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【九州Heaven Ride 2017】スタートする時に考えること

わたしは、スタートラインに並ぶと「また今年も、この季節がやってきた」と思う。初めてこのイベントに参加した時は、スタートラインの横のグラウンドが雪で真っ白だった。確か気温はマイナスで、雪の下は凍っている大地を感じる。太陽も射していない、凍結酒と朝風呂の温泉がお似合いの朝だった。

「これ凍結してるでしょ。走るの?本当に走るの?ねぇ?」

同じチームの仲間は「既読スルー」状態で、無反応であった。わたしは、仕方なしに前のチームがスタートしたので、位置を前にズらして「本当に走るのかよ」と独りつぶやていた。正直不愉快だった。大のオトナが何故転ぶのが分かってるのに、走らねばならないのだ。ギャラをもらっても走りたくない。

「はーい!一番端の方笑ってくださーい!」

主催者スタッフの方が、記念写真を撮ってくれている。わたしは、不機嫌そうな顔のまま、カメラの方を見た。ネックウォーマーで、顔はほとんど覆われている。アイウェアは、イエローのグラスに変えていた。普段はスモーク色のグラスを装着するのだが、この曇天では、山影やトンネルに入ったら何も見えなくなってしまう。

「ではスタート!」

エアホーンが鳴って、ゆっくりと走り出した。スタートして会場の建物の周囲を巡るように廻り込むと、坂を下る。坂を下りきる手前に人影が見えた。

「こっちですよー!気をつけて!」

コンクリート舗装された道から左手の崖沿いに、農作業用のあぜ道にみえるラインが見える。これは道では無い。自転車の轍が行く線も残っているラインが見えるだけである。

「まじかよっ!」

チーム仲間は、急坂になっている轍に向かってスピードを上げて行く。下りの勢いをつけて登り切る算段なのだろう。フロントのギアをインの小径に落とす。フロントギアがアウターでは、この急な登りは無理だろう。みんな、どんどん轍でリアタイヤを滑らせながらも、あぜ道を登っていく。

「うううっ」

勢いをつけたはずだが、恐怖から脚がすくんでスピードが足りない、あぜ道は雪と、泥と、枯草と、枯葉が混じって、すでに泥んこ状態である。タイヤに泥がまとわりついて、失速するのがわかる。ペダルを一生懸命回転させても滑って、トラクションがかからない。あれよあれよと停まってしまった。クリートから足を外して、地面につく。

「あー。もう」

チーム員は、あぜ道を登り切り見えなくなってしまった。わたしは、自転車をいったん降りて、押してあぜ道を登る。泥が靴からはねて、ウエアには泥と雪の混ざったみぞれのしぶきがかかる。ホイールも泥だらけだ。

「なんで、こんな所にきちまったのかね。まったく」

あぜ道を登り切ると、旧国鉄の廃線跡の林道が伸びている。すでにチームメイトの背中は遠くになっていた。空を仰ぐと、曇天の向こうに鳥が見えたような気がする。気がしただけかもしれない。この先、このグラベルをロードバイク自転車で走ると思うと気が滅入った。引き返しちゃおうかな。どうせわかないだろうし。「苦しい時には、甘える」黒いわたしの小人が、アタマの中をよぎる。

「ま。しかたねーから行くか」

独り事を空に向かって呟くと、自転車にまたがって、凸凹でガタガタする林道をゆっくりと走り始めた。恐怖でハンドルを握る力が強い。しかし、どうすればいいのかわからない。何度も転びそうになって、足をクリートから外して地面に足をつく。何分走ったからわからないけど、切通しのような谷を超えると、小さな橋にみんなが待っていた。その顔は「してやったり」という笑みである。

「聞いてないよー」

橋の向こうを、指差している。朝陽が輝き、橋の上からは田畑が白化粧した絶景が待っていた。みんな記念写真をそれぞれ撮っている。それぞれのチームがスマホを渡して、撮りあいっこになった。初めて会う顔、初めて走る人。一緒の時間をシェアしている。速く走るのではない。この物凄く強烈な体験の時間を一緒に過ごしているのは、不思議な感覚だった。

3年前の出来事を、思い浮かべて今年もまたここに戻ってきた事を、しみじみと感じている自分がいた。さぁ、これからスタートだ。初参加のチームメイトは、不安そうな顔をしている。スタートのホーンが鳴った。

「さぁ、いこうか!」

わたしは、既にあちら側の人間になっていることに、その時気がついた。3年前に、笑みですべてを説明してくれたあの仲間と同じ側にいることを。

これは、説明用の文章です。あしからず。


【九州Heavenライド2017編集室】
「Tea room茶のこ」
熊本県阿蘇郡南小国町赤馬場101−1
プロジェクト担当・池松
Mail:kshr2017.edit「@」gmail.com

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九州 Heaven Ride 2017 を10時間走り、取材し、インタビュー録音し、撮影をし、ハンガーノック症状にならないようにしながら、古傷と戦った、18時間を振り返ります。

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