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結婚指輪を作ってプロポーズした話

まえおき

ちゃんと戸籍上も同性になったら、プロポーズをしよう。それが、僕が決めていたことだった。

僕はトランスジェンダーの男性で、パートナーの彼はシスジェンダーの男性だ。お互いがゲイセクシャルで、1年と数ヶ月前から同棲をしている。告白は彼からだったが、同棲をしようと言ったのも指輪を買おうと言ったのもパートナーシップを結ぼうと言ったのも、たしか僕からだった。冴えない某チェーンのイタリアンレストランで、ミラノっぽいドリアとかモッツァレラのチーズとかを食べながら、「引っ越す先にパートナーシップ制度があるから結ぼうよ」と、カッコつくわけもない言葉が、口からこぼれ落ちていた。

事情があって一旦パートナーシップを破棄した僕と彼は、再びパートナーシップを結ぼうとしていた。それが、良いタイミングだと思ったのである。

指輪探し

プロポーズといえばもちろん指輪だ。今の今まで、僕と彼はお揃いの結婚指輪の代わりのような物を身につけていたけど、ちゃんと良い値段の指輪をプレゼントしようと考えた。金色よりは銀色、となればもちろんプラチナだ。でも予算がそんなにない。加えて、高すぎる指輪は彼が着けにくくなるかもしれない。

色々と探したのだが、僕の好みのリングがなく、見つけたとしても納期があまりにも長すぎた。そうして元高専生の僕は考えたのである。

ない物は作ろう。

彼の指輪のサイズは分かっていた。僕は店を探し出し、ようやくピンとくる場所を見つけた。おしゃれなサイトから、翌々日に予約を取り付けた。

着いたのは川越。古い街並みが佇むその大通りに面したアンティークな建物、それがCRAFY川越店であった。手作りの結婚指輪が作れるこちらの店は、怯えながら入店した僕にも優しく迎え入れてくれた。

指輪製作

中にはたくさんの指輪が並び、結婚指輪の製作をする僕は、2階へ案内された。無料のおしゃれな飲み物と川越のお菓子をプレゼントされ、早速良い気分になる。机に置いてあった紙は、結婚指輪と予約していた通り「男性/女性」と書かれていた。僕と彼のことはどっちにどっちを書けばいいんだろうと悩み、ひとまず個人情報だけを記入しておく。しばらくすると担当の店員さんが席に来て、僕の話を聞いてくれた。

「実は、同性のカップルで…パートナーシップを結ぶので、プロポーズしたいんです。」

僕の震えた声を気にせず、店員さんは素敵だと言ってくれた。ホッと胸を撫で下ろし、タブレットを使って指輪製作の説明を聞く。納期に関しては特に大切に気にしてくれた。指輪のデザインや金属の種類、石に刻印まで幅広い組み合わせから選ぶことができる。

僕が目をつけていたのは、金属加工で指輪を作るコースだった。デザインは極力シンプルな物が良かったからワックス制作のコースの必要はなかったし、納期は早い方が良かったからだ。このコースは最短で当日お持ち帰りができる。それでも金属や表面加工、石の有無には種類があり、かなり悩んだ。悩み続ける僕に店員さんは色々と教えてくれた。金属の種類で硬さが違うこと、表面加工の違いで経年変化を楽しめること、僕と彼にとってよりベストな結婚指輪になるように、と親身にアドバイスをしてくれた。

数ある選択肢から大まかに決めていく。僕が選んだのは金属加工コースで、金属はプラチナにした。指輪の幅は平均的な2.5cmで、表面加工は当初はマットを希望していたが、実物を見てあんまりピンと来なかったのと、店員さんにこう言われたこともあり、心が揺れ動いた。

「鏡面だと経年変化でちょっとマットになっていきます。お二人で来店していただけたら、メンテナンスもできますよ。」

マットより鏡面の方が経年変化が分かりやすいし、何よりこのお店は永久でメンテナンスをしてくれる。川越は彼が行きたいと行っていたし、デートで来てもいいかも。そう思った僕は、鏡面加工を選ぶことにした。

準備をする店員さんを待つ間、僕は刻印の内容を考えていた。あらかた決まっていたが、思ったよりも刻印できる文字数が少なかったため、頭の中で練り直していたのである。僕は考え、パートナーシップを提出する記念日と、アルファベット4文字のDWBHを刻むことにした。

この店では無料で結婚指輪を作っているところを撮影してくれる上に動画にしてくれるサービスがあり、僕もせっかくだし撮ってもらった。エプロンを着用するところから始めて、ちょっと照れてしまった。メディアに映る機会は何度かあったが、慣れない物である。

「この紙、変えちゃいますね」と店員さんは準備をする時に、最初に置いてあった紙をどこかに持って行った。その後に店員さんが持ってきたのは、性別が書かれていない紙だった。「男性/女性」ではなく「1/2」となっていて、おそらく2本の指輪を作る人向けの紙なのだろうが、僕はその心遣いに感動した。

まずは棒状の金属を輪っかにして、次に溶接をする。その後輪っかになった金属を叩いて指輪にして、磨いて完成。店員さんが道具や指輪の準備をしている間、僕を待たせないようにと真鍮の金属で指輪を叩く練習をさせてくれたり(しかも練習でできた真鍮の指輪はお土産で持って帰ることができる)、近辺の飲食店をまとめたスライドを見せてくれたり、配慮がなされていたところも素敵だった。

指輪の製作過程

店員さんが最後に仕上げてくれた指輪を確認して、代金を払って箱に詰めて終了。僕がしようと思っているプロポーズに話をしたら、お世辞かもしれないが、店員さんはちょっと泣いてくれた。「絶対喜んでくれますよ」と、僕の背中を押してくれたことが、嬉しかった。

9時15分に来店して、退店したのは13時を回っていた。長い間だったが、店員さんは嫌な顔ひとつせず僕に寄り添ってくれた。「プロポーズ、上手くいくといいですね」と笑顔で僕を見送ってくれたことを忘れないだろう。今度、絶対に彼を連れてこようと思った。

準備

指輪を作り終わった帰り道、僕はAmazonで当日僕が着けるためのネクタイと、事前に選んでおいたブリザーブドフラワーのバラを注文した。僕は指輪の他に花束を渡そうとしていたのだが、それとなく彼に聞いてみると「花束は嬉しいけど枯れちゃうし多いと置き場所もないし」と言っていたからである。

それから、僕は話下手なので彼への想いを綴った言葉を手紙にしようかと思ったのだが、手書きは大変だという理由でペライチのサイトを作ることにした。それほど時間はかからなかったが、我ながら良い文章が書けたと思う。

プロポーズの流れはこうだ。

彼が僕よりも早く仕事が終わる日を狙う。彼が帰宅したのを確認したら、僕が帰宅する30分前くらいに、隠しておいたブリザーブドフラワーのバラを開けてもらい、同封されたカードに書かれたQRコードからサイトに飛んでもらう。サイトの文章を読み終わった頃のタイミングで僕が帰宅し、玄関先でプロポーズをする手筈だ。僕が帰宅する時はいつものナイロンパーカーではなく、カーディガンにネクタイを着けて。

全ての物品が整って、あとは戸籍の性別変更が許可された旨の通知を待つだけ、のところで僕は、何故か知らないが最近元気がないパートナーのことがずっと気にかかっていた。仕事で多忙であることが原因ではあるが、何となくプロポーズを前倒しにした方が良さそうだ、と思ったのだ。

仕事から帰宅した彼の顔を見て、「今日だ」と決めた。

プロポーズ

彼が風呂に入っている間に準備をして、僕が風呂に入っている間に彼にはバラを開けてもらって、サイトに飛んでもらい、風呂から上がった僕はネクタイを結んだバッチリな決め姿で、リビングでプロポーズをした。照れてちょっとお互い半笑いになりながら、僕が紡いだ言葉を彼は、いつまでも覚えててくれるだろうか。

プラチナの指輪と真鍮の指輪、彼はどちらも喜んでくれた。サイズは手作りのおかげでバッチリだったらしい。今までつけていたペアリングよりも重い結婚指輪は、僕の背筋を伸ばしたような気がした。長旅だった僕らの道は、ようやくスタートラインへと辿り着いた。

まとめ

これから、幸も不幸もあるだろう。健やかなる時も、病める時も、不安だってたくさんある。同姓で同性の僕と彼にとって、この国は少し生きづらいかもしれない。何かが違えば出会ってなかったであろう僕は彼は、お互いを選んで、伴侶にしようと決めたのだ。同性というだけで、偏見の目に晒されようとしても。

それでも、僕と彼は生きていく。2人で並んで、生きていく。

Don’t Worry Be Happy.

指輪の刻印のアルファベット4文字はここから


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