草野マサムネのことばかり

考えている。近頃家事をしすぎて手が荒れて困っている。これは急に関係ない話をしたように見えて関係があるのだ。草野マサムネは手湿疹で指輪ができなくなった、と語っていた。だから荒れても嬉しい。変な生物だろ、私。

そんな草野マサムネを思い、右手薬指に指輪をしている。現在もである。全然形は違うけれど、こんなもの気持ちである(特定できたならそれを買うに決まっているのだが)。

スピッツの曲ばかり聴いている。高校生くらいからマッシュルームカットにしている時期がある、すべて草野マサムネの画像を見せた。その美容室で「草野マサムネさん好きだから草野さんっていうんですか?」と訊かれたことがある、今考えても全く意味がわからないが、美容師さんも疲れていたんだな、と思っておくことにする。

草野という名字も好きになってきた。小学生のときに、「くさい」という単語になぞらえて同級生からバカにされたりしてとても嫌だった。しかし、草野マサムネも、「小学生の頃、くさいの君と言われた」とラジオで語っていた。救われた。同じ悩みを共有していたのか。この苗字に生まれた価値があるなあ、と思った。

この苗字に生まれた、と勢いで書いてしまったが、旧姓は草野ではない。小さな頃に両親が離婚してくれたおかげで、「草野」姓を得られたのである。と書くと私の意思が介在したように聞こえるが、まだ歩くかどうかのところだったので無論そんな意思などない。

そんな離婚さえ、小学生の頃の苦い思い出さえも肯定できるようになるほど、草野マサムネが好きなのだ。

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