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冬のおこもり読書



 立冬も過ぎだことだし、冬ですね。体の周期のせいなのか、頭の中に蔓延っては消えないもやもやとか、心の底にず〜んと溜まったもの気持ちを、文字にして吐き出さねばいられない時期があって、今月もめでたくそれです。歳をとるほど、自分の内面と外の世界との間で心身のバランスを取るのが難しくなるなあと悩みながらも、ただそういう時に自分で自分のことを労れるのもまた大人だからね、と思うので毎度のことながらよろしくお付き合いください。 


 言葉の角を論ってはそんな自分に心がささくれ立つような思いがしたり、自分に対する叱責ではないものに酷く心が削られるような思いがしたり、思い出せないくらい瑣末なことでどうしようもなく泣きたくなってしまうような平日だったので、今週はとにかく引きこもって静かに読書でもしようかと決め込んでいた(いつものことじゃんというツッコミは置いておく)


 時間が取れた時にいつかまた一気に再読しようと決めていた辻村深月さんの『冷たい校舎の時は止まる』。文庫の上下巻で1200ページほどある大長編ですが、読み出したら止められなくなってしまうことをわかっていてタイミングを図っていた。2023年、たくさんの本に出会った中でも、一際大好きな作品の一つ。今年はせっかく辻村深月すごろくを完走したしたわけだし、大好きな作品一つ一つに感想を残しておきたいなあと思っていたことも重なったので、溜まりに溜まったドラマの録画を見る予定を差し置き、今週はこれを読むことにする。


 下手なことを言うとネタバレに繋がってしまうので、どう書いたらいいかと悩むのは、現在進行形でモヤモヤとしている自分の頭の中と同様……


 雪の降り積もる日の校舎に閉じ込められた高校生、深月・鷹野・菅原・梨香・景子・昭彦・充・清水。彼らが閉じ込められたのはどうやら誰かの精神世界で、その鍵は数ヶ月前の文化祭の最終日に、飛び降り自殺をした同級生の存在にあるらしいのに、集められた8人は自殺した当人の存在を思い出すことができない。同級生が自殺した夕方5:53を迎えるごとに、8人のうちの誰かがその世界から消えていく。8人それぞれが抱える心の闇や葛藤を描きながら、なぜこんなことが起きているのか、どうしたら助かるのかが丁寧に紐解かれていく。


 時々ホッと息をつけたかも思えば、またヒリヒリと胸を焼かれるような苦しさが襲ってきて、巧みすぎる緩急に手を止められず一気読みしてしまう。抱えた不安も安堵も、気がついたら校舎に閉じ込められた8人と同じように感じていて、あたかも自分もそこにいたのではないかと言うような気持ちにさせられる。登場人物ひとりひとりの心の陰は、高校生らしくもあり、大人になった今も感じ入るところもあり。それぞれに、真っ白いだけではなく暗い部分があって、綺麗すぎないところが現実らしくもある。優しさ故の冷たさとか、なんでもいいから一番でいたい気持ちとか、心が早熟している故に壁を感じる気持ちとか、自分があの頃感じていたヒリヒリもあるし、正直な所一応大人になった今も変わらず抱えてしまっているものを感じてチクチク刺さるものもあった。


 登場人物の気持ちをしっかりと掘り下げてくれるが故の分厚さなのだけど、だからこそ読み終わった時に8人それぞれがリアルに人格を持ったように情を移してしまう。各々に善いところも悪いところもあり、尊敬するところも共感するところもある。個人的には、気が優しい反面誰の中にも踏み込んでいけない充と、才女が故に周囲から勝手に一歩距離を置かれている清水の存在が特に刺さった。

  充は優しいわけではない。自分は単に、他人に対する責任を放棄したいだけなのだ。人を傷つけてしまうことが怖い。ただそれだけだ。相手の声を否定せず、他人の言いつけを素直に聞いてさえいれば、充は誰のことを傷つける心配もない。それはとても楽な方法で、とても臆病な生き方だ。自分は結局主人公にはなれないし、誰かのことを心から支えることもできないのだろう。そんな自分に、明るく絶望している。明るい絶望と、前向きな諦め。

p.360-361

 優しくて、穏やかで、誰からの頼み事も断れない充は、チャラくて適当に見えるけど情に熱い菅原に憧れている。誰かの気持ちを抱え込んで勝手に疲れている充はあまりにも優しくて、それは充にしか持てないものだから。もう少し大人になって、きっと大丈夫になる日が来ればいい。とかいいながら、この歳になってもなかなか大丈夫になれな私もいるなあと苦笑いしてしまった。

 清水は特待生として高校に入学、学力も絵の才能もあって、入学式では代表挨拶、だからこそ自分の気持ちと関係ないところで周囲から勝手に距離を置かれている。同世代の人たちと同じように、友達を作ったり恋話をしたりしたいけれど清水にはそれができない。そんな清水にとって、深月や梨香たちは、高校2年になってようやくできた友達。

 自分の知らない顔を友達が持っていることがとても寂しい。自分の世界の狭さを、そして思い知るのが怖い。それが彼らにも伝わるのだろうか、だから彼らは清水に、学校の外にある深い話を伝えてこない。しかしそれは、清水がどんなに伝えて欲しいと望んだところで叶わないことでもある。自分の背中に貼られた優等生のレッテルは、決して自分から剥がすことができない。

p.316

 「(清水は)他にもっと楽なやり方がいくらでもあるのに、自分から進んで苦しい方へ苦しい方へ行く。周りの人間がいくらそれを痛々しいと思っても、どうにもできないところがある。」
『先生は、私と一緒にいてくれる友達はみんな、私といるのを楽しいと思ってくれていると思いますか』

p.511-512

 鷹野たちがいる世界を知らなければきっとどこまでも我慢ができたのに、どうして自分はこんな世界の存在を知ってしまったのだろう。他の世界を知らなければ、自分は今まで通りの自分の居場所の中でどこまでも生きていくことができた。自分でも気がつかなかったそれに、しかし周りの女子たちはああして気づいたのだ。夢を見ている自分の滑稽さを、みんながそうして呆れながら見つめていた。肩が熱くなるのがわかる、恥ずかしかった。

p.532-533


 自殺した同級生は8人のうちの誰かなのか、それともそれ以外の人物なのか。疑心暗鬼になってもおかしくないところを、登場人物たちはとにかくみんながまっすぐで優しくて、仲間を大切に思う気持ちが眩しくて、心を洗われる気持ちになる。8人の中にある正義感は、8人の枠を出たらエゴしかならないかもしれないけれど、相手を思う暖かさに何度も泣いてしまった。


 「正しさ」って結局、なんだろうねと言うのが、ここ最近のエンタメ体験での課題ではあって、今作でも決して出てくる8人のすべてが善良ではなくて、いつだって人それぞれの尺度で愛や正義やエゴで固まっているんだよな〜などと思ったりもする、残酷な描写も多いけど、一つ殻が剥けたようなラストは爽やかで暖かい気持ちになります。ファンタジーものってあまり好きではないんだけれど、ゾワゾワとして気持ちと圧倒的な心理描写であまりにも面白く読めてしまう辻村さんの作品はやっぱりすげ〜というきもち(月並み)箇所箇所でかなりグッとくるものがあり、2度目だけどたびたび泣きながら読みました。物理的な本の厚みに一瞬怯みながらも、一気に読んでしまいたくなるし、読後の疲労感も薄く、とにかく面白かったなあと言う気持ちと、もうあの冷たい校舎と過ごした子達に会えないのかあと言う寂しさが残ります。


 何を書いてもネタバレになりそうで、結局あまりにも漠然とした感想しか書けず、正味なところこんなもの書き残しておく理由あるんか〜いという気持ちもありますが、好きな部分を書き残せたし、まあせっかくなのでこのまま失礼することにします。


 白って200色あるので、本への好き好きはもちろんそれぞれかと思いますが、もしよければ皆様どこかで一読してください。これがデビュー作!?とおもうと、あまりにも凄すぎる。雪の降り積もる校舎で起きたことのお話は、急に寒さを感じるようになったこの土日にまたぴったりの読書体験でした。冬の日にこたつに入りながら読むのもいいな。スルメみたいに再読の旨みをじわじわと感じているので、またどこかで読みたいです。それからスピンオフ短編集『ロードムービー』と『光待つ場所へ』ではまた大好きな冷たい校舎のみんなに会えるので、こちらもまた再読したいところです。昨日は読みたかった本を何冊か仕入れもしたので、風邪ひかないように、この冬はこたつにこもって読書だな〜(結局)おわり。

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