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「最大酸素摂取量(VO2max)が高い人ほど競技能力が高い」のだろうか

「最大酸素摂取量(VO2max)が高い人ほど競技能力が高い」とは中長距離界隈でしばしば言われることだが自分の考えを書いておこう。

VO2maxとは、体重あたり、時間あたりに摂取できる最大酸素摂取量(ml/kg/min)のことである。持久性パフォーマンスの指標として1番馴染みのあるものだと思う。

村澤さんがVO2maxに関する興味深いnoteを書いているのでシェア。このnoteにあるように、一定レベル以上ではVO2maxが有効なパフォーマンス指標ではないことは今や通説となっている。つまりタイトルの「最大酸素摂取量(VO2max)が高い人ほど競技能力が高い」は確かに破綻するわけだが、ここでは「最大酸素摂取量(VO2max)が高い人ほど〜」はそもそも前後関係がおかしいのではないかという観点から話をしていく。

VO2maxはどのように測定されるのだろうか。長距離選手の多くが知っている指標だと思うが、実際に測定したことがある人は選手50人いて1人くらいではないだろうか。

VO2maxを測定するためには、オールアウトするような速度で一定時間(大抵5分以上)走る必要がある。

VO2maxを測定するプロトコルは統一されているわけではない。〇分走って〇分休む、を速度を上げながら繰り返すものだったり、トレッドミルの傾斜を〇分ごとに〇度ずつ上げるものだったり、とにかく何らかの方法で被験者をオールアウトに至らせる。また、自分がオールアウトしたと思うところがVO2maxの値となるので、何らかの事情でオールアウト手前で終わればVO2maxの値は低く出る可能性がある。これでわかるだろうが諸々の要因でブレが出るのでそもそも大体のレンジで取り扱うべき値だ。

競技能力の高いランナーではVO2maxに達する速度は3000〜5000mのレースペース。つまりレースそのものとはいかずとも、レースさながらのパフォーマンスを測定中に発揮する必要がある。学生時代何人もの被験者に測定をやらせたことがあるが、測定終了後は皆生まれたての小鹿のようにヘロヘロになる。少なくとも余裕を残して終わったらそれはVO2maxの測定にはならない。

勘のいい人はわかるだろうが、どの速度でオールアウトに達したかという情報があれば、被験者の競技能力はおおよそ推し量ることができる。VO2maxの値があろうがなかろうが。実際の測定では、VO2maxの値よりも、被験者の競技能力が先に判明してしまうのだ。4’00/kmで5分走れた人と、3’00/kmで5分走れた人のどちらが速いかというのは聞くまでもないだろう。また速いペースで走ればそれ相応の酸素が必要になるのもエネルギー代謝の観点から納得できるだろう。

このようなプロトコルを踏まえると、VO2maxが高い→競技能力が高い、という解釈よりも、競技能力が高い人ほどオールアウトするペースは速くなるし(当然)、速いペースに応じて酸素も多く必要になるから(当然)、結果として高いVO2maxが観測される傾向がある、という解釈が自然に思える。異論は大いにあるだろうが、少なくとも自分はそう思っている。

僕はアンチVO2maxというわけではない。VO2maxの概念自体に問題があるわけでなく、利用の仕方に問題があるのだ。直感的にはエネルギーの必要量(走速度)に酸素摂取量もずっと比例しそうなものだが、実際にはある速度で酸素摂取量が頭打ちになったり、同じ速度でオールアウトしたとしても、人によって頭打ちになるポイントが異なったりと、直感に反したり人間の個別性を感じさせたりする現象は非常に興味深いものだ。また、VO2maxの測定に意味がないわけでもない。競技能力が同じくらいの選手なのにVO2maxが異なるという事実に人間の個別性を感じて自分はワクワクする。VO2max90あるという話を聞けば競技能力抜きにそれだけでスゲえと思うし、逆にVO2max60しかないのにトップレベルの選手がいれば何がこの人を速い人たらしめているんだろうとますます興味が湧く。ただ背景を理解せず誤った論理で競技能力と結びつけようとすると話がこじれてしまうのだ。

VO2maxに限らない話だが、運動生理学を競技能力と闇雲に結びつけようとすると話がこじれる場合が多々ある(もちろん、運動生理学の知見が競技能力向上に役立つものも多々あるのは歓迎すること)。初めて自分の血中乳酸濃度を測定した時、人間の身体の中で起こっていることが垣間見えて感動したものだ。外から見ただけではわからない速い人とそうでない人の違いがどうして乳酸によって可視化されるのだろうかと強い好奇心を抱いた。今思うとそれが一番だったのだ。運動生理学を学ぶ上で、人間の身体の中で起こっていることに純粋に興味を持てるかどうかというのは大切な視点だと思う。

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