ピラミッド型?or ネットワーク型?
2回にわたって、ピラミッド型組織に対するネットワーク型組織の優位性を述べてきました。今回は、性能比較から離れて《「業務と組織と人材をフィットさせる」ことが、より本質的な課題である》という考え方をみていきます。
この考え方は、 ジョン J.モース と ジェイ W ハリー・レビンソンの2人の経営学者が共著論文『Y理論は万能ではない』(原題 ”Beyond Theory Y")で提起したものなので、まず、この論文の主旨を確認するところから始めたいと思います。
1.論文『Y理論は万能ではない』について
『Y理論は万能ではない』(原題 ”Beyond Theory Y")は『ハーバードビジネスレビュー』(米国版)の1970年5月号に発表されたもので、動機づけに関して過去半世紀間に同誌に発表された名論文の一つとして、『新版 動機づける力』(日本版2009年第1刷、2020年初第9刷)に所収されています。
Y理論(Theory Y)とは、アメリカの経営学者ダグラス・マグレガーが1960年刊行の著書『The Human Side of Enterprise』(邦題『企業の人間的側面』)で提唱した人間観とマネジメント論です。
マグレガーは、「人間は、本来働くことを欲する生き物で、その意欲を引き出すことで、強制や命令によらずに仕事に向かわせることができる」と主張しました。
マグレガー以前は「人間は働くことを嫌う生き物なので、強制や命令によらずして仕事に向かわせることはできない」という考え方が一般的でした。
マグレガーの「Y理論」は経営学と組織論の流れを変える画期的な理論でした。
『Y理論は万能ではない』が発表された1970年は、「Y理論」が組織と職場マネジメントの理想像として定着しつつあった時代です。
この流れに対して、『Y理論は万能ではない』は、Y理論が常に理想形であるとは限らず、より本質的な課題は「業務と組織と人材をフィットさせること」であると主張したのです。
2.Y理論とピラミッド型、ネットワーク型
正確に言うと、「Y理論」はピラミッド型組織を否定したわけではありません。組織構成員の自発性と主体性を前提にしたマネジメントを提唱したのであり、特定の組織の形を推奨するものではないのです。
ただ、「Y理論」はネットワーク型組織と親和性が高いと考えています。組織が縦の指揮命令系統だけに頼らず、構成員同士の横の相互作用も最大限に活かして成果を出すのがネットワーク型組織です。そこでは、構成員各自の職務内容を厳密に規定することはせず、相互作用の中で変化できる柔軟性を担保します。
このようなネットワーク型組織では、構成員各自が《なすべきこと》は、縦・横方向の相互作用の中からから立ち現われてきます。
立ち現われてきた《なすべきこと》を引き受け・遂行するためには、個人が自発的・主体的に働いている必要があります。つまり、ネットワーク型組織は、「Y理論」と同じ人間観に立脚しているのです。
ここで、立ち止まって考えてみなければならないことがあります。それは、ネットワーク型組織は、必ずしも働く人すべてにとって魅力的とは限らないということです。
3.ネットワーク型と個人の相性
自分が《なすべきこと》が相互関係から立ち現われるネットワーク型組織では、構成員は、2、3日後の自分は何をしているか分からない《宙ぶらりん》な状態におかれることになります。
《宙ぶらりんさ》を様々な可能性に向かって開かれた状態としてポジティブに受けとめる人は、ネットワーク型組織をエキサイティングでチャレンジングな労働環境と感じるでしょう。
しかし、世の中は、このような人ばかりでしょうか? 私自身は、《宙ぶらりん》な状態に置かれると、自分が自分の人生を十分にマネジメントできていないと感じ、不安を感じます。上司・同僚と密接に相互作用することには、私の自己マネジメントを外部から撹乱されるリスクを感じてしまいます。
モース と レビンソンの共著論文『Y理論は万能ではない』は、働く人ひとり一人が仕事に求めるものについて、次のように述べています。
ニーズは人によって異なるという考え方は、心理学者がよく理解しているところだが、マネジャーは、どの社員のニーズも同じであると思い込みがちである。ここでは、「どのような人間にも、センス・オブ・コンピタンスを感じたいというニーズがある」と述べるにとどめよう。この一点において、どの人間も同じである。しかしそれ以外は、個人個人でことなる。そしてこれらが異なるからこそ、どのようにセンス・オブ・コンピテンスを感じるかも異なる。
『新版 動機づける力』P264から抜粋
モース と レビンソンは、センス・オブ・コンピタンスを「自分が従事している仕事や環境に慣れ親しみ、技能が向上することでもたらされる満足感の積み重ね」と定義しています。「どのようにセンス・オブ・コンピタンスを感じるかも異なる」とは、《どのような組織でセンス・オブ・コンピタンスを感じられるか》は、個人ごとに異なるということです。
私は、組織は、ざっくり次の2つのタイプに分けられると考えています。
タイプX組織とタイプY組織の特徴は、ピラミッド型組織と、ネットワーク型組織の特徴と呼応しています。したがって、ネットワーク型組織ではセンス・オブ・コンピタンスを感じにくい人も存在することが分かるのです。
4.ネットワーク型と業務の相性
『Y理論は万能ではない』は、遂行する業務によってY理論の有効性が異なるとも指摘しています。
我々は四つの組織に調査を試みた。このうち二つは、自動生産ラインで標準的な容器を高速生産する工場で、その作業は比較的一定していた。残りの二つの組織は、通信技術のR&Dという、やや不確実性の高い仕事に従事していた。
同社の経営陣によれば、どちらの業種においても一方はきわめて優れた業績を上げており、もう一方は劣っていると評価されていた。
『新版 動機づける力』P246~247
不確実性が低い製造業の執務環境、すなわちアクロン工場(楠瀬注:2つの工場のうち業績が優れている方の工場)の場合、組織構造がはっきりしており、業務上の人間関係と職務が正確に定義されていた。
一方、不確実性が高いR&D業務に従事するストックトン研究所(楠瀬注:2つのR&D職場のうち業績が優れているほうの職場)の場合、組織構造は柔軟であり、業務上の人間関係も各人の職務もそれほど厳密に定義されていなかった。
『新版 動機づける力』P250~251
以上の記述から、私はアクロン工場はピラミッド型組織で、ストックトン研究所はネットワーク型に近い組織だと判断します。
しかし、この調査では、ピラミッド型のアクロン工場の方が従業員相互の結びつきが強いことが示されました。アクロン工場の従業員たちは整然と秩序だったチームワークで成果を挙げていたのです。一方、ストックトン研究所の従業員たちは自由度が高く自律的で個人主義的な働き方で成果を挙げていました。
これは、この調査が行われた時代と現代では、企業を取り巻く競争環境が異なり、企業内の組織に求められる機能の仕方も異なることに起因しています。このことについては、また、稿を改めて語りたいと思います。
『Y理論は万能ではない』から推測できるのは、不確実性が低い代わりに安定的に90点の成果を出し続けなければならない業務はピラミッド型組織と相性が良く、不確実性が高く10点の成果と170点の成果が混在していてもよい業務はネットワーク型組織と相性が良さそうだということです。
5.業務と組織と人材のフィット
以上1~4にかけて、ネットワーク型組織には、それと相性の良い人材と業務があることを述べてきました。同様に、ピラミッド型組織にも、それと相性の良い人材と業務が存在すると考えられます。
企業が組織を作り、その組織で働く人材を確保する現実のプロセスは、①遂行すべき業務を明確にし ②その業務と相性の良い組織を選び、③その組織と相性の良い人材を採用する という流れです
したがって、組織マネジメントの核心は《業務、組織、人材という3つの要素を相互に適合させること》にあるのです。業務・組織・人材は三位一体でなければならないのです。
ただし、業務・組織・人材の三位一体に求められる機能の仕方は、『Y理論は万能ではない』が発表された1970年当時と現代では異なっていて、それがネットワーク型組織への期待の高まりにつながっています。この点については、また、原稿を改めて述べたいと思います。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
『ピラミッド型?or ネットワーク型?』おわり
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