見出し画像

知財的に面白い企業(その1)

多くの企業には知的財産を専門に扱う知財部という部署が存在しています。通常、「〇〇部」といえば、おおよそどの企業でも似たような業務内容がざっくり想定されることが多いですが、知財部の場合は、企業に依ってやっていることが違う度合が非常に強いといういう意味でかなり特殊です。例えば、大企業と中小企業などステージの違う企業間ではプラクティスがかなり違いますし、また、技術的な業界の違いでも実務レベルで大きなギャップがあります。その根源的な大きな理由の一つは、知財のとらえ方が違うとまとめられると思いますが、扱っている権利の数が違う、権利活用の慣習が違う、ビジネスの規模が違う、プレイヤーの力関係が違う、サプライチェーンの様相が違う、などその具体的要因は様々です。

自分の場合は、立場上、かなり幅広い企業の知財部をみてくることができており、その中でもここは面白いなと思うものがいくつかあったので、パブリック情報の範囲で軽く紹介してみたいと思います(あくまで個人的な観察に基づく私見です)。

今回は第一弾として、半導体関係のビッグプレイヤー、イン〇ルです(パブリック情報なので社名を伏せる意味は特にないのですがなんとなく)。

これは業界、特に米国サイドではちょっと有名なのですが、この会社は、自他ともに認める大のNPE(Non Practicing Entity)嫌いです。NPEの定義は色々ありますが、ここでは、いわゆる実事業を持たずに特許を使ったライセンス収入のみを追い求めるパテントトロール的なものと捉えていただければと思います。

「NPEのことなんて基本みんな嫌いじゃん」って思われるかもしれません。確かに、日本企業の間でもNPEは良くないという声は多く、NPEに提訴されても定額和解をせずに正義のために徹底抗戦するようなところも少なくありません。しかし、正直イン〇ルのNPE嫌いはそんなレベルではありません。

例えば、スラムダンクで喩えるなら、「日本企業のNPE嫌い」が、湘北の応援にきた赤木晴子達が豊玉応援団に対して抱いた嫌悪感であったとすると、「イン〇ルのNPE嫌い」は、喧嘩のプロこと鉄男がヘルメットに対して抱いている嫌悪感に近いと言えます。つまり、「なんとなく自分に害があるから嫌」というより、「理由如何に関わらず、それを取り除くためなら自分の身に危険(警察による補導)が迫っても顧みないほど嫌」ということであり、それほどに底知れぬ憎悪がそこにはあるのです(ゴゴゴ。

では、それが具体的に表れている例をいくつか紹介します。

特許がNPEにわたることを徹底的に防いでいる

イン〇ルという企業は、パブリックになっているものだけでも、過去5年間で約3000件ほどの特許を売却しており(アップルへの通信モデム事業売却に伴う特許譲渡を含めたら計25000件にのぼる)、特許売買が活発な米国の中でも随一の売却数を誇っています。にもかかわらず、イン〇ルの特許はNPEには全くといっていいほどわたっていません。これは、売却の際にあらゆる手段を以て将来的にもNPEへの譲渡が阻止されるような手段を講じているためです。具体的にどうやっているかまでは言えませんが、NPEにわたる可能性があるような譲渡は一切行わないという徹底ぶりで、筆者も以前少々イン〇ルが絡むディールに携わった際には、大いに息を巻いた覚えがあります。この企業は特許オークションなどもやっていることを考えると、そこまでトランザクションを徹底的にコントロールしている姿勢には、もはや鉄男ばりの社会的な使命感に近いものを感じずにはいられません。

大学の特許に対する独自プログラムを立ち上げている

NPEの権利行使プログラムは、企業オリジンの特許に加えて、大学から買ってきた特許に基づいているケースも多くあります。それを踏まえ、イン〇ルは、大学保有の特許に対する一定のライセンスを年間定額で取得しるようなプログラムを立ち上げています。

詳細は以下のスライドで公開されていますが、ざっくり言うと、イン〇ルが大学に対して年間15000ドルの支払いを行い、大学側はクォータリーでイン〇ルに特許リストを提出、イン〇ルがその中から選んだ特許についてのライセンスを取得する、というものでして、大学が意にそぐわず特許を売却してしまった際の補償も担保されています。

https://cdn.ymaws.com/members.lesusacanada.org/resource/collection/E2C1EB32-AECF-4576-A2EE-DFD2416EF3D5/Intel_University_Subscription_Program_-_LES_Presentation_(9_25_17).pdf

勿論、米国の大学は、それ自体でも特許の権利活用に積極的にであり、イン〇ルもカルテック等から痛い目をみさせられていますが、当該プログラムを推し進める根底にある思想は、大学の特許がリスクを孕んだ形でNPEへ流出することを防ぐというポイントにあるようです。

独自のLOTプログラムを立ち上げている

NPE対策ときいてまず思い浮かぶものに、License On Transfer Network(LOT Network)があります。こちらは、特許が売却された際にNPEに対するライセンスを共同で担保するというプラットフォームサービスですが、イン〇ルの場合は、似たようなことを企業対企業のバイラテで実現するような仕組みを独自にもっています。

つまり、実ビジネスをもっている各企業との個別交渉の中でも、常にNPEを大きなイシューの一つとして取り上げているということであり、並大抵の意識覚悟ではありません。

それもこれも、すべては特許をPEに留まらせてNPEを駆逐するため・・・イン〇ルの執念♠

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?