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台北・バスキング・デイズ vol. 7

雨が降るって君がいうから -後編

「雨っていうのはとても憂鬱な気分になっちまう。こう雨が続くと気持ちが沈んでしまって、学生時代の雨の日に、傘を忘れた気になる女の子に傘を渡せなかったなんていう、遠い昔の記憶をふと思い出したりして、感傷に浸ってしまうもんだ、コノヤロー」

なんて、若かりし頃の淡い思い出を台湾語で語ってそうな飯屋の親父さんも、さすがに元気がなさそうだった。

本日も雨。

台北はちょうど石垣島と緯度が同じで、亜熱帯気候に属している。よって、年間を通して雨がとても多い。この四月は比較的雨が少ない月らしいのだが、それでも日本人の私から見ると、降り過ぎなぐらい降っている。

とは言え、熱帯地域で頻発しているイメージの強いバケツをひっくり返したようなスコールは、夏場に多いらしいが、この時期は稀で、どちらかと言うとパラパラといった感じの小雨が多い。

いずれにせよ、雨が降ってしまうとバスキングはできない。

木製のギターが雨に濡れてしまうのも嫌だし、機材が雨によってショートなんてしたら最悪だ。よって、雨の日はバスキングはしないと、心に決めていた。

メルボルン時代を思い起こせば、毎日天気予報と雨雲レーダーばかり見ていたものだ。天気予報はweather.comというサイトをよく使っていたが、降水確率が30%を越えるとバスキングに行かないほうが無難だということが、経験的にわかっていた。

また、雨雲レーダーを組み合わせて、自分がこれからバスキングを行う場所で雨が降るかといった、局所的な情報を盛り込むことで、予報の精度を上げることもできるのだ。

一見、雨雲レーダーだけでも十分間に合いそうだが、レーダーは30分先までしか予想してくれないので、まったく雨雲が写ってないのに、天気予報で雨が降ると予測した時間にレーダー上に突然、どん、と大きな雨雲が発生するなんてこともある。

そして、風速も重要で時速25kmを超えてくると、バスキングは厳しくなる。これは、アンプを使っている人やと、生楽器を使っている人とでもだいぶ差があると思うのだが、アンプからの音は耳元で風にかき消されてしまっているのか、人が一旦足を止めてくれても、風が吹くと歩き去ってしまうことが多い。

これらの経験から、台北でも雨が降りそうな日や時間帯を予測してやろうじゃないかと当初は息巻いていたのだが、台湾で天気を予測するのは至難の技だということが後々わかってきた。天気予報が当たらないのだ。

「台北 天気」でGoogle検索をかけるが、トップに出てくる天気予報がまず当たらない。

一週間先の天気まで予想してくれているのだが、2、3日前まではずっと「だから、何度も聞いてくれても、晴れは晴れです。」って感じで、頑なに予報結果を変えないのだが、前日ぐらいに「やっぱ、違うかも。ちょい待ってて」って感じで降水確率が20%ぐらいに跳ね上がって、で当日の朝頃には「今日雷雨だわ。降水確率60%だわ。ごめんね〜。」て豹変する。で、結局降らないっていう。

あまりにも当たらないんで、別の天気予報サイトもチェックしまくったり、人気観光スポットである台北の観光案内サイトとか覗いてみたら、日本のサイト「天気.jp」がもっとも的中率高いとか。いや、ここ台湾ですけど。

で、雨雲レーダーはweawowを使って、天気予報はweather.comを含めた複数のサイトを比較して判断する。それでも、天気を当てるのは難しい。

結局、台北といってもそれなりに広いエリアなので、台北での降水確率が50%を超えたとしても、西門エリアでは全く降らないこともあるわけだ。

なので、そういう時は雨雲レーダーをチェックするのだが、雨雲は降水量が少ない順に青色から緑色、黄色、赤色と表現されていて、青色の部分が西門町にかかっていたら出撃中止を即決できる。

しかし、薄い青色は判定が難しい。よく見てたらかかってそうな気もする、いやでも、ここは大事をとって、出撃中止にしようと、宿でくつろいで、晩御飯を買いに外に出てみると、雨が降った形跡が全くない。

そんな時は、「もう俺は何も信じねぇ」と心に決め、天気予報や雨雲レーダーが「降るで」と言ってても、無理やり出撃してみるも、ぱらつく雨に翻弄されて、結局バスキングは無駄骨になってしまう。

こうなってくると、自分の天気予報の精度を上げることに躍起になってしまって、すごく判定が微妙な時に「今日は雨」と出撃中止を決断して、いつもバスキングしている時刻に雨が降っていることを目で確認できると、よし、とガッツポーズをしてしまう。

逆に、今日は降るでしょう、と判断したのに降りそうな気配がないと、天に向かって「雨よ、降りたまえ」と雨乞いに至ってしまう始末。降ったら降ったで、「ほらね、言わんこっちゃない。バスキング行かんくてよかった」なんてことを一人でやっているのである。

そう言えば、現地のバスカー諸君はどうされているんかな、と思っていたのだが、とあるハープ弾きのお姉さんは、でかいパラソルを立てて、スピーカーにビニールを被せて、雨の中バスキングを続行していたいたので、やはりみんな対策してるんだな、と他人事のように感心してしまった。

雨の降りやすい地域だからあらかじめ対策はしておくべきなのではないか、普通は。

しかし、雨のせいでバスキングがおじゃんになってしまうなんてことは普通にあることなので、そういう時は晴耕雨読に徹しようと対策は抜かりないのである。

昨年の1月から洋書多読に挑戦しており、念願の目標であった20世紀最高のSFと謳われる「ハイペリオン」四部作を半年かかって通勤時間中に読み終えてしまったのだが、年が明けてからは一ヶ月に二冊は読破しようと躍起になっているのだ。

今回の台北滞在は一ヶ月と決めていて、普段より読む機会は多いだろうと五冊ほど持ってきていたが、流石にバスキングで忙しくて、読む暇ないでしょう、せいぜい二冊読めたら御の字だな、と思っていたところ、あまりにも雨が降る降る詐欺が乱発して、バスキングが中止になるもんだから、あっという間に四冊目に突入してしまった。

言っておくが、英語の勉強をしている身とは言え、そんなにすらすら読めるレベルではない。日本語の本と異なり、200ページものでも、ゴールまでの道のりの遠さに絶望してしまうことも毎回のことだ。

晴耕雨読の字面で言うところの、雨の日があまりにも多いので読の部分が自ずと充実してきて、本末転倒な状況になってきている。この文章の意義も曖昧になってきてないか。バスキング体験記なんだけど。

昼前に起きて、156飯包で昼食を平らげ、歴史建造物に入っているスタバでコーヒーを飲みつつ、読書に専念し、その後宿に帰ってもオープンスペースで読書しているか、文章書くかの二択だ。

もはや、ただの観光じゃないですか。職業バスカーではなく、趣味バスキングの人じゃん。ま、あながち間違ってないけど。

そして、あるとき気づいてしまったわけだ。バスキングに出れない焦燥感なんてもはやなくて、「なんて快適な日々」と思い始めてしまっている。ご飯は美味しいし、ネット環境も整っているし、体がどんどん健康になっている気がする。

そして、ある日伸びをしていて、ふと思いついてしまった。背中側に手を回して、右手と左手がタッチできるのかと。

私は右手を上から、左手を下からくぐらせたとき、指先がわずかに触れる程度で、逆は全くできない。「背中握手」と検索すると、色々ストレッチの方法が載っていたのだが、よくよく考えてみたら、姿勢がもともと悪すぎるくせに、机に向かってることが多く、肩甲骨周りの柔軟さが必須であるギタリストとして致命的ではないかと思い、何気なくストレッチを始めたわけだが。

当然、背中でがっちり握手するなんてほど遠い状態だが、ストレッチを開始して、二、三日ほどして気づいてしまった。

自分の姿勢の悪さから、この二、三年は椅子に座り続けるのもしんどいくらい悩まされ続けていた腰痛がぴたりと治ってしまったのである。

腰痛がひどくなってから、足腰のストレッチや体幹を鍛えるプランクも日々行なっていたが、効果がずっとあるわけではなかったのに。今や、背中握手ストレッチをするだけで、腰痛がまったく起きなくなってしまった。

長年の悩みが一挙に解決してしまった衝撃に自分の本来の目的を忘れかけてしまったが、自分の願望や思惑とは裏腹にどんどん関係無い方ばかり充実していってしまう。

バスキングなんてやればやるほど、心身ともに荒んでいくものなのに。

その過酷さゆえに、体のあちこちに不具合が出ても、「でも、自分バスカーですから」と不敵に笑みを漏らしつつもギターを背負い、バスキングに向かう。そんなとこにバスカーの美学があるんじゃないのか。

どうすればいいんだ。

どんどん、健康になってしまう。

続く。

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