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【詩】かがみのせかいのいりぐち

鏡面世界の入り口は

或る夏の日の物語
なかなか彼を構ってくれなくなったお母さんに嫌気が差して
彼は少し家出することにしたのです

家出先はお風呂場の中
ふと足を滑らせて浴槽に飛び込んだ彼は
左右全てあべこべの
不思議な世界に迷い込んでいたのです

お風呂場を飛び出した彼の目の前には
やはり左右あべこべの部屋が広がっていて
しかしどこを探してもお母さんはいませんでした

でもそのかわりに

初めて出会うはずなのに
なぜだか会った気がする
そんなお姉さんが一人佇んでいたのです

話しかけてみても
言葉は通じないけど
彼女を守ってあげなきゃと
彼は思ったのです

外を指さす彼女の為に
彼は彼女を街へ連れ出します
見たことのない世界に
目を輝かせる彼女がとても楽しそうだったので
彼はなんだか誇らしくなりました

あべこべの誰もいない街の
あちらこちらを回り終え
すっかり辺りは暗くなり
けれども帰ったお家には

明かりは点いていても
其処には誰もいなくて
浴槽の水はいつの間にか
すっかり無くなっていて
水を出そうにも蛇口は動かなくて

どうしようもない気持ちになって

でも涙流さないように必死な顔をした
そんな強い強い彼に
彼女はそっと寄りかかったのです

歩き疲れて泣き疲れて
いつの間にか眠っていた午後9時

耳に伝わる水の音に
目を覚ました彼が駆け込んだ
お風呂場の浴槽に張られたお湯は
きっと向こう側への帰り道で

「一緒に行こう」と彼女の手を握ると
彼女はその手をゆっくり離し
微笑んだまま頷いて
彼を浴槽に押し出しました

気づくと彼は元の世界のお風呂場で
泣きそうな顔をしたお母さんに
ごめんと告げて夕食を済ませ

ふとベビーベッドを覗きこむと
まだ幼い妹が
ニッコリと微笑んでいました

或る夏の日の物語

鏡面世界の入り口は

きっと

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