マガジンのカバー画像

群盲評象2023(370過去記事、2023年12月末まで)

370
本マガジンは、2023年1月1日から2023年12月31日までの365日分、桜井健次(筑波大学数理物質系名誉連携教授、イメージング物理研究所長)が毎日投稿するエッセイを収録します…
現代は科学が進歩した時代だとよく言われますが、実のところ知識を獲得するほど新たな謎が深まり、広大な…
¥4,200
運営しているクリエイター

#毎週ショートショートnote

モミの木がなくなった

ねえねえ、昔、クリスマスツリーにモミの木が使われていたんだって! そんな時代もあったよ イエス・キリスト生誕と何の関係もないトナカイや、サンタクロースと一緒に世界中で大流行した 雪が降らない中東のベツへレムで生まれたのだから、本来はラクダが歩く砂漠、それにサボテンなんだろうが、商業主義やエンタメとマッチしない そうだったの? では、どうして、モミの木はなくなってしまったの? かつてキャンドルに火をともし、モミの木に飾り付けていたよ 本物の木と火だから、火事になる心配もあ

200周年

パイプオルガンの音が厳かに響いている とても明るくてまばゆい 壁にかけられた巨大な絵画はあまりにも生き生きとしていて、会場の参加者と見間違えるほどだ 同じ光景は100年前にも見られたそうだが、いまここにいる人々にとっては、初めてだ 昨夜、突然、この街で1番明るい場所になった そこに全員集まるのだという話がどこからともなく広がった こんな場所でこんなイベントがあるなんて ピポパ っという音が聞こえた いや、TA-RAーHA だったかも 聞いたことのない宇宙語の可能性がある

ニューオーリンズの夜

ニューオーリンズと言えば元はフランス領土だった街だ 幽霊と吸血鬼のツアーが人気だ 観光客向けのただの遊びのようなものだとずっと思っていた だが、本物の吸血鬼がそこに生きていた その吸血鬼を懸命に追う者たちがいる 吸血鬼は日の出の前にはどこかにある棺におさまり隠れてしまう 夜明けまでに追いつめる必要がある そうすれば、棺を暴き、日光を浴びせることもできよう ある日、吸血鬼は密会の会場に忘れ物をしてしまった 懸命に探すが見つからない あろうことか、スマホを忘れてきてしまった

角から円へ

その昔、直方体を多少変形したような形状で4つの可動ホイールがある乗り物があった 馬や内燃機関の力で移動する 車両は先頭部にも後部にも、最低でも2人ならぶ構造だった 先頭部には運転手がおり、その隣に助手がいた その不合理は自明である 2列にして左右のどっちを基準にするかというルールの違いから混乱が生じ、事故が起きる 無人のお掃除ロボットで検証された円盤型または球型スタイルへの移行は必然的だった 中心軸に対し背中合わせに6座席を全周をカバーするように並べた6人乗りが人気だ

ミニマリストの決心

ジュリエットが叫んでいる ときめかないものは容赦なく廃棄するべきなのよ! いざ捨てるとなると躊躇する人、多いよね あまり責めるのはかわいそう 「有」を出発点にすると、その犠牲プロセスはひっかかるが、もし何もない「無」が出発点ならば、全然気にならない だから、いったん全部捨てて「無」にして、ときめきを感じるものをすくいとる 他のものは、すくいとらず、見送るだけ 聖書にこんな一節があるよ ジュリエットが叫んでいる これからは、何を着ようかと思い煩わないように自己訓練するのよ

予告殺人の結末

十人の娘が旅に出た 滝に打たれて一人目が死んだ 九人の娘が旅に出た 橋から落ちて二人目が死んだ 八人の娘が旅に出た 崖から転げて三人目が死んだ 七人の娘が旅に出た 熊に食われて四人目が死んだ 六人の娘が旅に出た 蜂に刺されて五人目が死んだ 残った五人が旅をした 「なんだか、こわい!」 「順番に死んでゆくのをわざわざ数えて歌うの?」 「というよりも、これは殺人予告だろう」 「その通りに実現しているので、ますますこわいわけだ」 「第3者が聞いていてもこわいのだから、それをや

川中島からウクライナへ

「勘助、どうじゃ」 目の前には、巻物が広げられていた 「御屋形様、ゴシック部16字の旗印、結構と存じまするが、それがしの意見を一言申し上げたく」 「申せ」 「孫子兵法の本質は、敵を欺き、混乱に陥れるところにござりますれば、奇想天外なカラクリが肝要かと」 「うむ」 「正面に大軍勢がいるように見せかけ、実のところは無人とし、兵を左右の脇に隠すのでございます」 「さらに、正面は無人と言えども、敵陣に向け一斉に進軍させ、発砲もさせまする」 「なんと、騎馬隊も鉄砲隊も無人と

キングスクロス9と4分の3番線の駅弁

ステューピファイ! 杖の先から凄まじい赤い閃光が走った 相手はたちまち吹っ飛ばされた 果たして息をしているだろうか エクスペリアームス! これ、なにを落ち着いて実験をはじめているんだ エクスペリメントじゃなくて、エクスペリアームス! たちまち、閃光とともに相手の杖があさっての方向に飛んでいった ハリーの杖は、長さ11インチ、ヒイラギ木製、芯は不死鳥の羽根だ 魔法学校に行くための列車は、ロンドン・キングスクロス駅から出ている ご存じ9と4分の3番線だ どこにあるか、一見わ

秘密工作員の娘

ジェームズ・ボンドと言えば、殺しのライセンスで有名な伝説の諜報工作員 日本の北方領土と思われる島の秘密基地で最期を遂げた 上司のMによれば、アメリカの作家ジャック・ロンドンの人生哲学に影響されていたらしい かなり真剣で思い詰めているようだ 美女と遊んでいるチャラい外観は見せかけだ 世の中には、憎悪や激高で殺人に及ぶ者も多いだろうが、プロの世界は違う 暗殺は任務であり、そこには感情はない きわめて沈着冷静、無表情、無感動だ だが、上には上があるかもしれない だって任務を果

江戸の妻に

テレパシーが一般的になるよりもずっと前のことである かつて、外的な媒介手段によって考えや感情や種々の情報を伝達し共有していた時代があった そのために文字が用いられた 文字は紙に書き記され、やがて、同じ内容を電子ファイルに書き込む方法が発明された 驚くべきは、太古の昔、わずか31文字で人生の重大事さえも伝達するスタイルと技術が実在したことだ えっ それって恋文の和歌のこと? きっと本当は31文字じゃなくて、もっとたくさん言ってほしいんじゃないか書いたものは手元に残るのが嬉しい

魔女の一杯

純度を追求すればするほど、究極の美から遠ざかる結果を招く ゴールに十分近いにも関わらず、接近するとかえって遠ざかってしまう おそらく、その過程があら探しのような回路をたどるからだろう なかなか深いね 絵画芸術から、冶金・材料工学まで、意図的な添加、混合の妙を競っている 料理、飲料だってそうだ 例えば、ウィスキー、例えば、珈琲、例えば、紅茶だ もちろん、ブレンドの詳細は秘中の秘 ブレンドのすごさは、おいしさといった本来期待されている性質の点の優秀さにとどまらない 実は、ある

世渡り上手の本質

そろそろ進路を決めなくてはいけないね 何を学びたいのかな はい、世渡り上手になりたいです そんな安易な科目の授業は学校ではやらないぞ そんな発想じたいが世渡りがうまくいかなる原因になりそうだ スベリ高等学校はどうでしょうか? スケートに力を入れている学校です 硬くてごつごつ、ざらざらしている氷の上を滑らかにスベっているのは不思議であり、素晴らしいです スケート靴の底面が接している氷表面は、氷でも水でもない疑似液体層だ 疑似液体層の水分子は供与性水素結合と受容性水素結合

茶屋にて

失礼ですが、いま何時でしょうか 大都会の喧騒のなか、街角で見知らぬ人に声をかけられるのは久しぶりだ まして、時刻を尋ねられることなど、このところは全くなかった スマホもあればスマートウォッチもあるからね 人々は閉ざされた個人の時間のなかで暮らしている 不思議なことだ 左手首を持ち上げたら、急に腕時計が壊れてしまったようだ ずっと自分の時計をあてにしていたから、こういう時に困る 本当のところは、何時なんだろう? そうだ、空を見ればいいのだったか 昼間は太陽、夜ならば星座を

宇宙人のいる動物園

宇宙文明から見れば地球は動物園のようなものだという論文がある その宇宙人は見物には来ないの? そりゃあ、来るだろうよ でも、宇宙人、見かけたことがないよ 目立たないところに隠れているんだろうね あっ ひょっとして動物園! なるほど、動物園みたいな惑星にある本物の動物園か でも上野動物園みたいな大都会のまんなかにうまく隠れられるかな? ジュラシック・パークもサン・ディエゴでは失敗して、コスタリカのイスラ・ヌブラル島に行ったなあ すると、宇宙人は大自然の自然保護区で野生動物た