DART衝突実験の結果を高精度で測定

2022年、NASAの探査機DARTによる小惑星の衛星ディモルフォスに対する衝突実験が行われました、衝突に伴う軌道の変化を知るために衝突後のディモルフォスの軌道の詳しい観測が続いています。そのような観測の最新の成果をまとめた研究が公表されています。

この研究は北アリゾナ大学の Cristina A. Thomas氏を筆頭とする研究チームが2023年3月5日にプレプリントとしてarXivに投稿し、3月6日に公開されたものです。研究チームには惑星探査を担当するNASAの下部機関であるジェット推進研究所 (JPL) の研究員が複数参加しています。arXiv投稿に際する著者らのコメントによるとこのプレプリントは学術誌『ネイチャー』に受理済だとのことです。

[2303.02077] Orbital Period Change of Dimorphos Due to the DART Kinetic Impact (arxiv.org)

これまでの観測では、衝突実験によりディモルフォスの公転周期が変動し、その変動幅が予想以上に大きいことが示されています。今回の研究は新たな観測データを採り入れた分析により公転周期の変動幅を20秒の誤差範囲で突き止めました。

DARTのあらまし

DART (Double Asteroid Redirection Test) とは、2021年に打ち上げられたNASAの小惑星探査機です。この探査機は通常の探査機ではなく、地球に衝突可能性のある小惑星に衝突することで軌道を変更し、地球への衝突を回避するという「惑星防衛」構想の実証実験として計画され、2022年9月26日に小惑星デディモスの衛星ディモルフォスへの衝突実験に成功しました。

小惑星ディディモス (Didymos) は地球近傍小惑星の1つで直径780mの小さな小惑星です。衛星ディモルフォス (Dimorphos)は直径180mというさらに小さな天体で、ディディモスから約1200m離れた位置を公転しています。実証実験の成否は衝突に伴うディモルフォスの軌道の変化を測定することで確認されます。軌道の変化の中でも特に正確な測定が可能な公転周期の変化に最大の関心が向けられています。

DARTはディモルフォスの公転運動に対して正面衝突する形で突入しました。これによりディモルフォスは運動量を失い衝突以前よりも半径の小さい軌道に遷移し公転周期は短くなりました。

予想外の結果

最も単純なモデルではDARTの衝突は、ディモルフォスにDARTの運動量の総量を純粋に伝達する完全非弾性衝突として扱われます。この単純なモデルによる予測ではディモルフォスの公転周期は衝突により7分短くなると予想されました。しかし衝突から12時間以内に行われた観測・分析の段階で公転周期の変動は36±15分に達していることが判明しました

この大きな変動は想定の範囲内のものでした。衝突実験の事前準備として行われた2022年の研究では、衝突にともなう噴出物によってDARTが直接伝達するより何倍も大きい運動量が運び去られることで最大で40分を超える公転周期の変動が起きうることを予測していました。とはいえ、この効果の大きさは衝突地点の地質に敏感に影響され、事前に正確に予測することは不可能なものです。この効果の詳細な研究のためにも正確な公転周期の変動幅の測定が急務となりました。

衝突に伴う衝突直後にもたらされた「36±15分」という予備的な観測結果は統計的には「変動が起きたこと=実験成功」が確実とまではいえなくなるレベルの誤差を含んでいました。

その後、2022年10月22日にNASAのDARTに関するプレスリリース(https://www.nasa.gov/press-release/nasa-confirms-dart-mission-impact-changed-asteroid-s-motion-in-space)が発表された時点では誤差は±2分に縮小しており、実験の成功は確実となっていました。

なおディモルフォスの衝突前の公転周期は長年の観測により11時間55分17.30秒±0.16秒という非常に精度の高い値が知られていましたので、衝突に伴う変動「幅」の誤差はほとんどが衝突後の公転周期の測定誤差に起因しています。

ディモルフォスの公転周期を精密に測定するための観測は続いており、今回の研究はそのような地道な活動の成果をまとめたものです。
今回の研究は衝突後のディモルフォスの公転周期の誤差範囲を

1シグマ(68%信頼区間)で11時間22分16秒±20秒
3シグマ(99.7%信頼区間)で11時間22分16秒±1分

という従来よりもさらに狭い範囲にまで絞り込んでいます。
この周期から導かれる周期の減少幅は33分1秒±20秒で完全非弾性衝突の予測(=7分)よりおよそ5倍も大きいものであることが確認されました。

また、今回の研究は、ゴールドストーンのレーダー施設によるレーダー観測の結果を踏まえて異なる観測・分析技法を採り入れた分析でも互いに一致した公転周期が得られることを確認しました。これにより未知の要因により系統誤差が発生しているというリスクを低減し結果の信頼性を高めたことも数値上の誤差範囲の縮小以上の大きな前進となっています。





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