と見ていた。
「あなた…」
「ほら」
チロのしっぽは揺れていた
「嬉しいって」
「ピーー××だってさ、言ってもいいんだよ。伝わるよ。ニュアンスだよ。それにさ、チロの好きな言葉は他にもたくさんあるよ」
散歩とか、おやつとか、かわいいとか、偉いとか、いい子、とか
「遊ぼうとか…」
「そう。たくさんあるじゃん。」
「できなくなった事は悲しいけどさ、できる事をたくさんやろう?チロにピーー××って伝わるようにさ」
だってチロはちゃんと嬉しいって言ってるんだからさ、
美幸は「うん、…うん」と泣きながら何度も頷いた。

美幸の声で、チロに語りかける声が聞こえる。
いい子ね、すごいね、かわいいね、かっこいいね、大切よ、と優しい声で続ける。

陽だまりの中、美幸と木下の腕の中で、チロは息絶える。
一番かわいい、一番いい子、チロピー××よ、と言われながら。

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