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【前に進み、後ろに戻る】2

二度寝か三度寝か五度寝か少し起きかけてはまた目を閉じてを繰り返して、完全に覚醒したとき、アナログ時計を見ると6時過ぎを差していた。
カーテンの隙間から外を見ると薄暗い。
「え、朝?夜?」わざと声に出してみるが誰も答えない。
「うう…」と呻いてみて、必要以上に体が痛いような素振りをしてやっとこさ、布団の上に胡座をかき、坐禅を組む時の呼吸をすると、何やら自分にはすごい使命があって仕方なくこの生活を送っているのだと思い込めるから素敵。
と、外からスピーカーを通した声が聞こえてきた。
「この街を変えるのは○○○○。私に力を貸してください!」
選挙が近いのだった。
この街の市長を決める選挙。
4年前に俺も票を投じたが落選してしまった若い候補者(といっても50代だったと思うが、それでも今の70代の市長やさらに年上の別の候補者に比べればやはり若い)の声だと思った。
ということは今は午後6時過ぎということか。

視線の先、布団のそばには投票所の入場券が落ちている。
こんな生きたマネをしているような社会には役に立たないクズにもちゃんと届くんだから民主主義は素晴らしい、と思いかけて、まあ住民票はあるのだから役所が機械的に送り付けてきただけで別に誰も自分なんかには何も期待していないのだと謙虚に受け止める。

「はぁ」そこまで考えて大きめのため息をついた。

布団に寝転がる。シャワーでも浴びようかと考えて、今日はもうどこにも行かないだろうしいいかな、ああでもお腹がすいた、ファミレスで作業でもしようか、それならシャワーくらい、というところまで思考が巡ったところで、部屋に漂っていた血のにおいに気がついた。やはり、昨日の川岸でのできごとは夢ではなかったらしい。スマホを開いてウェブ検索の入力画面を開くと、直近の履歴に「死体 放置 犯罪」「血液 追跡 どこまで」といった頭の悪そうなキーワードが並んでいた。どうするのが正しかったのだろう。警察に電話しておけばよかったか、それとも救急車の方が自然か、いやいや、自分が殺したわけじゃないのだから自然もくそもない、言ってみれば、自然に、歩いて家まで帰ってきたのだから・・・

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