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私は私を知りたくなった。noteの場を借りて思い出し、記録してみたい。

決して子育てに気負っている訳では無いけど、大好きな主人と離れて暮らしているからこそ、彼の宝物である娘(私の娘でもあるけど)をお預かりしているものとしての責任?を感じているのかもしれない。

今、心の根っこがぐんぐん成長している幼児期の娘と、自分のアイデンティティーを確立する旅に既に出発した思春期の娘、この全く個性の異なる娘2人を育てながら、これからどんな経験をしていくのかなぁ…どんな人生を歩んでいくんだろう…etc想像を巡らす日々。

私の子どもが私だったら気持ちが分かるから、もう少しマシな声掛けをしてあげているだろうし、「そのままでいいよ!」って思ってあげられるのかなぁ…とか思ったり。

そこで自分の過去を考えてはみたものの「自分のことってあまり覚えていないじゃん!」ってことだった!

そんなことをきっかけに、これからしばらく私の育ちを思い出し、記録してみたいと思っています。これがどんな展開になっていくのかは未だわからないけど…。

今日は手始めに、記憶を最大限に遡ってみる。すると東京の浅草橋に住んでいる2~3歳くらいの私が現れたので、その記憶を辿ってみよう!

幼児期の私は甘ったれちゃん。いつも母スカートにくっついて買い物に行くちょっぴり恥ずかしがりやの女の子でした。

反面、心に素直で?興味ある所に足が向き、人についていってしまうようなところがあったから、三ノ輪の商店街では何度も迷子になり交番のお世話になっていた。不二家(ケーキ屋さん)のお店の前で頭を揺らしながら立っているペコちゃんに吸い込まれていく3歳くらいの時の記憶が断片的に残っている。

浅草の松屋からの帰り道の地下道でも迷子になった。 あの地下道、子どもの頃はとても広い地下道だったけど、大人になって通った時に「こんな狭いところだったんだ…。こんなところでどうやってはぐれたんだろうか。」と不思議に思ったくらい。

幼児期によく迷子になったことを思い出したけど、よく考えると私は大人になっても時々人とはぐれてしまうことがあることに気がついた。

母と日本橋のデパートに行ったとき、はぐれたので諦めて別々で帰ってきたことがあるし、15人くらいの社員旅行で水族館に入った時、やっぱりひとりはぐれた…。

水槽にへばりつく私を通り過ぎ、大人の皆さんはサラッと見るだけでどんどんいってしまった。そして挙句の果てにホテルのチェックインの時間があるからということで、館内放送の迷子のお呼び出しされてしまったのだった!!(それ以来時々笑いのネタにされ・・・ん~オイシイ!)

好奇心をそそられると単独行動。集団行動もどちらかと言えば苦手で、海外にもひとりで行ってしまうタイプ。基本的に変わってないんだな…私。

人それぞれ持って生まれた特性…

●興味あるものへの集中力や行動力に活かせると見るか、

●輪を乱す、集団行動の苦手な子とみるか、でその子の自己認識も、自己肯定感も変わってくる。

うちの母もこうして何度も幼い子を見失うということは、若干遺伝あり?と思えるよね。

そして母は、こんな私を良くも悪くもあまり評価をしない人間だった。ただ可愛がってくれた。とっても不器用だけどそれなりに一生懸命育ててくれていただけだと思う。(今は物忘れは酷いけど一生懸命生きているよ)

今日のまとめの一言は、

「やっぱり子ども達には、自己肯定感を育める言葉を探して語りかけていきたいと思う。」にしておきます。



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