恋愛実践学(前編)

かれこれ、1時間はスマホを片手に固まっていた。
あとは、送信ボタンを押すだけ。わかってる。でも、それが難しい。
加奈子は、もう一度自分が書いた文を読み返して、何度も何度も何度も読み返しているからこれでいいのかもわからなくなってきて、最後はええい!とやけになってボタンを押した。

『こんばんは。今日は放課後突然話しかけてすみませんでした。もしよければ、週末遊びにいきませんか?』

ビジネスメールかよ、と突っ込みたくなるくらいかしこまった文章。加奈子にとっては、これが精一杯だった。
送信したあとなのに、もう一度読み返してしまう。これで大丈夫かな、と不安になってきた。
その時、「既読」がついた。
加奈子は、慌てて画面を閉じた。心臓が飛び跳ねるほど驚いて、いまでもドクドクと激しく脈打っていた。
暗くなった画面を、緊張した気持ちで見つめる。
もし、断られたらどうしよう。もし、暴言を吐かれたらどうしよう。
不安ばかりが頭に浮かんで、ネガティブな未来しか想像できなくて、泣きそうな気持ちになってきた。
返信が待ち遠しくて、スマホから目が離せなかった。
パッと画面が明るくなって、通知が届いた。
受験の合格発表を見るような緊張感で、画面を見た。さっきまでの気持ちがすっと軽くなって安心した。緊張がほどけていく。加奈子は、ベッドに寝転がった。通知画面に浮かぶ返信を何度も何度も何度も読み返して、頰が緩んだ。

『全然気にしなくて大丈夫だよ。話しかけてくれてありがとう。いいね、土曜日なら空いてるよ。どこに行く?』

胸が高鳴る。土曜日が待ち遠しくてたまらなかった。今日は木曜日だから、明日を乗り切れば土屋先輩に会える。
加奈子は、叫び出したい気持ちを必死に抑えながら、まくらを抱きしめ顔を埋めた。にやにやが止まらなかった。

『ありがとうございます。映画はどうでしょうか?』
2回目は、スムーズに送れた。すぐに既読がついて、返信も早かった。
『いいよ。気になっている映画があるの?』
『実は、ドルフィンズが気になっていて。土屋先輩は気になっている映画がありますか?』
『ドルフィンズ、俺も気になっていたんだ。じゃあ、それにしようか。調べたら、13時からのがあったから、予約しておくね。映画館で待ち合わせで大丈夫?』
『大丈夫です!予約、ありがとうございます。楽しみにしています!』
絵文字をつけるか迷って、やめた。舞い上がっている自分が恥ずかしくて、せめてものビックリマークをつけた。
並行して、麻友にLINEを送った。麻友とのLINEは、1時間前、土屋先輩にLINEを送ることを伝え、がんばって、と麻友からの応援で止まっていた。
『聞いて!土曜日に土屋先輩と遊ぶことになったよ!!!!!』
加奈子は、麻友に送って画面をオフにした。
ふぅ、と一息ついた。麻友からの返信も楽しみだった。
画面が光って通知が届いた。麻友からだと思って確認すると、土屋先輩からだった。
『俺も楽しみにしてるね。それじゃあ、土曜日に^_^』
顔文字付き。
それだけで嬉しくて、加奈子はまた舞い上がった。
もう一通通知が届いた。次は、麻友からだった。

『よかったね!土屋先輩とデート♡楽しみだね!』

デート。なんていい響きだろう。背中がむず痒くなるような幸せを感じていた。
『ありがとう!土屋先輩が本当に神すぎて、映画の予約までしてくれたの!』
『えー、優しい!一個しか違わないのに、すごく大人だね。浩太郎とは大違い!笑』
浩太郎は、麻友の彼氏で、加奈子とは小学生からの幼馴染だ。
『同級生が子供に思えちゃうよね。じゃあ、そろそろ寝るね、おやすみ』
もう、時計は1時を回ろうとしていた。さっきまで緊張して興奮していたから、安心して一気に眠気が襲ってきた。
麻友から、「おやすみ」とクマが言っているスタンプが届いたのを確認して、加奈子は眠りについた。

翌日、教室に着くと、ニタニタしながら麻友が加奈子の元へ来た。浩太郎も一緒だった。
「まさか、遊ぶのオッケーしてくれるとは思わなかったね。本当によかったね!」
加奈子の気持ちになって喜ぶ麻友とは反対に浩太郎は釈然としない顔をしていた。
「なに、浩太郎、真剣な顔をして」
加奈子が訊くと、麻友が「気にしないで」と応えた。
「実はね、さっき浩太郎に加奈子のことを話しちゃったんだけど、それからずっとこの顔なのよ。どうやら土屋先輩のことを疑っているみたいで」
加奈子は、浩太郎に目を向けた。
「疑うってなに?どこにそんな引っかかってるの?」
浩太郎は、一瞬ためらった顔をして、意を決したように言った。
「普通、いきなり話しかけられて連絡先交換して、遊びに行くとは思えん。その先輩は、絶対に下心がある」
「はあ?」加奈子は呆れた声で言った。「なんでそんな発想になるわけ?」
「でしょう?私も思ったのよ。純粋に加奈子のことをいいな、と思ったからこんな展開になったに決まってるじゃない」
反論を受けて、浩太郎は半分やけになったように言った。
「お前らは、男をわかってなさすぎる。俺は、その先輩は加奈子のおっぱいに8割は惹かれたと考えてる」
加奈子がおっぱいを隠したのと、麻友が浩太郎の頭をど突いたのが一緒だった。
「あんたはなに言ってるの!」
麻友が、加奈子の代わりに怒った。加奈子も思考が戻ってきて落ち着くと、「浩太郎、最低!」となんとか声に出すことができた。
確かに、加奈子は豊満な胸を持っていた。ブラジャーのカップはEサイズを使っている。
先輩がどうこうよりも、浩太郎にそんな目で見られていたことの方が恥ずかしかった。
「マジで、浩太郎最低だよ。加奈子に謝りなよ」
麻友が真剣な顔で言ったが、浩太郎は悪びれた様子もなく、むしろそこまで責められる理由がわからないという顔をしていた。
「俺は、男を代表して言っているんだ。男なんて、ワンチャンあるかもって思いながら女を見ているんだよ」浩太郎は、一息に言って、でも、さすがに言いすぎたかなと反省したように、心配そうな顔で続けた。「要するに、俺は加奈子に気をつけろよって言いたかったんだ」
加奈子は、浩太郎が心配してくれているのは十分に伝わったため、呆れながらも許すことにした。
「ありがとう。でも、本当に大丈夫だから、心配しないで」
浩太郎は、まだ何か言いたそうだったが、麻友に睨まれているのに気づいて口をつぐんだ。

生まれて16年間、一度も交際経験はなく、デートをしたことも中学二年生の時に一度だけだった。
でも、男友達がいないわけじゃないし、普通に話していた。
男女交際の知識は主に漫画から得ていた。
土屋先輩が彼氏になったら、と漫画の主人公と重ね合わせては妄想にふけっていた。

その日の夜は、どんな服装で行こうかな、とかどんな髪型にしようかな、とか先輩の好みってどんなのかな、とかいろいろ悩みが頭に浮かんで、それと同じくらいワクワクして、準備が整ってベッドに入ってもなかなか眠れなかった。
浩太郎の忠告は、きれいさっぱり頭から消え去っていた。

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#男がみんなそうとは限らない

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