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京都鉄道博物館とローソンへ行った日
友人に誘ってもらいローソンドラッグひかり蛸薬師高倉店のこども店長体験に参加する。
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ローソンの制服を着せていただいて、お客さんに「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と挨拶したり、冷蔵庫に入って品出しをしたり、からあげクンを揚げたり。わざわざこの体験のために人員を増やし、時間を割いてくださり「なにするんかな」ぐらいの感じで参加したことが申し訳なくなるぐらいだった。
小学生ぐらいの子どもを想定しているのだろうけど3歳児もあたたかく受け入れてくださり。(本物の)店長さんも店員さんも優しくて、何よりご自身も楽しまれているのが伝わってきて、人対人のやりとりだなあという感じがしてほっとする。楽しいひとときだった。
似たような服を着て、似たような表情で、似たようなことを言う。それらははたしてほんとうにネガティブな表現だろうか。同じように見えてもそこに至るまでの過程はそれぞれ。レディメイドようで一つ一つ違うということ。なにかネガティブなことがあるとするなら、それは多くの人が「似ている」「同じ」ことではなく、そんな人たちのことをまるっとまとめて「似ている」「同じ」と無邪気に断定する行為だろう、そこに違いを見出せないことだろう。「ローソンの店員」のまま、一人の人として子どもたちに接してくださる店長さんと店員さんを見ながら思った。
きっと体験の様子をSNSにアップすることも体験の効果の一つなのだろうと思いきや、写真のアップは厳禁とのこと(多分バックヤードが写るからだと思うけど)で、本当に地域のためにされていることなんだなあと、それもまたいいなと思う。
友人たちとランチをした後は家族で鉄博。
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鉄道博物館に溢れる子どもたちは「子ども」という属性は同じだけれども、当たり前ながら一人一人違う。すれ違った女性がカバンにつけていたスタジオアリスのキーホルダーには私の子と同じ背景で同じポーズをした子どもの写真が刷られているけれど、それとこれとは違う。子も違えば、撮った人の気持ちも。鉄博を出て向かった公園にいた女の子はおそらく京都水族館で買ったであろうイルカのぬいぐるみを抱えていて、それは私の母が須磨水族館で子に買ったものとまったく同じだった。でも違う。子どもが毎晩抱えて眠るそれと、あの子がたった今から思い出を重ねていくそれが同じわけはない。
そんな違いを見つけていく。できれば言葉にしていく。私の楽しみはそういうことなのだと思う。
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