満ちた気泡
深く息を吸うと鼻の奥がキッと締まって、何かまずいものでも吸い込んだような心地になる。
瞬間、それが何一つ害悪のないものだと悟る。体中に、暖かで力強くほど走る気泡が充ち満ちるために。
それを「春」と呼べるのが、どれほど心地の良いことか。
人が新たな場所へ舞い降りる。
愛し憎みそれでも向かい続けたなにかを離れ去り、未到の世界へ踏み入れる私的な世紀の瞬間。
惜別の念、希望の空気、寂寞の中の躍動。
そのうちのどれを選び取ろうとも、変わらず「春」は在り続ける。
その選択の行方がわかるのは、いつかまた巡ってくる、あの充ち満ちた気泡に触れる瞬間だけなのだろうと思う。
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