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歯科衛生士マンガ『デンタルクエスト』がすごく良かったんだけど問題点も指摘しておく

歯医者のマンガってほとんどないんだけど、これは歯科衛生士のマンガで、しかもその問題点やあるべき姿について描き、お役立ち情報まで学べる、本当に本当に本当にうっとりするくらい素晴らしいマンガ。
何よりマンガとしてすっごく面白い(あとリンゴさんかわいいすごくかわいい)ので言うことない。

‥‥んだけど、たぶん取材先か監修元の問題で「これはちょっと問題あるな‥‥」というポイントがあるので、

・このマンガを読んだ人の誤解を解く
・著者は取材先か監修元の改善を図った方が良いかも、という根拠を示す

という目的で問題点を挙げていく。(致命的でないと思われる間違いについては指摘しない。多くなりすぎるので)

歯周病の検査をしていない

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歯周病の診断をするのに、歯周ポケット検査をしないというのはありえない。検査なしで診断したり治療を開始したりしてはならない。が、検査せずに話が進んでいる。

そもそも成人であれば歯周病のリスクがないということはありえないので、全員に対して歯周ポケット検査を行うべき。

まともに歯周ポケット検査をしない歯科医院も多いので、そういった問題提起の意味でも「歯周病の検査をしましょう!」という描写があると理想。
ヤブを駆逐できるので社会的意義も大きい。

歯周病治療の誤り1
:エアフローは歯石を除去するものではない

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エアフローの本来的な目的は着色(ステイン)の除去だが、まるで歯石を取るための切り札であるかのように描かれている。

まあ「エアフローで歯石取れます!」ってうたってるメーカーや歯科医院もあるにはあるけど、実際には取れない。ヤブと断言していい。

「歯石を取るにはエアフローをするのがいいんだ!」と患者さんが誤解して、そういったヤブ医者を選んでしまったり、逆に良質な歯医者を遠ざけたりしてしまう可能性があるのでよくない。

歯周病治療の誤り2
:SRPを行っていない

衛生士による歯周病治療の描写は下記4ページ。

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このマンガのように超音波スケーラーで歯石を取る、という手技はあるにはあるんだけど日本ではメインストリームではない。
SRPと呼ばれる手技で、キュレット(刃物)を使って歯石を取り、さらに歯をツルツルにすることで新しい付着の防止まで行うのが一般的な方法。

一番の問題は短時間の処置で治療が完了するかのように見えること。きちんとSRPを行おうとすると、目安として30~45分の治療が6回くらい必要。

「クリーニングしましたー」といって表面の簡単に取れる歯石しか除去せず、深いところにある歯石は放置して歯周病を悪化させるヤブ医者が多いが、この描写だとそれで十分な治療をしているかのようなメッセージを与えてしまう。きちんと時間を取ってちゃんと治療している歯医者が間違っているかのようなメッセージも与えかねない。

歯周病治療の誤り3
:再評価をしていない

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・SRPで歯石を除去することに加え、歯をツルツルにする
・歯みがきの指導をする

以上の歯周病治療を行った上で、十分に期間をあけ治癒を待ったあとで、きちんと歯周ポケット検査を行い、状態を再評価しなければならない。
が、ここでも検査を行っていない。

歯周病治療の誤り4
:安易にフラップを開いている

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衛生士による歯周病治療で十分に治癒せずどうしてもさらなる治療が必要なときにやむをえず行うのがフラップ手術。
これは患者さんの負担も大きく歯肉が下がるデメリットもあるため、非常に慎重に行わなければならない。
が、極めて安易に行っているようにしかみえない。

きちんと治療ができる衛生士なら100人に1人もフラップ手術を要しない。


ちなみに本質的な話ではないが、ここでは下記2点もおかしい。

1. フラップしたときに歯石が見つかったということは、事前の治療において歯石を取り残していたということであり、衛生士として恥ずべきこと。意識の高い衛生士なら「ニヤリ」とするのはおかしい。患者さんに対して申し訳ないと思い、自分の未熟さを悔やむのが自然。

2. フラップを開けるという治療計画を衛生士が決定しているのはおかしい。歯科医師が(患者さんにきちんと説明ししっかり相談し本人の同意を得た上で)決定するものである。

歯みがきを改善するとき歯間部清掃を指導していない

ここからは第2話。
歯がちゃんとみがけてないよー、というエピソード。

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ここでは歯ブラシの使い方について指導。
もちろん歯ブラシも大事。大事なのだが、それと同じくらい大事な、歯と歯の間の清掃用具(フロスや歯間ブラシ)に対して指導をしていない。

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そして指導後再チェック。

ここで合格ラインに達しているが、このようなことはありえない。
なぜかというとこのスコアは半分が歯面(歯ブラシで普通にみがける面)である一方、半分は歯間(歯と歯の間で、歯ブラシではみがけない面)だから。

歯間の清掃用具(フロスや歯間ブラシ)を正しく使えるようにならなければ、これだけのスコアはでない。


なので、正しく描くとしたら、

・まず歯ブラシを改善したことである程度スコアが改善
・更にフロスか歯間ブラシを教えて合格ラインまで改善

と描き、歯ブラシの使い方の大切さ、歯間の清掃用具の大切さ、両方について描くのが望ましい。

歯みがきの改善だけでは虫歯リスクは改善しない

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歯みがきを改善した結果、ここでは初期虫歯が治った。

このように治る確率もゼロではない。ゼロではないが、虫歯のリスクは「正しい歯みがきのやり方」以外に強い影響を与える要素がたくさんある。(むしろ「正しい歯みがきのやり方」は虫歯にはほとんど影響を与えない要素だ)

たとえば歯みがき一つにしても、やり方以外に、回数、就寝前にやるかどうか、フッ素入り歯みがき粉(きちんと高い濃度のもの)を使っているかどうか、量は適切か、歯みがき後のうがいは多すぎないか、など。
歯みがき以上にクリティカルなのが飲食の習慣。いつ何をどれだけの頻度で飲食しているのか。虫歯が多い人はほぼここに問題がある。
唾液の量や質も関係する。

歯みがきを改善しただけで虫歯が良くなるエピソードを描いてしまうと、虫歯予防がこれだけで十分かのようなメッセージを与えかねない。
これらの大切さを伝え、それをきちんと教え改善してくれる歯科医院に通うよう誘導できると理想。

むやみに患者さんを危険にさらす

第3話。親知らず抜歯のエピソード。

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経験がなく自信もなく指導してくれる先生もいない状態で難症例の抜歯を強行。(症例見たことあるだけの衛生士がいたところで意味はない)

自分でうまくやれないと思ったのなら大学病院に送るべき。
うまく治せなかったら? 万一のことがあったら?
大学病院の専門の先生に紹介すれば安全に治療できる(と思われる)のに、患者さんにそれだけのリスクを負わせる意味は何? 患者さんの健康を奪ってまで自分の練習台に使いたいのか??
※ これが大学病院に通えない事情(高齢で通えないとか、子供が小さくて長時間取れないとか、そもそも離島で大学病院がないとか)があって、なおかつ本人がリスクを理解していて、治療を希望するような、例外的な状況であれば話は別だけど

ドクターである王子はヤブ医者設定なので、これを強行しようとするのはいいけど、優秀な衛生士として描かれているリンゴさんがこれを奨励するのは良くないように思う。患者さんの健康を考えた、あるべき衛生士の姿ではないよね?


本当に患者さんのことを考えて「これは大学病院に送るべきだな」と適切な判断してくれる歯医者が理想だと思う。そういった歯医者がよくない歯医者だと誤解されかねない描写。


あとまあこれは細かい話なんだけど

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衛生士に「治療はできない」と言ってほしくない。

衛生士が歯石を除去し歯みがきを指導するのはれっきとした歯周病治療だ。衛生士は単なるクリーニング屋さんや、ドクターの小間使いではない。
主体的に治療をし、治療後の健康も守る、プロフェッショナルだ。

ウチでは絶対にこういう言葉遣いをさせない。

まあこれは言葉の問題、好みの問題だけど。

著者セキアトム先生は取材先・監修元をどう改善するとよさそう?

以上を踏まえると主に

・歯周病治療
・虫歯予防
・衛生士のあるべき姿
・歯科医療のあるべき姿

等について情報不足か、あるいは情報元の質の問題があるように見える。


先生が協力をあおいでいる日本歯科医師会は確かに歯科医師の団体ではあるんだけど、上記のような知識を持った人が選抜されている団体ではないし、これらの知識をきちんと持っている人は(歯科医師会に限らず歯科業界全体でも)正直なところ少ない。

団体という意味だと、日本ヘルスケア歯科学会が最も位置づけとして近いと思う。上記の情報についてまさに理想的な姿を追求するのがこの団体の目的だし、私の理解する限り、特に上位層は実際の質も極めて高い団体だ。

取材の時間が確保できるのであれば、歯科医師会に加え日本ヘルスケア歯科学会にも協力や情報提供をあおいだら、すごく良いと思う。

欲を言えば十分な知識がある歯科医師(日本ヘルスケア歯科学会の上位層、たとえば役員レベル)に監修まで頼めればなおよい。


このマンガは本当に素晴らしい。
歯科業界を変え、患者さんの意識を変え、多くの人を健康にし命を救う力があると思う。
だからこそ本当に正しい情報を発信できるようになってもらえたら嬉しい。

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