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タイガー&ドラゴン ダサいスタジャンで待つ横須賀

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「タイガー&ドラゴン」がリリースされたのは2002年のことでした。

謎多き「ちょいワル」風のふたりの男が横須賀を舞台に、その詩の世界に登場。もともとは、和田アキ子さんが歌うことをイメージして作ったと言われているだけに、昭和歌謡風の歌い方とムードあふれる曲調がなんともたまらない名作でした。脚本家の宮藤官九郎氏はこの曲に着想を得て、のちに長瀬智也主演の同名のテレビドラマを書き下ろしています。

歌詞の中にある三笠公園は、海沿いにある横須賀の代表的な公園です。横須賀米軍海軍基地に隣接し、公園からは横須賀の軍港としての表情が感じられます。また、公園内には、先の日本海海戦で東郷平八郎司令官が乗船し旗艦として活躍した戦艦三笠が保存されています。

近くの船着き場(三笠桟橋)からは、今隠れた観光スポットとして話題の「東京近郊の無人島」、猿島へのフェリーが運行しています。

みなと横浜とみなと横須賀。このふたつの街は国道16号でつながれています。

古くは、ダウンタウンブギウギバンドの『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』で歌われたように、他地域からは、わりと同じようなイメージで語られることも多いのです。

地理的にはいちおう隣接していますが、海に沿っての縦長の配置のせいか、それほどの結びつきがあるようには思えません。いや、横浜出身のわたしの生意気な感想をお許しいただくならば、横浜の人間は(表面上)横須賀にそれほど興味はありませんし、また横須賀の人間も別に横浜に用事はない。それぞれたがいの地で用が足りているから、(たがいに認め合ってはいるものの)擦り寄ることはない、そんな気分なんだと思います。

だが、そうは言っても、時は1970年代~80年代。若者のクルマ文化も盛んだった頃、横浜や横須賀の人間は、夜な夜なこの国道16号を走り回っていました。

比較的空いた夜半に仲間とつるみ、手に入れたばかりのクルマのカーステレオで「ごきげんな」音楽を流しながら、横浜の本牧に溜まり、横須賀の海沿いを流し、観音崎の灯台や三浦海岸周辺の三戸浜などを目指す。馬鹿笑いや喧嘩は絶えず、若者たちの好奇心も、一晩中眠ることはありませんでした。

女の子を連れたデートも、そりゃたまにはありましたけれど、なんとなく現状に不満を募らせている男同士が、ただ黙ってクルマのフロントガラスを見つめている、そんな夜も多かったと思います。

横須賀という地のどこかで知人を想う。それは親友の男かもしれないし、ワケアリだった女性のことなのかもしれません。この短い空想世界の詩のなかで、横須賀というややこしくも「ダサかっこいい」街の空気が漂います。

横浜ではカッコつけすぎて言えなかった、あるいはできなかったことが、ここ「ドン突き」の横須賀の地ではできそうな気がする。

夜、街を走ってみればわかる。横須賀は、横浜ほど灯りのない、静かでゆらゆらと揺れる電気海月のような土地です。

休日の横須賀軍港クルーズでもいい、いまやすっかり観光スポットと化したどぶ板通りでファッションアイテムを漁るのでもいい。あの頃を思い出すために、ぜひ一度、横須賀を訪れてみてはいかがでしょうか。


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日本海海戦で活躍した戦艦三笠と東郷平八郎司令官の銅像がある。

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戦後、駐留兵士向けのスーベニアショップとして栄えたどぶ板通りは、「ダサいスタジャン」の発祥地である。


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