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ヒーローと私のこと

2021年6月8日
一つの船に乗って航海を続けてきた4人のヒーローが、船を降りて別々の道を歩んでいくこととなった。
餞にいま。
彼らの音楽と、私の話です。長くなりますが、お付き合いください。

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私がこのバンドに出会ったのは、遡ること5年前。『万有信号の法則』がリリースされた頃だった。(今でも意識しないと万有引力の法則と間違えてしまう、いい加減覚えろよ、私。) 
流し聞きをしていたラジオから音楽が。
あ、この感じ好きなタイプだ…。なんていうバンドだろうか…。
「お送りしましたのは、ハロアットヨジョウハンで…」
今なんて言った?ヨジョーハンって?
その不思議なバンド名のせいで、タイトルもそのあとの話も何も頭に入ってこなかった。かっこいい曲をつくる変な名前のバンドに出逢ったな…という記憶が残った。

ラジオでの出会いからそこまで日は経っていなかったと思う。
当時高校生だった私はBUMP OF CHICKEN信者で、どこにいくにも何をするにもBUMPの音楽ばかりだった。
夜中、テスト勉強に疲れ(勉強より休憩時間が多かった気がするが、それは一旦忘れておこう。) 『BUMP 似ている バンド』と検索をかけた。
いろいろなサイトが出てくる。
適当に開いてみた。
スクロールをしていく。
LAMP IN TERRENとかが載っていた気がする。
そして…


Halo at 四畳半


私は再会したのだ。ここで、あの不思議な名前のバンドに。

メンバー4人の写真とともに載っているのは、APOGEEのジャケット。表紙の絵を見て、藤くんみたいだな。千葉県佐倉市、後輩なんだな、なんて思った。

そして、シャロンを聴いた。

世界が照らされていく。
虜になるまで、たった一瞬だった。
嫌いになる理由が何一つ見つからなかった。
BUMPに似ているなんて思わなかった。
そばに寄り添ってくれる等身大の音楽。
そこにいたのは確実に、Halo at 四畳半 の音楽だった。

今思い返せば失礼な出会い方(関係者の皆様大変申し訳ございません)だと思うが、一つのアーティストばかりだった毎日に彩りが生まれた。
ライブに行くことはできなかったが、CDから聞こえてくる彼らの音楽を聴いているだけで幸せだった。



小学校から高校、同級生の仲の良い友人は片手で数えられる。
それでも、今、1人だけ頻繁に連絡をとれる高校の友人がいる。大学生になったある日、その友人に言われた一言。

「この前見たHalo at 四畳半のライブが良かった。ねえ、絶対好きだと思う。」

そんなお誘いから。初めてのハロのライブは2018年8月30日。大ナナイト@水戸LIGHT HOUSE 行こうと思い立って一番近いライブで、他にも好きなアーティストがいたからこの日が選ばれた。

CDとは全然違う。これまで行ったことのあるライブとも違う。頭の先から、足の先まで全身に音楽を浴びて、ただただ圧倒された。手をあげたり、声を発することもできなかった。シャロンを聴いて鼓動が速くなった。はじまりの曲、思わず手を掲げた。心地いい。全身全霊という言葉通りのステージだった。

帰宅してからも光景が何度も思い出される。ステージにいる彼らが、あまりにも輝いていて、そして私も負けないくらい何かしらの自分のステージで輝こうと思った。

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それからの日々は、色鮮やかな日々だった。
多くのライブハウスに行った。いろんなバンドを知った。たくさんの出会いがあった。メンバーへインタビューもできた。音楽の裏側に関わってみたいと思った。ライブハウスのドリンクカウンターでもバイトをした。大学の授業と並行に、音楽事務所でマネジメントやライブ制作の仕事を経験した。

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音楽の仕事をしていく中で知らないことを知れること、好きなことに関われることが楽しかった。何より自分が作ったものが誰かの喜びになることに幸福感を覚えた。しかし、仕事に追われる毎日。所詮大学生だと嘲られる屈辱。ここに書くことができないような辛い経験もあった。何より自分があまりにも何もできない存在だと、実力のなさを痛感した。自分に自信が持てなくなって、存在意義を見失った。いつしか音楽が聞くことで焦るようになった。Halo at 四畳半が眩しかった。あの日、負けないように自分も輝こうと思ったのに、光と影のように感じた。等身大の音楽だと思っていのに、遠い存在になっていった。

好きだった音楽が、好きと言えなくなってしまった。


2020年、「得体の知れない何か」が私たちの生活を食べてしまった。音楽業界の中でも端くれの端くれだった私は、仕事を食べられてしまった。大学もない。とりあえずバイトをしてつなげる毎日。自分が何者かわからなくなる日々。相変わらず音楽は聞けなくて、いろんなアーティストが配信ライブをしていたが、見ることができなかった。そんな生活が続いていてある日、あの友人から

「ハロの配信ライブ、よかったよ。今だから生まれた宝物だったよ。」

久しぶりにライブを見た。
そして、もう一度。音楽が好きになった。



2021年6月8日
渋谷で彼らのライブを見た。
美しく最後を飾り付けるだけではなく、最後まで全身全霊で叫んでいた。

あの時、ラジオを聞いていなければ。
夜中に、「BUMP 似ている」と検索をしていなければ。
あの夏に、友人からライブに誘われていなければ。
この幸せを味わうことができなかった。

たくさんライブに行けたわけじゃない。
でも日常のふとした瞬間に。大きな決断をするときに。ちょっとした隙間に現れて、一瞬で、一節で救われていた。
私は私なりにこのバンドを愛していた。

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過去の自分をすべて肯定できるわけではない。
学校での経験も、音楽の仕事をしていた経験も。
今でも胸の奥に黒い負の感情はある。後悔の日々だ。
でもそんな日々も、私の一部。
この一つ一つの経験が、私を構成している。
こんな私でも苦しみも喜びもまるっと全部愛していけばいい。
私の歩んできた道は、美しいと誇れるものだ。


今日からの私の日々。
また間違えようが、傷つこうが。これでいいんだ、これで良かったんだって思えるように、これからも色を足していくからさ。
日々の答え合わせを。またいつか。

Halo at 四畳半 いつまでも私のヒーローです。 ありがとう。

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