ニュージーランド・バスキング・デイズ vol. 3
オークランド芸人とボクシングデイ、そしてグッドラックKJ sound!!
「風が吹けば」と言うフレーズに続く語句に多くの人は「桶屋が儲かる」と連想するだろう。中には「スピナーベイト」と言う答えが思い浮かんだ人がごくわずかにいるかもしれないが、その人はもれなくバス釣り好きだろう。
風が吹くと波が立ち、プランクトンが壁際に寄せられ、それを狙いに集まった小魚を補食しにブラックバスが寄ってくる。そこへ小魚の泳ぐ姿を模した、取り付けられた金属ブレードがキラキラ光りながらも水中に強力な振動を随時発生させて、ブラックバスの注意を引く「スピナーベイト」を使用する、というのがバス釣り界の定石となっている。
バスキングというのは非常に魚釣りに似ている。天候や気温だけでなく、勿論風の強さにもその成否が左右されてしまう。
よって、天気予報や雨雲レーダーのチェックは毎日欠かせない。個人的な経験によると風の強さに関しては、時速30km/hを超えてしまうと、音がかき消されるからだろうか、もはやバスキングにならない。25〜27km/hは出来なくはないぐらいだ。
これは勿論バスキングスポット周囲の障害物等の物理的な環境にもよる。もしも広場などの開けた場所であったなら、20km/hぐらいの風速であっても厳しいだろう。
また、これらの条件が当てはまるのは、あくまでも私の機材、200ワット程度のスピーカーで、なおかつソロギターというスタイルで、の話である。
パーカッションなどは少しばかり風が強くても音の通りが非常に良い。パーカッションはそういった悪環境に強いが、その代わり近隣の住民や店から苦情が来やすいという難点があり、ヨーロッパの多くの都市でも禁止されているぐらいで、適切なバスキングスポットを探すのにも一苦労する。
どのバスキングスタイルにも一長一短あるので、自分の苦手な状況への対応策を考えておく必要がある。
私の場合は、風があると普通に弾いているだけでは注目してもらえないので、歩行者の視覚へのアピールとして見栄えの良い「タッピング」の曲を頻繁に演奏することにしている。この「風が吹けば、タッピング」作戦は通行人の足を止めるのには高い成功率を誇るが、曲が終わった瞬間に人が去ってしまうことも多い。やはり、風は苦手なのだ。
こうした自然環境の変化に注視して戦略を練ることは、魚釣りもバスキングも似通っているが、両者には一つ大きな違いがある。
バスキングでは、対象である人間が社会の様々な制約の下「消費活動を行う」ため、自然環境の変化とは全く異なった条件が存在するということだ。
これは例えば、曜日によってバスキングの稼ぎに違いが出るという現象がある。
メルボルンで、昨年の10月始めから12月末までの三ヶ月間、幸いなことに同じスポットで、ほぼ同じ時間帯、夜8時頃から11時頃まで、およそ80回に渡りバスキングすることが出来たので、そのデータを分析してみた。
その日の稼ぎを演奏時間で割った値、例えば二時間で100ドルなら50ドル/時という風に、「時間給」を算出して、曜日ごとの「時間給」の平均値、「平均時間給」を計算して、比較してみた。
日曜日は「三ヶ月分全体の平均時間給」とほぼ同じであった。月曜日は8割弱、火曜日は8割強、木曜日は9割であった。
月曜は休み明けなので夜中に飲みに行ったりと歩き回っている人が少ないということかもしれない。
木曜日の値が週始めより少し高いのは、メルボルンでは毎週木曜日が給料日という話なので、飲みに行く人が少しは増えていることが原因かもしれない。
意外にも水曜日が1.1倍であった。月曜から働き続けて週の半ばで一息つきたいという人がそこそこいるのかもしれない。
そして、週末は、日本では花金、英語圏ではTGIF(Thank God, It’s Friday: 神様ありがとう今日は金曜日だ!)と呼ばれる金曜日は1.1倍程度、完全な休みである土曜日は1.2倍強。
週のど真ん中の水曜日と花金が同程度であるのは不思議な結果であるが、金曜日の方がデータのばらつきがとても大きいのだ。成功すると稼ぎが大きいが、失敗した日も多々あるので、平均値が水曜日と同じぐらいになっているのは偶然だと考えられる。
土曜日に関しては言わずもがな、日曜日は休日であることと月曜日への備えが相殺しあっていると思われる。無論これは一カ所だけのデータなので他の場所では異なる結果が出るかもしれないが、このように曜日ごとの違いも調べてみると意外に差があることが分かるものだ。
しかし、ここオセアニアで最も分かりやすい、人々の消費行動が活発になる日という日があり、それが「ボクシングデイ」である。
何せ、欧米文化圏最大の文化的イベントであるクリスマスの翌日であり、数々の店がこぞって大幅割り引きセールを行う、これまた祝日指定のイベント日だ。人が全くいなかったクリスマスとは打って変わって、街中に人が溢れ返る。この日を狙わないバスカーはいないであろう。
ボクシングデイ前日、すなわちクリスマス惨敗後の夕方、KJ soundの二人が差し入れでもらったハンバーガーとポテトとご飯ものをそれぞれ2人前ずつ、KJ soundとフランス人バスカーのローランドと私の4人で何故かシェアしていた時に、ロカは翌日は朝11時時には場所取りして始めると言った。
それまでタツさんと同じ郊外のフラットに住んでいたロカは既に、私がずっと滞在しているバッパーに引っ越し済みで、今もなお郊外に住み続けているタツさんはバスで30分かけてシティに来て合流するという算段を二人で確認しあっていた。
意気込み十分の二人とは対照的に、私は自分のペースでバスキングしたいので、ボクシングデイとは言え、いつも通りの出勤時間にしようと思っていた。
二人が発奮しているのも無理はない。ボクシングデイがKJ soundとしてのオークランド最後のバスキングになるからだ。
その翌日の27日にはロカは南へ向けて旅立つ。タツさんは1月中旬にオークランドを去り、南島の中央部クィーンズタウンでロカと再び落ち合い、少しばかりの期間ではあるがKJ soundとして再活動する。
しかし、少なくとも、オークランドの人達にとっても、私にとっても、二人の演奏を見るのはこの日が最後と言うことになる。
翌朝私はいつも通り12時頃にクィーンズストリートに出て、バスキングスポットを探した。一番人気のヴァルカンレーンはハンガリー人の大道芸人、イスヴァンがもう既に人垣を作っていた。少なくともあと1時間以上はあのスポットは空かないであろう。
あとで交渉して譲ってもらおうと思い、いつも通りのTopShop前に向かっていると何やら聞き覚えのある音がする。見てみるとやはりKJ soundが演奏していた。
いつもは他に誰もいないので、私が良く演奏している場所だが、今日はKJ soundが主役だ。是非とも自己記録を更新してもらいたいものだと思い、他の場所を探した。
どうやら数少ないレギュラーバスカー組が全員バスキングに出て来ているようで、スポットが見つからず、私は仕方なくヴァルカンレーン斜向かいのバスキングスポットとしてあまり認識されていない場所でバスキングを開始した。
やはりここでは難しいかと思ったが、なぜかドネーションがちらほら入った。CDはそれほど売れない。
少しばかり演奏した後に、ひょっとしてTopShop前が空いているだろうかと思い、一度見に行ったがKJ soundの二人が鬼気迫るような雰囲気でパフォーマンスしていたので、水を差すのも野暮と軽く挨拶してヴァルカンレーンへと向かった。
スポット近くのベンチに座ってぼーっと待ってるとイスヴァンが気づいてくれて、あと少しで終わるよとジェスチャーしてくれた。
2時頃に交代して、ようやく演奏を開始するが人が全然止まらない。何なんだこれは?人々がどういう精神状態なのかを必死に考えながら色々試してみる。
困ったときのタッピングをしてみても少しは止まるが、その次が難しい。バスキングにも構成が必要だ。
歩いている人は軽い興奮状態にあるので、1曲目で派手な曲で人の足を止め、2曲目でじっくり聞いてもらい、3曲目で完全にリラックスしてもらうといったように、聴き手の精神状態をコントロールして自分のパフォーマンスに集中してもらえるような状態に徐々に導いていく。
この場合、1曲目と2曲目のテンポはほぼ同じぐらいである方が良く、2曲目のテンポが遅いと人はすぐ去ってしまう。よって、タッピング曲を演奏してとりあえず人の足を止めて、それに続く同じぐらいのテンポの曲を色々試していくのだ。
どれが正解なのだろう?
今までの経験で似たようなケースはなかっただろうか?
何度かトライしてみるが上手く行かない。
このままだとただギターを黙々と弾くだけで、頑張って演奏している哀れな姿で道行く人々の同情を誘う禁断のテク、「スーパー物乞いモード」しか方法がない。
皆さん、ここにとても惨めなバスカーがいます。
この中の誰かが優しかったならこのやさぐれたバスカーが1人救われるんです。
余計な雑念と戦っている時、ふと思い当たった。
そうだ、ホワイトナイトフェスパターンか。
ホワイトナイトフェスティバルというのは毎年2月末にメルボルンで行われる大規模なフェスで、街中が明かりを落とし、いつも車やトラムが走っている大通りがことごとく歩行者天国になって、特設ステージがいくつも設けられる。本当はバスキングは禁止されてはいるのだが、バスカー達はこぞって、いつもトラムが走っている通りを歩いている人々にスピーカーを向ける形で、ゲリラ的にバスキングする。
私も昨年の2月に強豪バスカーに混じってこのフェスに参戦した。色々試した結果、普段はメルボルンで決して受けない打撃系の曲を1曲目に、タッピング曲を2曲目、スローなタッピング曲を3曲目に演奏するセットリストにたどり着いた。他の曲を1曲でも演奏すると人は完全にはけてしまう。
ボクシングデイで人々は購買欲に猛っていて、集団心理によって更にブーストされた「フェス状態」にあるのだろう。打撃系の曲はメルボルンでも受けがあまり良くなかったので、オークランドで受けるはずがないと思い、演奏してこなかったが。
ダメ元だと思い試してみると、ようやく思い通りに人が止まり、次の曲まで聞き続けてくれ、コインが入っていく。
3曲目のスロータッピングでは、ほとんどの人が去ってしまうが、2曲聞いてくれた人は去り際にドネーションを入れてくれる。最初の2曲でじっくり聞いてもらい、3曲目で人がはけるといった回転率の良いサイクルでバスキングは順調だった。
極めつけはTopShop前を終えたKJ soundの二人が、ヴァルカンレーンにやって来て、ギターケースにコインを入れてくれた上に、タツさんがムービーを撮り始めた。
サクラというのはバスキングでも最も人を集めるのに効果的な方法である。誰かがじっと見ているだけで通りすがりの人も何事かと思い立ち止まるのだ。タツさんのサクラ行為のおかげでCDが何枚か売れ、ちょうどその場所で演奏出来る時間を超えたので、バスキングを終えて、KJ soundに場所を譲ることにした。
その後、TopShop前を試すもそれほど良くなかったが、トータルとしては悪くはない程度であった。
KJ soundの二人がブリットマート駅中の待合所スペースででコインを数えているところに合流した。CDが四枚しか売れなかったのに、その10倍にあたる額のドネーションをもらっていた。タツさん曰く最高記録だと言う。
そのあと、3人で日本食レストラン吉沢に向かい、店員さんが目を丸くするような注文をして、翌日旅立つロカとのしばしの別れを惜しんだ。
ロカが「次会うまでに俺は成長しているはずだ」とタツさんに言っていたのが印象的だった。食後、私はクールダウンをかねてハーバーへナイトバスキングに行き、帰ってくるとロカはバッパー前でずっと煙草を吸っていた。
次の日の朝に見送りするから出発前に電話するように告げて、その夜は別れたのだが、ロカは案の定と言おうか、寝坊し、急いで荷造りしてチェックアウトしたので、連絡が来たのはロカが予約したバス停に到着してからだった。
毎日会っていたロカはもうオークランドにいない。相方が先に出発したタツさんは元々一年近くオークランドに住んでいたが、2月に帰国が迫っているので、クィーンズタウンへ出発する日までオークランドを中心に色々と旅行すると言っていた。
私はと言えば、日本食レストラン吉沢に毎日昼夜訪れるようになり、通い始めて1週間経たないうちにスタッフの人達の間で有名人になってしまった。
ある日カレーを大盛りにしなかっただけで、凄く心配されてしまった。毎食外食ではあるが、これぐらいしか楽しみがないので自分へのご褒美として考えておこう。
グッドラック、KJ sound!!
続く。
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