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PERFECT DAYSというとんでもない映画を観てきたよ

ずっとちょっと気になっていた。
やっと時間が空いたのでついに見て来たぞ、PERFECT DAYS。

期待値は未知数。ヴィム・ヴェンダースという監督の作品は今まで観たことが無い。オスカーにノミネートされているらしい、そして、役所広司主演でわき役に田中泯も出演しているとのことで、座組がなんとなくガチやな、と思って観ることにした。

冒頭。
外でほうきを掃く音。
古びたアパートの一室で目が覚める主人公。
早朝。まだ辺りは暗い。
窓の外はぼやけていて緑や紫がやわらかく混ざり合っている。室内は青色。
階段を下りる。
画面は、壁を境に左側の階段のオレンジ色と右側の寝室の青色に美しく分断される。
台所へ来る。
早朝の赤みがかったオレンジが窓から差し込む。蛍光灯がついて画面は無機質な白色に切り替わる。
歯磨き、洗顔、髭剃り。台所でスプレーをシュシュっと噴射し、アクションつなぎで植物にスプレーするカットへ続く。
手早く仕事着に着替える。絶妙なカメラの揺れが臨場感をあおる。
階段を下りて玄関へ。
小物置き場がアップになる。小銭をグチャっと握って上着のポケットへ入れる。

ここまで、体感わずか3分ほどだろうか。
主人公は一切言葉を発していない。
起床し顔を洗い水やりして身支度をして玄関へ来ただけだ。

なのに私は、ドキドキしていた

リズムだろうか、映し方だろうか、仕草だろうか、
なにがそうさせるのかわからないが、もう、その世界に引き込まれていた。

これは、都内の公共トイレの清掃員をする男の話だ。
彼の一日は社会よりすこし早く始まる。
薄暗い中ミニバンを走らせて一件目の仕事場へ到着。
一目でわかった、これは恵比寿のタコ公園。私の思い出の地ではないか。
以前つきあっていた人と一緒に来た。
あのときちょっと将来の話をされた。話してるときの相手の目つきが急に鮮明に思い出された。
ここで映画は絶妙にオシャレなBGMが流れ出す。
あろうことか私は涙ぐんでいた。

おかしい。どうかしている。
男が起床して身支度してトイレを清掃して車を運転するところしかまだ見ていない。なのになぜ私はこんなにも感情を揺さぶられているのか。
たまたま思い出の地が画面に飛び込んできたから?
いや違う。無数の繊細なテクニックが仕込まれている。
カメラ、レンズ、カット割り、色使い、表情、通行人の配置の仕方。。。

なんだ、この映画は。なんかものすごいぞ。

その後、男の日常は淡々と描かれていく。
同僚から呼ばれて知るが、男は平山さんというらしい。
平山さんは、好きなものを丁寧に、静かに愛でる。
それを誰かにアピールすることはない。
そして平山さんの日々は、愛でているものたちで構成されている。
撮りためた木漏れ日の写真たち、車のカセットプレイヤーで聴く極上のレトロな音楽、仕事上がりの銭湯、行きつけの焼きそば屋、寝る前の読書、盆栽、古書店、コインランドリーと向かいのスナックのひととき。

そして平山さんの日常に登場する味のある人々。
後輩タカシとアヤちゃん、タカシの幼馴染、幻想的に舞うホームレスの男、焼きそば屋の店主、スナックの常連、姪のニコ。

おい、現代人よ、
キャリアや名声や富を追い求めて満足か?
それらを追い求めた先にキミたちの望む幸福はあるのか?

そんな声がふと心の中に浮かんだ。
平山さんはそんなの何一つ持っていない。
けれども、彼の人生には一級品の幸福が確かに漂っている。

そんな平山さんの愛おしい日常シーンの間を紡ぐ移動中の景色は、東京のありふれた街並みが息をのむほどダイナミックに、美しく切り取られている。

夕日に伸びる影がなぜこんなにもセンチメンタルなのか。
交差点を自転車で横切る平山さんはなぜこんなに迫力満点に映るのか。
走る自転車から流れる石畳の模様はなぜ焦燥感をあおるのか。
車の運転座席から見える幾重にもかさなった高速道路のライン。
橋から見た隅田川のキラキラとした水面。

ほとんどが、東京の見たことある場所だ。
そして、過去に何度か「あ、キレイ。」と一瞬気づいても、次の瞬間には通り過ぎて忘れてしまっていた、そんな景色たちが、魅力を最大限に引き出されて、シーンの合間を彩る。

平山さんが姪のニコに話す。
「この世界は、ほんとうはたくさんの世界がある。繋がっているようにみえても、つながっていない世界がある。」

その直後に登場する、影遊びのシーン。
友山さんという男が投げた疑問に答えるべく、「じゃあ、影を重ねてみましょう。」と、街灯の前に二人で立ち、影を重ねる。

そこには、「繋がっているように見えても、つながっていない世界」という先ほどのセリフとは裏腹に、いとも簡単に互いの輪郭が融合した影が映し出されていた。

実像は分離しているように見えても、
影同士は融合している。

そんな優しいメッセージが私の心に飛び込んできて、涙がとめどなくあふれた。エンドロールが流れる頃には、嗚咽をこらえて震えていた。

期待値未知数で観た映画は全くの予想外の印象を私に植え付けた。
まさかこんな強烈に心を掴まれるとは思わなかった。
言葉で説明できない感動が全身を駆け巡った。
こんな映画があるのか。今まで全く出会ったことのないタイプだ。

衝撃と感動に浸りながら駅へ向かう帰り道は、流行りのスポットでひしめき合う大人達をたくさん見かけた。
まるで映画の中と対照的な光景が、印象的だった。

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